1309 「熱世」
日光があった。 強すぎる日の光はじりじりと大地を照らす。
普通の人間がそれに晒されれば瞬く間に焼かれ、命を落とす事となるだろう。
それでもこの環境に適応した動植物は高熱を孕んだ光を浴びても何の痛痒も感じていない。
植物は青々と葉をつけ、動物達は気にも留めずに地上を闊歩する。
ここは白夜の塔。 地動の塔とは全くの逆で光しかない世界だ。
太陽の位置が完全に固定されている世界なので、環境に一切の変化が起こらない。
広大な自然が広がる大地ではあったが、その中に一際目立つ人造の建築物が存在した。
ドーム状の建物は本来、他の塔の来客を迎える為の物で日光を遮り、魔法的な技術で空調機能も完備されているので内部は非常に快適だ。
その建物の中にある広い一室で車座になって話をしている者達がいる。
黒い肌に禿頭、布をそのまま巻き付けているかのような衣装を身に纏った者達はこれから起こる事についての話を行おうとしていた。
代表らしき男が口を開く。
「さて、困った事になったな」
男の名はマドハヴァ。 この白夜の塔の代表を務めている。
その為、こういった場でも進行を行うのは彼の役目となっていた。
「アーシュリアの予言ではそう遠くない内に凶兆がこの世界に現れる」
アーシュリアと言うのはこの白夜の塔に存在する巫女の事だ。
白夜の塔は自然の声を聞き、一体となる事を尊ぶ。 彼等は自身もまた自然の一部であり、世界を構成する一要素だと理解しているからだ。 だからこそ、世界に対する明確な脅威には全力で立ち向かう。
「他の塔の対応は?」
そう口にしたのはルーホッラー。 この白夜の塔で最上位の実力を誇る戦士だ。
彼は凶事の兆しありと聞いた時点でこの話が何処に着地するのかを悟っていた。
「各塔五百万の戦力を都合せよとの事だ。 名目は偵察としているが、間違いなく滅ぼす事となるだろう」
「うむ。 ならば征くとしよう」
ルーホッラーは即座に向かうと表明するが、マドハヴァの表情は浮かない。
普段の彼であるならルーホッラーに任せておけば何の問題もないと安心する場面なのだが、今回に関しては嫌な予感しかしなかった。
「どうした?」
「アーシュリアの予見できる未来には限りがある」
「うむ、そうだな」
「遠ければ遠い程に朧げにしか見えぬ。 そして今回の予知で初めて見えた。 つまりは未だに凶兆は遠い場所にいるのだ。 ――にもかかわらず、ここまで早く凶兆と捉える事が出来たのが解せぬ」
それを聞いてルーホッラーは僅かに眉を顰めて確かにと同意する。
「ならばマドハヴァ。 お前はこの状況をどう捉える?」
「……アーシュリアの予見する力が強まったのか、巨大すぎて遠目にも凶兆とはっきり分かるかのどちらかだ」
前者であるならば喜ばしい事ではあるが、後者であるなら非常に危険な話だった。
視界に入った段階でここまで明確な脅威と認識できる世界。
マドハヴァからすれば可能な限り戦闘だけでなく、接触も避けたい相手だった。
だが、こちらに来るとはっきりしている以上、対処せざるを得ない。
危険な相手とはっきりしているのなら尚更だ。
「我等の力を以ってしても打倒は不可能だと?」
「そこまでは言わぬ。 他の塔の戦士たちもおる。 負けるとは思わんのだが、どうにも嫌な予感が止まらんのだ」
「ならば尚更だ。 この白夜の塔の戦士であるルーホッラーが災いを滅ぼし、全ての憂いを晴らして見せよう」
ルーホッラーはマドハヴァ程の嫌な予感は感じていなかったが、彼を信頼しているので危険な場所である事は理解していた。 それでも彼はこの世界の矛と盾を担う戦士だ。
敵がいるならば滅ぼし、脅威が迫るならその全てを退けよう。
いくら強大な敵であろうとも退く事は戦士の矜持が許さない。
つまり、ルーホッラーには最初から逃げるといった選択肢は存在しないのだ。
それを理解しているマドハヴァは小さく瞑目する。
「うむ。 では、此度の戦は戦士ルーホッラーに任せる。 我こそはと思う者はルーホッラーの下に集うのだ!」
マドハヴァの宣言により、この場は解散となった。
誰もいなくなった広場でマドハヴァは一人瞑想を行っていた。
白夜の巫女であるアーシュリアの予知は絶対ではないが、高確率で訪れる未来だ。
彼女の能力の高さもあるが、基本的に予知、予言の類は何もなければ確実に訪れる未来を見通す。
つまりは結果を変える要因が存在しなければその未来は確定するのだ。
だからこそ、他の塔の指導者達も早々に戦力を送り込んで殲滅する事を視野に入れていた。
その判断に間違いはない。 マドハヴァも同じ意見だと考える。
送り込む判断に間違いはないのだ。 それは分かっている。
だが、本当にこれで良いのか? 自分達は何か間違いを犯そうとしているのではないのか?
そんな不吉な予感が止まらない。 ならば代案はあるのかと尋ねられればマドハヴァは沈黙するしかなかった。
来るのが何らかの手段で容易く退ける事ができる存在であるのなら問題はなかったのだ。
迫っているのは異なる世界。 接触自体は不可避だ。
ならば災いを振りまくであろう中身をどうにかするのは理に適っている。
やるしかないのは分かってはいるが、どうしても嫌な予感が拭えずにマドハヴァはどうにか逃れる方法はないのだろうかと考えてしまう。
――何故だろうか?
マドハヴァは自問する。 果たして自分と言う人間はここまで臆病だっただろうか?
はっきりとした形を持たない予感は非常に強い不快感を与える。
せめてそれが何なのかだけでもはっきりとさせておきたい。
そこまで考えてマドハヴァはまた堂々巡りかと小さく息を吐いた。
結局の所、蓋を開けて見なければはっきりとした事は分からない。
災いはこちらを認識した上で接近しているのか? それともそうでないのか?
それすらも分からない状態なのだ。 もしもこのコスモロギア=ゼネラリスが船のように移動できるのなら回避を提案する事も出来るだろう。 これは世界規模の話だ。
星の巡りは誰にも操れない。 だからこそ、迫りくる災害に対してどう備えるのかが問われる。
マドハヴァは深く息を吸って吐いた。
そして信じた。 深く深く信じた。 この白夜の塔の戦士達の力を。
彼等は強い。 この白夜の塔だけでなく、コスモロギア=ゼネラリス全体で見ても戦闘能力は極めて高いと彼は胸を張って言い切れる。 塔としての総合力であるなら頂点を取れるかは怪しいが、個人の武勇と言う点では上位に位置すると彼は信じていた。
どれほどの困難が襲ってこようとも我々は歩みを止めずに乗り越えていくだろう。
まるで言い聞かせるようにマドハヴァは深く信じた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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