1307 「天世」
「まず、ここと戦り合う世界は高確率で襲って来る。 それを予知によって早々に掴んだからこそ、攻めに行こうって話になった。 そこは分かるな?」
頷くまでもない。 繰り返しになるが、この世界は無害または有益な存在には寛容なのだ。
そんな世界が早々に滅ぼす方向で話を進めている以上、害意もしくは悪意ありと見て間違いない。
「来るって事は把握しており、出発は送り込めるようになったらすぐにだ。 なら、相手はどうやってこっちを認識したんだ?」
そこまで聞いて傑の脳裏に理解が広がる。
「襲うつもりで来ている以上、相手はこちらを既に捕捉しているって事か」
「その通り。 つまり、相手は総体宇宙での索敵能力に関してはこのコスモロギア=ゼネラリスを大きく上回っている事になる。 何せ、こっちを狙って来ているんだからな」
広い範囲を見通せると言う事は広い範囲の世界を知覚できる事と同義だ。
もしかしたら日本のある世界を見つけ出して転移する事ができるのかもしれない。
そう考えれば確かに暢の話には頷ける点はある。 だが、それがすべて正しかった場合と但し書きが付く。
「あくまで襲って来るって事しか分からないんだろ? もしかしたら向こうはたまたま出くわして、目に付いたから襲ってやろうかって考えてる海賊みたいな連中だったらどうするんだ?」
「まぁ、その可能性は充分にあるな。 だから、今までの話は事実に基づく予想と期待だよ。 どっちにしても蓋を開けてみないとはっきりはしない。 参加しても扱う技能のない俺達はここの人間に頼る必要があるから結局、行っただけになる可能性もあるし、お前の言う通り遭遇戦で肩透かしに終わる可能性もある。 ――でも、可能性はゼロじゃない。 それをどう捉えるのかはお前次第だ」
言いたい事だけ言うと暢はじゃあ俺は寝るわとさっさと帰って行った。
勝手な奴だと思ったが、彼の言う事にも一理ある。 別に無理に参加する必要はない。
何故ならそんな技術が手に入るならしばらく待てば一般にも降りて来るだろうからだ。
だが、発見の当事者になれたのなら多少の優先権は貰えるかもしれない。
もしかしたら、かもしれない、恐らく、多分。 全てははっきりしない絵に描いた餅のような話だ。
戦争と銘打っている以上、危険をゼロにする事は不可能。 果たして向かう事のリスクと天秤にかけてまで帰還の僅かな可能性を探るべきなのだろうか?
――どうすればいいんだ?
傑は迷っていたが、迷っている時点で答えは出ているようなものだと気付くまでそう時間はかからなかった。
そこには空があった。
見下ろせば青空、見上げても青空。 天地の概念が欠落しているその空間には雲だけがあった。
いや、遠くに目を凝らせば建造物のようなものがいくつか見える。
空と浮遊する建造物。 それだけを切り出せば地平の塔と似ているだろう。
だが、決定的に違う点があった。 陸地がないのだ。
建物だけがそのまま浮かんでおり、何らかの作用が働いているのか薄っすらと輝いている。
ここは天動の塔。 天しかない世界。
この世界には人間は一切、生息していない。 ならば何が居るのか?
その答えはこの世界で最も大きな建造物を取り囲む者達だ。 様々な形状をした者達がいた。
熊が居た、狐が居た、狸がいた、魚が居た、そして人の形をした何かが居た。
それらはあくまで似ているだけであって動物ではない。
ならば何なのかと問われると彼等はこう答えるだろう。
――天使と。
そう、様々な動物に類似した見た目をした者達だったが、一点だけ共通している事がある。
背に白く輝く羽が生えているのだ。
ここは天動の塔。 天使の支配する空だけの世界。
そしてここに集まったのは合計で数百の様々な動物に似た者達で、各々が軍団を率いている責任者だ。 彼等は自然発生する事によってその数を増やす。
彼ら自身はそれをこの世界の意志と捉えているので世界の歯車足らんと行動する。
その為、集まって何かを話す際は最も能力の高い代表個体一体だけがこうして足を運ぶのだ。
彼等が取り囲む建物も人間の常識で言うなら不可思議なもので、巨大な平面に土台のようなものが付いているだけの見方によっては巨大なテーブルにも見える。
平面のその建造物は、表面にびっしりと文字のようなものが規則的に刻まれており、その中央には四枚の羽の生えた少女。 法衣のようなものを身に纏い、目を覆うように黒い布が巻かれている。
少女は場が整った事を感じ取ったのか跪いた姿勢だったが、ゆっくりと立ち上がった。
彼女こそこの天動の塔で未来を見据える巫女――ナターリアだ。 彼女は目隠しをしたまま、ぐるりと見回すように顔を動かした。 彼女は視覚ではなく、気配で周囲の状況を認識しており、今回の話し合いの場に集まるべき者が全て揃ったと判断したのだ。
「――視ました。 我等の世界である天動の塔を擁するこのコスモロギア=ゼネラリスに強大な悪意が迫るのを」
前置きは不要と言わんばかりにナターリアは本題を切り出した。
それを聞いて一部の者は小さく唸るが、大半の者達は何の反応も示さない。
何故なら彼等は自らを上位の存在と位置付けており、この連結した世界を上位の視線から見守る事こそが役割と定めているからだ。 だが、上位とは言っても世界を構成する一要素ではあるので請われれば力を貸す事に躊躇いはない。
「他の巫女の見解は?」
参加者の一人――天使の羽の生えた巨大な魚がナターリアへ疑問を投げかける。
「概ね同じです。 巨大な何かが来る。 蠢く闇が訪れる。 災いが形を成して迫って来る。 全員がこれから接触する世界はこのコスモロギア=ゼネラリスに害を齎す悪なるものだと結論を出しています」
「他の塔の対応は?」
「殲滅戦を視野に入れた威力偵察を行います。 それに伴い、各塔から五百万の精鋭を集めて送り込むとの事。 現状では脅威と言う事しか分からないので、どの程度のものかを計る意味合いもあります」
合計で三千万の大軍勢だが、世界を滅ぼすには少ないのではないか?
そんな疑問を抱く者もいるかもしれないが、戦闘能力に特化した精鋭を送り込むので大抵の――いや、どんな相手にも負けはないと自負している。 事実、これまでに現れた好戦的、かつ非友好的な世界は各塔の精鋭が容赦なく、無慈悲に滅ぼして来たのだ。
今回もやる事は何ら変わりはない。
誤字報告いつもありがとうございます。
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