1305 「行帰」
その知らせを聞いて傑は思わず目を見開いた。
新たな異世界の襲来に伴い、威力偵察を行うようだ。
それに伴い、接近中の異世界へと向かう者を募るとの事。 要は志願兵の募集だ。
そのニュースを知ったのは朝で帰宅後に傑は博達から意見を聞こうと夕食に誘い、早々にその話題を切り出した。 あっさりと集まったのは他のメンバーもその話をしたかったようだ。
「どう思う?」
「ぶっちゃけ結構ヤバめの話だと思う」
傑としては他人事と流したい話ではあったが、そうもいかないようだ。
今日一日かけて様々な人達に話を聞いたのだが、あまり気楽なイベントではないらしい。
このコスモロギア=ゼネラリスの成り立ちからも分かる通り、他の世界との接触は規模を大きくする機会ではあるが戦争の危険も孕んでいるので当事者としてはあまり歓迎したくないようだ。
平和的に接触し、このコミュニティに参加すると言うのなら歓迎されるべき事柄ではある。
ただ、今回に関してはそうもいかない。 何故なら各世界に存在する巫女と呼ばれる予知を操り、この世界に訪れる危機を知らせる警報装置が危険を伝えてきているようだ。
その為、危機を先じて排除しようというのが、この世界の舵取りをしている者達の考えだった。
だからこそ攻めて来るのを悠長に待たずにこちらから攻めに行く。
名目は威力偵察だが、実質は侵攻に近い。 何事もやられる前にやるべきだと言わんばかりに六つの世界から選抜された精鋭と後方支援の為の人員が大量に送り込まれるとの事。
「これ戦争やるから志願兵集まれって話だろ? 好き好んで行く奴いるのかよ」
傑、博の二人は戦争という単語に対しての印象もあってか、あまりいい顔はできなかった。
「でもよ。 行って帰ってきたら報酬は結構貰えるみたいだぞ」
口を挟んだのは暢だ。 彼はパンを齧りながら呑気な口調で続ける。
「騎士もそうだけど守護騎士も行くって話だし、早々負ける事はないってのが割と多い意見だぞ」
「まぁ、勝てるのかもしれないが、流れ弾に当たってくたばる可能性もあるし俺は近づきたくもないな」
傑はそう言って肩を竦めるが、暢はそうではないようだ。
雰囲気を察して全員の表情が変わる。
「暢、お前マジか?」
「あぁ、俺は行くつもりだ。 報酬目当てってのもあるが、新しい異世界の映像を撮れるチャンスだし、未知の場所って事は未知の技術もあるって事だろ? もしかしたら帰る手段に関しての手掛かりがあるかもしれねぇしな」
「まだ帰るつもりでいたのか?」
「いや、流石に消えたおっさんみたいに意地でも帰ってやるって気持ちにはならないけど、帰れるんなら帰りてぇよ。 折角、撮ったすげぇ映像もこっちじゃ何の価値もないし、日本で世界初の異世界に行って帰ってきた男って言われて注目されてぇんだよ」
暢はそう言って懐からスマートフォンを取り出す。
こちらに来てからそれなり以上の時間が経過しているが、持ち込んだ充電器のお陰で問題なく稼働している。
「念の為に手回しで充電できる奴を持って来といて良かったぜ」
「……お前が決めた事なら好きにすればいいんじゃないか?」
傑はそう言いながら、帰れる可能性と聞いて少しだけ気持ちが動いてしまっていた。
この世界での生活にそこまでの不満はない。 余所者の自分達を受け入れてくれたので感謝もしている。 それでも思ってしまうのだ。 旅行先で宿泊しているような形容しがたい感覚。
そう、自分達は未だにこの土地では外様なのではないか?
もしかしたらそう思っているのは傑だけで他はもう馴染んでしまったのではないか?
特に博は藍子と一緒なので精神的に支え合っている事もあって、一番馴染んでいるように見える。
一度考えてしまうともう駄目だった。
帰還したい欲が捲れたかさぶたから溢れる血液のようにじくじくと流れ出す。
家族に会いたい、友人に会いたい。 傑は知らない場所を冒険する事は好きだったが、何処へ行くにしても帰る場所がなければだめなのだ。 人には寄る辺となる場所が必要だと考えれば考えるほどに痛感してしまう。
だからと言って兒玉のような強硬策は取れない。
今更、ギュードゥルン達を疑うような真似はしないので、彼女達が十中八九無理だと言えばそうなのだろうと理解している。 だから兒玉は間違いなく、死んだか碌でもない目に遭っていると思っていた。
「俺は藍子とここで生きていくって決めたからどっちにしろ帰らねえよ。 家族には悪いとは思ってるけど、折角職も見つけて二人で食っていける環境があるんだ。 こっちの生活にも慣れたし、もういいかなって思ってる」
傑の気持ちを知ってか知らずか博は帰らない事をはっきりと告げ、隣の藍子も同意するように頷く。
ちらりと視線をさっきから黙ったままの影沢へと向けると彼女は小さく首を振った。
「……完全に同意とは言わないけど、無理に帰らなくてもいいかなって思ってる」
「ってか前から気になってたんだけど、影沢さんってなんで付いて来たの? 傑の所に連絡入れたのもあんたなんだろ? それにしちゃぁ消極的っていうか、自己主張が薄すぎるっつーか」
暢の指摘はもっともだった。 彼女は同行させろとしつこく連絡してきた割には、実際に会ってみると取りあえず来たといった様子で、明らかに好き好んで来た訳ではなさそうだった。
影沢は食事の手を止め、つまらなさそうに小さく鼻を鳴らす。
「あなた達の指摘は正しいわ。 だって私、好きで付いてきたわけじゃないから」
「だったらなんでまた?」
「血眼になって調べてるのはウチの親。 例の事件で妹が消えてからあの二人はすっかりおかしくなっちゃってね。 あの兒玉っておじさんとおんなじように方々に金をばら撒いて少しでも情報を集めようとしたり、バスを手配した会社や学校への訴えや、関係者への責任追求と全てを放り出して好き勝手に暴れてたわ」
影沢は馬鹿な話ねと自嘲気味に笑う。
「異世界に消えてるんだから何処を探してもいないのに、本当に無駄な事をしてたのね。 くだらない」
彼女の反応から家族に振り回されて疲れているといった印象を受けた。
傑はこれ以上、踏み込んでいいものかと思ったが、どうしても気になったので尋ねてしまう。
「影沢さん自身はどう思ってるんだ? 家族が消えて心配とかしなかったのか?」
誤字報告いつもありがとうございます。
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