1304 「戦備」
そこは広い部屋で最奥には玉座。 そして左右には既に集まっている守護騎士とそれを補佐する守護術師達。 この世界に存在する守護騎士は総勢で千五百七十名。
それだけの人数が領主としてそれぞれの領地を守っている。
ギュードゥルンとアルヴァーもその列に並ぶ。 ここは王の言葉を聞く場所なので私語は厳禁。 全員が集まるまではしばらくの時間があるのでその場にいる者達は黙って揃うのを待つ。
そうしている間に続々と守護騎士が集まり、やがて全員が揃った所で文官や大臣達がぞろぞろと入室する。
入室した者達が配置に付いた所で、その場にいた全員がその場に跪く。
現れたのは豪奢なマントと手には王笏、そして頭には王冠。
見た目は三十から四十代だが、この世界に存在する様々な技術を用いて若さを保っている。
パールエーリク・ペタ・ランヴァルド。
この地平の塔の頂点に位置する王だ。 王ではあるが、細かい管理は守護騎士や大臣達が担っているので象徴的な意味合いが強く、彼の仕事は管理よりも決定を行う事にある。
この地平の塔の未来を占う局面で最善の決断ができる存在。 それがこの世界の王に求められる事だ。
ランヴァルドは力強い歩みで玉座に向かい、ゆっくりと腰を下ろす。
「まずは集まってくれた事に礼を言う。 お前達の献身に感謝を」
「勿体なきお言葉! 我々は王の臣下です、いついかなる時にでも気軽にお呼びだし下さい!」
そう言ったのは一人の守護騎士だ。
ペッレルヴォ・ピレ・シュルヴェステル。 この世界で最も強い筆頭守護騎士の称号を得た英雄だ。 それを聞いてランヴァルドは苦笑。
「はは、言うと思った。 さて、集まって貰った皆に無駄な時間を過ごさせる訳にもいかん。 早速だが、本題に入るとしよう。 ――アンヌッカ」
ランヴァルドが名前を呼ぶと一人の少女がそっと奥から現れる。
アンヌッカ・エイ・エヴェリーナ。 今代の巫女を務める少女だ。
陶器のように透き通った肌と長い黒髪が特徴的だった。 アンヌッカはランヴァルドの傍らに移動する。
「お前が見たものを皆に説明してくれ」
「はい。 このコスモロギア=ゼネラリスに未曽有の危機が訪れます」
「具体的には?」
「不明です。 私に見えたのはただただ巨大な闇がこの世界を呑み込むヴィジョンだけでした」
彼女の見る予知は映像化できる代物ではないのでどうしても口頭での説明になり、抽象的な表現になってしまうのだがそれが良いものか悪いものかの印象だけははっきりと伝わる。
その為、彼女が良くないものと認識すれば、それはまず間違いなく厄介事だ。
ペッレルヴォが挙手したので、ランヴァルドが頷くと彼は発言をする。
「巨大な闇が現れ、それが明確な脅威である事は理解しました。 他の塔はその件に関して何か把握してはいないのですか?」
「他の巫女とも話しましたが、詳細ははっきりしませんでした。 ですが、天動の巫女が半年以内に接触すると予知し、双極の巫女が来る方角を突き止めてくれました」
「数百年ぶりに回廊で繋がるであろう規模の世界との接触だ。 可能であれば友好的にと思っていたのだが、残念ながら向こうにその気はないようだ。 今日明日の話ではないが、悠長に来るのを待っている訳にも行かないので早々に対策を練る必要がある」
ランヴァルドは小さく息を吐く。
「他の塔とも協議したが、一番有力な意見は到達前に殲滅する事だ。 地動の巫女によると世界の規模はこの六界巨塔よりも上らしい。 流石に六つ合わせると下回るだろうが、単独ではまず釣り合わないらしいので世界回廊で接触されると不味い事になる」
世界回廊で連結する場合、規模が大きければ世界の生命力が多く流れる傾向にある。
そうなれば接触された世界は大きく衰退する事になりかねないので、友好的な相手ではないのなら滅ぼすか力で従わせる必要があるのだ。 敵の戦力も未知数ではあるが、このコスモロギア=ゼネラリスの精鋭は数多の異世界間戦争を潜り抜けた猛者揃い。 負ける事はあり得ないだろう。
ペッレルヴォはそこまで聞いてこの話の流れが読めて来たので口を閉じた。
ランヴァルドも勿体ぶる気はないので早々に結論を口にする。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。 その未知の世界への威力偵察を行う事が決まったので、志願者を募りたいのだ」
「……それは六界の総意ですか?」
「その通りだ。 力を見せつければ素直に和睦に応じる可能性もあるが、滅ぼす事も視野に入れているので質と量、その両面で取り揃える必要がある。 人数は五百万程で考えている」
各界で五百万。 総数で三千万の戦力を先遣隊として送り込む事となったのだ。
それを聞いた守護騎士達のやる事は志願と領民への呼びかけだ。 兵は参戦する守護騎士が自らの領地から募る事になる。
「異世界への侵攻。 その大任に志願する者はいないか? あぁ、先に言っておくが筆頭守護騎士であるペッレルヴォはここの守りがあるから除外だが」
ペッレルヴォは自分がと手を上げかけたが、やや渋い顔で頷いて見せた。
ランヴァルドがどうだ?と尋ねるように周囲を見回すと全員が一斉に立ち上がる。
何も言わない。 言葉は不要だからだ。 ペッレルヴォの言う通り、彼等は王の臣下。
行けと言われれば否やはない。
「では、戦力状況などから向かわせる者を選ぶとしよう。 追って通達する。 皆、戦に備えよ!」
『はっ! お任せください!』
守護騎士達は一瞬の躊躇いもなくそう返した。
解散となった後、ギュードゥルンとアルヴァーは無言で城から出る。
しばらく歩いた所でギュードゥルンがぽつりと言葉を発した。
「不味い事になったな」
「あぁ、不味いな」
彼等は王の臣下である以上、自分は無理ですとは言えない空気なのであの場ではああするしかなかったが、本音を言えば行きたくなどなかった。
自分の治める領民を死ぬかもしれない場所に連れて行くような真似は可能な限り避けたいと思った結果だ。 五百万と言っていたが、その全てが戦闘要員ではなく兵站等の後方支援を担う役割も必要になるのでその関係で実数はもっと上になるだろう。
偵察と銘打っているが、巫女の言葉から殲滅戦になる事は目に見えていた。
つまり向こうに橋頭保を築く必要がある。 仮に偵察だったとしても間違いなく拠点は用意する事になるだろう。 志願者を募る事にはなるだろうが、必要な役割を担う者は徴用する事になる。
そう考えるとギュードゥルンとしては非常に気が重かったのだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
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