1302 「鉄騎」
あれから少しの時間が流れた。
傑は小さく息を吐く。 彼が今いる場所は雲の上で、周囲を見回すと浮遊する島と視線を落とすと広大な大地が広がっている。 それなりの時間が経過したが未だにこの光景には慣れない。
傑達はこの世界での生活に少しずつだが馴染みつつあった。
兒玉が消えて早くも一か月ほどの時間が流れ、彼等は残る選択を行い今に至っている。
傑は荷物の運送を行う運送業を行っており、彼が空を飛んでいる理由でもあった。
改めて傑は自分の仕事道具を見て、とんでもないなとこの世界の技術に震える。
傑はとある物に跨っている。 タイヤのないバイクのような形状をした乗り物で、名称は魔導鉄騎。
魔力というよく分からないエネルギーで稼働して飛行する乗り物だ。
内部に魔力を封入したバッテリーのようなものを内蔵する事により誰にでも扱えるようになっている。
傑と相性が良かったのか比較的、早く乗りこなせるようになったのでそれを活かして運送業に従事する事となった。 他の面子も様々な道具を扱わせたり、仕事に触れさせたりして適性を見て職場を宛がわれたのだ。
傑と博は操縦に対する適性を認められ運送業、暢は高所恐怖症なので重機のような乗り物を扱って工事現場で仕事をしている。 藍子は清掃業、影沢は魔石という素材の加工に適性を示したので加工業を紹介された。
この世界は異世界からの転移者は割とありふれた存在なので、迷い込んだ者に対しての対応も慣れたもののようで一か月ほどで傑達が馴染めた理由でもあった。 至れり尽くせりとまではいかないが、生きていくには充分な衣食住を提供されている。
今日は割り振られたノルマを全て片付けたのでこれから帰る所だった。
傑は時間が空いた時は、魔導鉄騎を大きく上昇させてこの世界の光景をしっかりと眺めるようにしている。 最初はちょっとした好奇心のようなものだったが、次第に理由は自分がこの世界に属する現実を受け入れる為の行為へとシフトしていった。
今更、ギュードゥルンの言葉を疑うような真似はしない。
傑達はもう帰れないのだ。 この世界の住人として生きていくしかない。
それを受け入れる為に傑は空からこの世界を見渡していたのだ。 視線を上げると空に巨大な穴。
世界回廊と呼ばれる世界間を行き来する通路だ。
こんな物があるなら日本へも帰れそうな物だが、回廊は特定の世界と世界を繋ぐ橋のような役目を担っているので転移とは毛色が違う。 この世界の始まりは世界回廊だったと聞く。
元々、独立していた六つの世界が連結され、一つの共同体として確立する。
何ともスケールの大きな話だと傑は笑う。 まるで自分が壮大な物語の登場人物にでもなった気分だ。
ギュードゥルンは聞けば大抵の事は教えてくれたので、世界回廊に関してもある程度の知識は持っていた。
世界回廊――世界間を繋ぐ橋なのだが、それだけでは説明不足だ。
その正体は世界同士が過度に接近してしまった事による同化に近い物だと考えられている。
これは仮説の一つに過ぎず、様々な説が唱えられているので解明され切っていない事柄でもあった。
世界と世界を繋ぐのだが、一つ大きな問題がある。
世界回廊は世界に開いた穴でもあるので、そこから世界の養分とも呼べるエネルギーが抜けていくのだ。 これは放置すれば深刻な問題を招く事となるが、六つの世界は互いの知識と技術を持ち寄ってあるものを作った。 それによりその問題を解決したのだ。
それが何かというと回廊内部に蓋壁と呼ばれる壁を作り、エネルギーの流出を抑える事だった。 ゼロにする事は不可能だが、無視しても問題ないレベルまで消耗を抑える事は出来たようだ。
それにより今日までの平和は守られているという訳だった。
コスモロギア=ゼネラリスという世界は全てを受け入れるとギュードゥルンは言った。
その寛容性こそがこの世界をここまで発展させたのだと彼女は誇らしげに語る。
中には敵対的、もしくは反社会的な行動を取る者もいた。 だが、その全てをこの世界は力を合わせて切り抜けて来たのだ。 傑は途方もないスケールの話に戸惑いつつもギュードゥルンにある事を尋ねた。
――この世界は何処に向かっているのだと。
その質問に対して彼女はこう答えた。
『全ての世界を統合し、本当の意味での唯一無二の平和な世界を作る』と。
世界回廊は世界同士の衝突によって起こる現象なので時間経過で別の世界と接触し、橋が架かる事となる。 それを繰り返していけば最終的には全てが一つになって行くとの事だ。
「本当にとんでもない所に来ちまったなぁ……」
そう呟いて傑はその場を後にした。
傑がマンションのような建物の中にある自室に戻ろうとすると、ちょうど仕事が終わったらしい博と鉢合わせた。
「よぉ、お疲れ」
「あぁ、お疲れ」
「今日はどうだった?」
「街の中だけだったから楽なものだったよ」
「そうか、俺なんて隣まで行かされたから朝早くから出ないとこの時間に帰れないから疲れたよ」
隣と言うのは隣の街や島ではなく、隣の世界の事を指す。
「そりゃ大変だったな。 どっちだ?」
「白夜の塔だよ、流転の塔とか行ったら下手すりゃ死ぬぞ」
この地平の塔から向かえるのは白夜と流転の二つ。
傑はまだどちらにも行った事はないが、魔導鉄騎の操縦技能が上の博は既に世界回廊を渡って世界間の移動を任されるほどになっていた。 割と異例な事らしく、彼の技量の高さが窺える。
「へぇ、どんな感じなんだ?」
どういった場所なのかは聞いていたが、実際に行った人間の感想を聞いてみたいと尋ねたのだ。
「太陽が動かないからずーっと昼間の世界だよ。 どういう理屈でああなってんのか知らないけど、自転とか公転の概念がないみたいだな。 日光が直に当たるからとにかく熱い。 魔導鉄騎に付いてるシールド――障壁機能がないと普通に死ねる気温だ」
博は肩を竦める。 暑いのではなく熱い。
あの世界は軟弱な生物はあっさりと淘汰される灼熱の地獄と博は形容した。
「一応、建物とかに入ると涼しいけど、頻繁に行きたい場所じゃないな。 あんな環境で植物とか普通に生えてるのが信じられねーよ」
博は信じられないといった口調で見て来た景色に付いて語る。
誤字報告いつもありがとうございます。
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