1299 「未界」
その為、行動――特にこの場所の住民との接触は慎重に行う必要がある。
傑はどうしたものかと考えていたが、もうそんな事は考えなくても良さそうだった。
「……ヤベぇな……」
思わずそう呟き、藍子が小さく悲鳴を上げる。
何故なら傑達はいつの間にか現れた者達に包囲されていたからだ。
何らかの手段で姿を消していたようで空間から滲み出るように現れた。
空中にはバイクに乗った銀色の全身鎧の者達。
持っているのは長槍やライフル。 地上で半包囲している者達も剣や銃と武装に統一感がない。
コスプレ集団と思えれば楽だったのだが、飛んでいる者達を見れば本物と思わざるを得ないのだ。
ガシャガシャと足音が響き、取り囲んでいる者達の一部が道を空けて歩いて来る誰かを通す。
現れたのは赤の全身鎧を身に纏った騎士と傍らにはモノクルを付けた女性。
傑は皆を庇うように一歩前に出て、博は藍子を自らの背に隠す。
暢はスマートフォンでの撮影を続けてはいるが、包囲されている事に対して焦っているのか表情は引き攣っている。 影沢と兒玉は状況に付いて行けていないのか戸惑った様子で周囲を見回す。
取りあえず目の前の目立つ赤鎧が立場が上である事は明らかなので、傑は敵意がないと両手を上げて見せる。
それを見て赤鎧は女性と小さく顔を見合わせて無言で歩み寄ってきた。
「……まずは確認させて貰おう。 君達は異世界からこちらに迷い込んだのか?」
知らない言語の筈だが、何故か内容が理解出来た。 声の感じから若い女性。
傑は言葉が通じる事に対して驚いたが、コミュニケーションが取れる事に少しだけ安心する。
「異世界かどうかは――いや、この状況を見れば間違いないか。 それで間違いない。 勝手に入っては不味い場所だったのなら謝罪する。 だが、不可抗力だった事だけは主張させてくれ」
とにかく敵意がない事とここに来た事は事故だったと主張して少しでも心証を良くするべく、傑は必死に平静を装う。 本音を言えば怖くて仕方がなかった。
声が震えなかった事は奇跡だろう。 とにかく攻撃されない状況に持って行かなければならない。
「ふむ、迷い込んで来たといった所か。 まずは安心してくれ。 我々は君達に危害を加えるつもりはない。 ――まぁ、君達が我々を困らせると言うのならその限りではないがね?」
「だったら問題ない。 そちらに敵対する意思はないし、もしも帰る方法を知っているならさっさと帰るつもりだ」
女騎士はそうかと考え込むように首を傾げたが、隣の女性に肘で小突かれてあぁそうだったと呟いた。
「まずは自己紹介だ。 私はギュードゥルン。 ギュードゥルン・グン・グンヒルド。 この世界――コスモロギア=ゼネラリス六界巨塔の一、地平の塔に属する守護騎士で、こちらはテレーシア・テク・テオドーラ。 同じ地平の塔に属する守護術師だ」
テレーシアと紹介された女性は小さく頭を下げる。
「ど、どうも御厨 傑です。 日本から来ました」
傑がそう名乗るとギュードゥルンは小さく首を傾げる。
「ところで呼ぶ時はどちらで呼べばいい? ミクリヤ? それともスグル?」
「お好きな方でお願いします」
「そうか。 では、スグルの方が呼びやすいのでそうするとしよう。 さて、立ち話もあまり良くない。 日が暮れればこの辺りは冷える。 我々の都市へ招待したい所だが構わないかな?」
どうやらまともそうな相手のようで、都市とやらに行ければ詳しい事情なども聞けるかもしれない。
内心でほっと胸を撫で下ろす。 どちらにせよ選択肢はあってないようなものだった。
「よろしくお願いします」
傑はそう言って頭を下げた。
「……マジっすか……」
傑達はギュードゥルンの話を聞き終え、頭を抱える事となった。
さっきの会話で十二分に理解はしていたが、ここは日本どころか地球ですらない全くの異世界のようだ。 最近流行りのラノベかよと思いたかったが、ここに来るまでに見た景色を見れば否定のしようがない。 そして帰る方法がない事を知らされ頭を抱える事となった。
「別の世界に生物や物品を送り込む技術は確立されているが、全く同じ場所、時間に飛ばす事は不可能だ。 仮に君達の世界へと送り返す事が出来たとしてもそれが君達の生きた時代、土地とは限らない」
ギュードゥルン曰く、世界は宇宙に浮かぶ惑星のような物らしい。
つまり移動する手段と手順を踏めば戻る事自体は不可能ではないが、世界の外――惑星と宇宙に例えるならその宇宙空間が問題のようだ。
「我々は総体宇宙と呼んでいるその空間は時間の流れが一定ではないのだ」
その総体宇宙という空間は時間が戻ったり進んだりしている意味不明な空間で、何の準備もなしに経由すると凄まじい時間が、経過、または逆行する事になる。
その為、傑達がここから日本に戻されたとして、到着すれば一億年経過しているなんて事も冗談抜きであり得るらしい。 いや、経過しているだけならまだマシで、下手をすれば逆に一億年前なんて事にもなりかねないのだ。
「いやぁ、ヤベぇ事になったな」
そう呟いたのは博だ。 場所は変わって傑達は客室のような部屋に通された。
ベッドが人数分あるだけの簡素な宿泊部屋だが、清掃が行き届いておりベッドも高級そうなのでホテルの部屋のようだ。 ギュードゥルンに混乱しているだろうから、仲間同士で相談して身の振り方を考えろと言われて部屋を宛がわれた。
ギュードゥルンは傑達の質問全てに対して可能な限りの回答を提示した――いや、回答と言うよりはもはや知識の暴力とも言える情報量だ。
お陰で全員が消化しきれずに小さく唸る事しかできなかった。
現状だけでもお腹いっぱいなのに神隠しに関してもある程度の答えが返って来てしまったのだ。
まずは神隠しに付いて。 ギュードゥルンの話ではあのトンネルは世界に存在する歪みのようなものらしい。 空間が雑巾のように捻じれており、世界と総体宇宙との境界が緩くなってしまっているのだ。
傑達を乗せた車両はその上を通って落ちたと。
雑巾というのは上手い例えで、あのトンネルは一定の条件が揃うと捻じれ、時間が経つと元に戻るらしい。 要は捻じれている間にあの空間を通ると落ちると言う訳だ。
わざわざ穴が開くタイミングに通行して落ちたのだ。 傍から見れば間抜け以外の何物でもない。
誤字報告いつもありがとうございます。
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




