1291 「勇気」
正直、ヴェンヴァローカ行きは乗り気がしなかったが、得た物を考えると来てよかったのかもしれない。
在りし日の英雄は非常に有用な情報源だった。
飛蝗と同様に会話は不可能だったが、権能を用いてこちらと意思疎通を図ってきたのだ。
真っ先に感謝が飛んで来たのは少し驚いた。
感謝されるような事をした覚えはないのだが、魔剣を持ち出した事は連中からすれば結構な事だったらしい。 その後に協力を要請された。
聞けば俺にとってもメリットのある内容だったので、協力する事にしたのだ。
報酬の前渡しとしてこの世界について色々と喋ってくれた。
在りし日の英雄、聖剣、魔剣、転生者、グノーシス、箱舟。
そして――世界ノ影について。
これを聞けただけでも報酬としては充分過ぎるが、終わったら成功報酬として魔剣とそれを拘束する鎖の製法までくれるらしい。 あまりにも話が美味すぎて疑いたくもなったが、あの英雄は俺よりも格上なので騙す意味がない。
加えて、依頼自体も俺にとって利のある内容だったので受けない理由がなかった。 具体的にはこのセンテゴリフンクスとこの後に来るグノーシスの殲滅。
シャダイ・エルカイを渡したくない事もあるが、特にこの領域の英雄はグノーシスの事を死ぬほど恨んでいて、あの連中がこの世にのさばっている事が耐えられないらしい。
最終的には勢力としても二度と復活できないように叩き潰したいので、それを俺にやれという訳だ。
聖剣、魔剣は余計な連中に取られて利用される事を考えるとこちらで押さえておく事は悪い判断ではない。
後々の面倒事に繋がりそうな種は摘み取っておくに限る。 それにタウミエルの事が本当であるなら、放置する事はできない問題でもある。 概要しか聞いていないが、あの連中ですら負けるような相手なのだ。 戦力の拡充は必須と言っていい。
……まぁ、どちらにせよここの連中には不快感を感じていたので始末する事に特に抵抗はないのもあるがな。
元々、あの英雄は俺が来なかったとしても辺獄で集めていた戦力を用いて、こちら側へと攻め込むつもりだったようだ。 センテゴリフンクスを滅ぼし、南下して海を越えてグノーシスの本拠であるクロノカイロスへと全てを滅ぼしながら向かう――予定ではあったが、どう見ても無理のある計画だった。
どうも辺獄の領域由来の辺獄種は魔剣によって生み出された存在だ。
その為、魔剣から離れる事ができない。 一応、鎖で拘束すれば動かせはするので攻め入る所まではどうにかなるが、劣化の激しい辺獄種の肉体でどこまで戦えるのかも怪しかったようだ。
それでも行く以外の選択肢はなく、仮に上手くいったとしてもタウミエルに勝つ事は不可能。
どう転んでも潰されるのが目に見えた戦いに挑もうと覚悟を決めた所で都合よく利用できそうな存在が現れたと。 つまり俺だな。
それ以外にも思う所はあったようだが、どちらにとっても利のある話で特に――
意識を目の前の状況に戻す。 ヤドヴィガの聖剣がゆっくりとこちらに迫っている。
左腕で拘束しているが力負けしているので押し込まれつつあった。
――聖剣使いを楽に仕留められるのは非常に良い。
魔剣の固有能力を発動し、刃を掴んでいるヤドヴィガの腕を丸ごと焼く。
激痛にヤドヴィガが悲鳴を上げ、動きが僅かに止まる。 同時に腹に蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。
聖剣シャダイ・エルカイは持ち主に強力な再生能力を付与するので半端な攻撃は意味がない。
狙うなら首を落とすなど、即死を狙うのが最適解だ。
辺獄の環境下であるならその辺は緩和されているのでもう少し楽なのだが、十全に発揮できるこの状況では違う手を使う必要がある。 さて、それが何かというとだが――
「『Τηε ψοθραγε το ατταψκ ις τηε βεστ σλαθγητερερ τηατ κιλλς εωεν δεατη』」
瞬間、俺の身体能力が一気に跳ね上がる。
強化の度合いで言うなら辺獄で完全に性能を発揮した魔剣による強化を軽く超えるだろう。
権能『Τηε ψοθραγε το ατταψκ ις τηε βεστ σλαθγητερερ τηατ κιλλς εωεν δεατη』
『勇気』を冠する権能でかなり希少な適性が要求される高度な能力らしい。
本来なら俺には扱えないが、英雄の権能によって奴の権能適性を付与されている今の俺なら実戦で通用するレベルの効果を発揮する事ができる。
能力は単純な身体能力強化だが、権能の中でも突出して効果が高い。
代償に使い続ければ肉体が崩壊する諸刃の剣だ。
……まぁ、俺は再生できるからあまり関係ないが。
シャダイ・エルカイと併用するのが最適な運用方法で、これを使って勝てなかった相手は他の英雄ぐらいらしい。 あの英雄が持つ、切り札の一つのようだ。
「ぐ、何が――傷は治っているはずなのに……」
ヤドヴィガは腕の痛みに表情を歪めながらも聖剣を構えようとするが遅すぎる。
第一形態に変形させた魔剣を顔面に叩きこもうとするが、即死すれば再生能力も意味を成さないと理解しているのか咄嗟に首から上を守ろうと聖剣を持ち上げた。
それならそれで構わないと俺はがら空きになった腹に魔剣を叩き込んだ。
螺旋を描いた刃がヤドヴィガの胴体に向こうが見えるレベルの風穴を開け、飛び散って瞬時に粉々になった破片や血液によって血煙が起こる。 肺が消し飛んだのかヤドヴィガは悲鳴すら漏らせずにパクパクと口を開閉。 即座に塞がるだろうが、折角なのでこれも喰らって行け。
体内にゴラカブ・ゴレブの炎を全力で叩き込む。 悲鳴すら上げられないヤドヴィガの上半身が燃え上がり、全開にしたので口や顔中の穴と言う穴から黒い炎が噴き出す。
普通ならダース単位で死んでいそうなダメージだが、ヤドヴィガは「か、は」と声にならない息を漏らしながら聖剣を振るう。
……遅い。
はっきり言ってヤドヴィガの技量はお世辞にも高くない。
素の技量ならグノーシスの聖殿騎士クラスだ。 聖剣使いと言う事を加味してもオフルマズドで出くわしたアムシャ・スプンタよりもいくらか格が落ちる。
つまりは聖剣を持っているだけで大した事のない相手だ。
加えて権能で強化されている今の俺にとってはそこまで速い動きでもない。
聖剣の刃を殴りつけて強引に軌道を変えて跳ね上げ、さっきと同様に左腕で腕を絡め取って固める。
……ところで反撃しようと必死なのは分かるが、さっきから腹の中を焼いている魔剣はいいのか?
誤字報告いつもありがとうございます。
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