1297 「検証」
兒玉、影沢の二人は端境町に向かう傑達に便乗する形で付いて来た者達だ。
元々、傑はネットで都市伝説や怪異に関する情報を募ったり発信したりするサイトを運営していた。
正確には友人と共同で管理しているのだが、ある日に影沢がサイト経由で連絡をしてきたのだ。
内容は身内が例の事件で失踪したので、探す為に力を貸して欲しいと。
それを聞いて傑は難色を示した。 彼等はただの好奇心が強い一般人であって探偵や警察ではない。
人探しを生業にした覚えはないので、最初こそ断ったのだが影沢がしつこいぐらいに連絡してくるので折れる形で調査の話を打ち明けると同行させてほしいと言い出したのだ。
本音を言うと断りたかったのだが、どうも影沢は失踪した生徒の身内で作った捜索の為の団体に属しており今回の打診は彼女個人の意思と言うよりは集団の総意で送り込まれたといった形だった。
そんな事情もあって熱心にメールを送ってきた割には影沢のテンションは低い。
明らかに好き好んで来たといった様子ではなかった。
反面、兒玉は藁にも縋ると言わんばかりの必死さで、挨拶もそこそこに息子は見つかるんだろうなと詰め寄ってきたのは傑としては勘弁してほしいと言いたい気持ちだ。
「だが、君達は息子達が消えた理由を知っているんだろう?」
「いや、分からないからこれから検証に向かうんですよ」
もう何回目だこのやり取り。
傑は面倒臭ぇなこのおっさんと思いながらも宥めるように兒玉の質問を受け流す。
一応ではあるが、最低限の情報の共有は済ませているので尋ねられても新しく与えられる情報がないのだ。 兒玉と影沢に関しては事件被害者の会の代表として同行している。
それ以上でもそれ以下でもない。 彼等は資金を出し合って、人を雇い、捜索を続けていたがバスどころか痕跡すら見つからない現状に苛立っているのは傑も理解していた。
家族を探す為に必死になっている事も同様に理解はしているが、傑を筆頭に他のメンバーもこの被害者の会に良い感情を抱いていない。 その理由は彼等は手掛かりを求めるといった名目で生き残った彼の親友に心無い言葉を浴びせ、加害者呼ばわりしたのであまり手放しに協力したいとは思えなかったのだ。
さて、このメンバーは失踪事件の起こった端境町へと向かって何をするのか?
バスが何故消えたのか? その理屈は不明だが、傑はどういう条件を踏んで消えたのかの仮説は立てていた。 彼等を乗せたバスはトンネルを通過したと同時に奇妙な街へと辿り着き、友人を含む生存者達は凄まじい苦労の果てに脱出に成功したのだ。 彼はその際の話を聞いているので、消えた事に関しての仮説を立てられるだけの情報を得ることはできた。
そこだけは兒玉達には話していない。
彼等にはこの土地に伝わる神隠しのメカニズムを解明するといった名目で現地に向かっており、友人から情報を得たといった話はしていないのだ。 腕時計に視線を落とす。
現在の時間はそろそろ十六時になろうとしていた。
空を見ると日が傾いて、僅かに夜の気配が近づいている。
山道に入ってそれなりの時間が経過しており、そろそろ目的地が見えて来るだろう。
さっきから続く連続カーブには多少辟易していたが、事前に酔い止めを飲んでいたので気分が悪くなることはなかった。
「見えて来たぞ」
運転をしている博がそう声をかけ、車を路肩に寄せて停止させる。
視線を正面に向けると大きなトンネルが口を開けていた。
前にも後ろにも車の気配はない。 調べたが、この時間の交通量はほぼゼロで、事実ここに来るまで一台の車両ともすれ違わなかった。
「よし、始める前に確認を行うぞ。 まずは現在地は端境町の手前にあるトンネル前。 これから行うのは例の神隠し事件の検証だ」
傑は生還した友人からバスが消えた事はこの地域で起こっている神隠しだと判断している。
さて、この神隠し、発生するには特定の条件が存在すると仮説を立てた。
まずは時間帯。 事件が発生したのは十六時過ぎ。 現在は時間は十五時五十五分。
こんな時間帯ならば車の通行も多いのではないかとも思われたが、ここに来るまでに一台ともすれ違わなかった上、後ろを見ても後続車が来る気配はない。
それを見てなるほどと傑は思う。 普段からこの程度の交通量なら神隠しの件数が少ない事も頷ける。
次に重要なのは場所。 それは目の前に口を開けているトンネルで間違いないだろう。
分かり易い条件としてはこの二点。 それを満たした時、このトンネルは普通とは違う場所に繋がる。
――と思われる。
兒玉達にはこの土地に伝わる神隠しの検証と言う名目で、連れてきており期待はするなと何度も釘を刺しているのだが――
影沢は興味なさそうにトンネルに視線を向け、兒玉は気が逸っているのかやや前のめりだ。
「噂によると成功すると霧に包まれた不可思議な場所にでるらしい。 真偽は定かではないが、得体の知れない怪物がいるとの噂もあるから気を付けるように」
念の為に武器になるものは積み込んであるが、友人からの話を聞く限り効果があるかは怪しい。
「博」
「おぅ、取りあえずトンネルを抜けてから、戻る判断は俺がするって事でいいんだよな」
「あぁ、車を動かすのはお前だ。 ヤバいと思ったらすぐに逃げよう。 あくまで今回の目的は例の神隠しの真偽を明らかにする事だ」
帰って来れなかった者が多い以上、この検証作業は危険な事になる可能性がある。
その為、状況を見極める判断――要は引き際を見誤らない事が重要だ。
検証はできたが情報を持ち帰れないのでは話にならない。
「藍子」
「分かってる。 博に何かがあったら私が車を動かすから、基本的に車外にはでない」
彼女も免許は持っているので運転は可能だ。
ただ、ペーパードライバーである彼女の運転技能はお世辞にも優れているとは言えない。
その為、彼女がハンドルを握るのは本当の緊急事態の時だ。
「暢」
「俺は撮影係だな。 出来るかは分からねーが、こいつで可能な限り細大漏らさずに記録していく」
そう言って暢は持っていたスマートフォンを持ち上げる。
鞄にはモバイルバッテリーがいくつか入っているので物理的に破壊されなければ丸一日でも撮影し続けられるはずだ。
「車外に出て調査に出るのは俺と暢、後はそこのお二人だ。 電波状況からも分かるようにスマートフォンでの連絡は当てにせず、持ち込んだ無線機で行う」
これからの行動を簡単に確認し、傑は小さく頷いて見せると頷き返した博が車を走らせた。
誤字報告いつもありがとうございます。
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