1300 「迷込」
ギュードゥルンの話にはまだまだ続きがあった。
傑達がこの世界に迷い込んだ理由に関しては分かったが、ならば何故以前に同じように消えた者達が戻って来れたのか? 異世界に消えれば戻れない。 なら戻ってきた者達は何処へ消えていたのか?
まずは消えた者達が戻って来れた理由だ。
空間が捻じれる事を雑巾に例え、時間経過で元に戻る。
つまり穴は徐々に塞がるのだ。 状況から穴が開くのは十六時から十七時の間ぐらい。
ギュードゥルンにそれを話すと彼女はこう答えた。
穴は十六時の時点で最大解放され、そこから徐々に閉じられると。
つまり、傑達は開き切った穴に飛び込み、以前に消えた者達は半端に開いた状態で落ちた。
彼女曰くこの差は大きいらしい。
それによって以前に行方不明になった者達は、あの世界ではないが連なる何処かに飛ばされたのではないか? 結論としては傑達は完全な異世界に飛ばされたので帰れない。
帰って来れた者達は日本とは異なってはいるが、日本に連なる空間に飛ばされたので生還した。
真偽は定かではないし、細かい理屈は全く理解できないが。 傑は自分は地底深くまで落ちたので上がれなくなり、友人は穴の淵に引っかかったのでどうにか這い上がったと解釈した。
「……つまり息子は日本から出入りできる空間に迷い込んだと言う訳か。 だったら、あの生還したクラスメイトの三人、事情を隠していたんだな! 隠していた所を見ると後ろめたい事があるに違いない。 何とか帰って問い詰めないと……」
兒玉は怒りを滲ませつつ、そう呟いた。
その点で言うのなら傑達も同罪なのだが、わざわざ無駄な軋轢を生むのも馬鹿らしいと知らない顔をしている。 兒玉は帰るつもりでいるようだが、ギュードゥルンの話が本当なら帰還に関しては絶望的だ。
「色々と分かったのは良いんだけど、問題はこれからだな。 どう思う?」
ここに来るまでの目的である神隠しに関しては当事者になる事で解明できたと言える。
代償に失踪者となったが、それ以上にこれからの身の振り方を考えなければならない。
「いや、もう壮大な話過ぎて理解が追いつかねぇよ」
「私も博が居るから多少は落ち着いてるけど、はぐれてたらって考えるとぞっとする」
博と藍子はまともに物を考えられないと首を振り、暢はスマートフォンで窓から広がる外の景色を撮影していた。
「これ、持って帰れたら結構な大発見になったのになぁ……」
「暢」
「あ? あぁ、俺の事は気にしなくていい。 どうせ向こうから何か言って来るだろ? その時にでも考えるさ」
傑が声をかけると暢は適当な返事をして外の風景に意識を戻した。
ここに来てから彼はこの異世界の景色に取り付かれたように眺め続けている。
「俺は帰る。 息子を見つける為にここまで来たんだ。 手がかりを見つけた以上、帰って誰かに伝えなければならん」
「……影沢さんは?」
兒玉は一貫しているので、特に相手をせずさっきから一言も口を利かない影沢が心配だったので声をかけるが、彼女は青い顔で見返して来た。
「……別にどうでもいい。 どうせ帰れないならここでやれる事をやるだけ」
何とも淡白な返事が返ってきた。
最初から気怠い感じで兒玉とはテンション面では正反対だとは思っていたが、本当にどうでもいいと思っているのか会話にも参加する気はないようで「勝手に進めて」と投げ遣りな態度だ。
話題は神隠しからこの世界そのものへと移行する。
コスモロギア=ゼネラリス。 それがこの世界の名称らしい。
世界に名称がある事や異世界人や神隠しに関しての知識から、その手の現象に馴染みがある事がよく分かる。
俯瞰してみると六つの惑星のような巨大天体が等間隔で並んでいるように見えるらしい。
その六つを差して六界巨塔と呼称されている。
名称に界が含まれている通り、驚くべき事にこの世界は六つの世界が連結する事によって成立しているのだ。 ここはその一つ地平の塔、または地平と呼ばれる世界だ。
別の惑星などではなく世界。 その証拠にそれぞれの世界に太陽や月が存在し、数もまちまちだ。
この地平の塔は太陽が一つで月が三つある。 当然ながら他の世界にも名称が存在しそれぞれ――
天動の塔
地動の塔
双極の塔
流転の塔
白夜の塔
――と呼称されており、それぞれ独自の環境、生態系を持っている異世界だ。
傑達が生きていけない環境の世界もあったのでこの地平の塔に落ちたのは幸運だったと言える。
元々、それぞれが独立した世界だったのだが、世界に浮かぶ巨大な穴――世界回廊と呼ばれる世界の結節点が出現した事により交わるはずのなかった世界は一つとなった。
地平の塔からは天動の塔と白夜の塔への回廊が出現しており、自由に行き来が可能だ。
その為、この世界では異世界転移や転生はありふれたものとして捉えられている。
だからこそ傑達への対応も慣れたものだったのだ。
そんな者達ですら転移して来た者達を元の場所へと返す事は不可能と言い切った。
つまるところ傑達はこの世界で生きていくしかないのだ。
一応、ギュードゥルンは選択肢を示してはくれた。
まずは一つ目。
この世界で暮らす事。 最も無難かつ安全な選択肢だ。
職業の斡旋などは行ってくれるので、いきなり路頭に迷う事はないらしい。
いつまでも客人扱いはしてくれないので立ち位置を確保しておくのは先々を見据えるのなら必要な事だろう。 そして選択肢はもう一つある。
僅かな可能性に賭けて帰還を狙う事だ。 この世界の技術であるなら転移時の痕跡を辿って大雑把な方向――どの辺りから飛んで来たのかは分かるらしい。
その情報を元にこの世界に存在する転移技術でその方向へと放り出してくれるとの事。
闇雲に飛び出すよりは可能性はあるが、ギュードゥルンが事前に説明した通り日本に戻れたとしても同じ場所、時間とは限らない。 可能性で言うならゼロではないだけといったレベルで低いのだ。
結局、この話は単純でこの世界で骨を埋めるか、僅かな可能性に賭けて飛び出すかの二択。
ギュードゥルンは数日くれるとの話なので、その間によく考えろと言われた。
「どちらを選ぶにせよ、本当にそれでいいのかって考えてから答えを出せって事だよな」
傑はそう呟くが、選択肢はあってないようなものだった。
今回の転移は幸運にも話の通じる住民が居て事情も汲み取ってくれる世界だったが、戻ろうとして更に恐ろしい世界に辿り着いてしまう可能性もある。
そうなれば今度こそ死んでしまうだろう。
誤字報告いつもありがとうございます。
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