1301 「投棄」
「君らには悪いが俺はもう決めている。 息子を見つける手がかりを手に入れたんだぞ、帰るに決まっているだろうが」
兒玉は何の迷いもなくそう言い切った。
「いや、でもギュードゥルンの話を聞いたでしょ。 死ぬかもしれないって……」
「それがどうした。 こっちは最初から命懸けで来ているんだ! 来れたんだから帰れるに決まっているだろうが!」
「――でも……。 いや、もう決めたんなら好きにしてください」
傑は引き留めようとしたが、明らかに言って聞くタイプではないのでどう頑張っても決断を変える事は難しいだろう。 そもそも兒玉は勝手に付いて来たおまけだ。
そこまで必死になって引き留める理由もないと思っている事もあって、そんな突き放すような言葉しか出てこなかった。
ひとまずではあるが話は纏まり、兒玉は帰還を選び、残りはここに残留する事を選んだ。
翌日、傑達はギュードゥルンに身の振り方を伝え、兒玉の帰還の手助けをしてくれる事となった。
場所は広い空間で巨大な魔法陣が敷かれている。 傑達は少し離れた場所で待機し、中心には兒玉がやや緊張の面持ちで立っていた。
「さて、最後に尋ねておく。 本当に構わないのだな?」
「あぁ、折角手掛かりを得たんだ。 帰って息子を探さなければならん。 やってくれ」
ギュードゥルンは小さく息を吐くと視線を魔法陣の周囲に陣取った者達――傑達と最初に会った時に隣にいたテレーシアという女性に頷いて見せる。
「繰り返しになりますが、説明させて頂きます。 まず、我々はあなた方の転移してきた痕跡をある程度ではありますが辿る事ができました。 その方向にあなたを次元転移させます。 注意点としては時間などの流れが一定ではない総体宇宙を通過するので仮に戻れたとしても元の時間、元の場所とは限りません。 その点はご理解頂けていますね?」
「分かってる。 何度も聞いた」
ここに来るまでにギュードゥルン達は何度も思いとどまらせようとしたが、兒玉の態度は頑なだった。
息子を救う事に執着しているのは理解しているが、十中八九戻れないどころか死ぬ可能性も高いと言っているにもかかわらず躊躇が全くない点に彼女達は首を捻らざるを得ない。 騎士であるギュードゥルンは彼なりの誇りや信念による物だろうと解釈していたのだが、術師であるテレーシアには全く理解できなかった。
それもそのはずで、兒玉とギュードゥルン達との間には明確な温度差があったからだ。
兒玉は異世界に関しては実際に地球上とは思えない光景を目の当たりにして、何かの間違いだと言う事は出来なかった。 だが、帰れないという話に関しては信用していない。
まず第一に兒玉自身が異世界という見知らぬ土地に一切の未練がなかった事と、あっさりと無理だと言い切ったギュードゥルン達の態度に不審なものを感じていたのだ。
これは彼の経験から来る偏見ではあるが、あっさり無理だと言い切る輩は碌に試しもしないで憶測でものを言っているのではないかと思っていた。 息子が消えた手がかりを掴んだ事もあって、意地でも帰らなければならないといった焦りの気持ちが彼を無謀な帰還の強硬に踏み切らせたのだ。
――どうせ、自信がないから失敗した時の為の言い訳だろう。
視野の狭くなった人間は物事を都合よく解釈する。
兒玉もその例に漏れず、ギュードゥルン達を信用していないにもかかわらず彼女達に帰還を頼ると言う矛盾にも気が付かない。 結果、さっさとやれと催促するに至ったのだ。
テレーシアは言っても無駄かと小さく首を振ると部下に小さく頷いてみせる。
すると全員が送還の準備に入った。 魔法陣が光り、徐々に輝きが増していく。
傑は大丈夫なのかこれはとやや訝しんだ視線を向け、博と藍子はやや緊張の面持ち。
暢は相変わらずの動画撮影。
影沢は何を考えているのか読み取れない無表情でその様子を眺めていた。
魔法陣の輝きが強くなり、直視するのが難しくなるほどになり――兒玉の姿は光に呑み込まれるように消えた。
やがて光が収まり、魔法陣の上には兒玉の居た痕跡はない。 完全に消えていた。
「――消えた」
影沢がぽつりと呟く。
「大丈夫なんですか?」
「分からん。 やれるだけの事はやった。 後は彼が上手く目的地にたどり着ける事を祈るしかない」
ギュードゥルンの口調は平坦そのものではあったが、僅かに呆れが含まれていたので十中八九無理だろうなと言った本音が透けて見えた。
それに関して傑達から何かを言う事はない。 彼女達が何度も危険性を説いた上での決断だ。
何かあったとしても兒玉の自己責任だろう。
それでもあれだけ帰りたがっていたのだ。 せめて上手く到着する事だけを祈ろう。
傑は小さく祈り、ギュードゥルンに促されるままその場を後にした。
結論から先に言ってしまうと兒玉の転移は失敗した。
厳密には転移自体には成功したが、辿り着いた場所は日本とはかけ離れ、彼の想像力では到底理解できない悍ましい場所だったのだ。
辿り着いた先の住民達に捕らえられ、想像を絶する苦痛を味わった彼の正気は僅かな時間で消し飛び、訳も分からないままその生涯は幕を閉じた。
それは侵入した異物に対して何の痛痒も何の感慨も抱かない。
何かが勝手に入ってきて勝手に死んだ。 その程度の認識だ。
その辺を舞っている埃を吸ったところで気にもならない。 それは優雅にその空間――ギュードゥルン達の認識する総体宇宙を泳ぐ。 侵入された事は気にならなかったが、何処から来たのかは気になった。
それは自己に備わった感覚器を用いて、何処から送り込まれたのかを確認。
ゆっくりと移動を開始する。 そこに明確な感情は存在しない。
何かが当たったから飛んできた方が気になってそちらへ向かった。 本当にそれだけの事なのだから。
だが、そうでなかった者もいた。
――聖域に汚らわしいゴミを不法投棄した。 これは万死に値する。
――神の座す世界に不敬にも不法侵入するとは、これは教育が必要ですね。
――勝手に入るとは許せない。 残念だがこれは斬らなければなりませんな。 いやぁ、本当に残念だ。
――よく来てくれた。 これは礼をせなあかんな。
その世界に蠢く何か達はある者は憤怒を、ある者は分からせる事ができる喜びを。
またある者はそろそろ知らないものを斬りたいと、ある者は暇だったので諸手を上げて喜んだ。
ただ一人の男が帰りたいと世界を渡った。 本来なら送った方も実行してしまえば何処へ行ったのかも確認する術もない。 それだけの些細な事だったのだ。
――だが、それが齎した結果は誰にも想像もできない程のものだった。
誤字報告いつもありがとうございます。
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