1288 「贖戦」
あの聖剣使い――ヤドヴィガと言うらしいが、あの女に警戒された結果こうなった事は理解している。
だが、ここまでする必要があったのかという疑問はあった。
で、吸い出した記憶を調べたのだが、わざわざ俺を調べようとする事には理由があった。
俺に怪しい点は見当たらなかったが、聖剣が警戒している点は無視できない。
本来なら居場所を把握しておく程度に留めておくが、この後に来るグノーシス相手に付け入る隙を与えたくないのか可能な限り不確定な要素は潰しておきたいようだ。
別に足を引っ張るつもりはなかったんだが、よく分からん理由で難癖をつけられるのは不快だな。
こうなってしまった以上、待つ理由もないので一人で行く事にした。
適当に理由を付けて街を離れ、辺獄の侵食部分へと向かう。
今の俺なら無理だったとしても逃げるぐらいはできるはずだ。
街を出る際に門番にしつこく気を付けろと言われた事に適当に頷いてサベージを走らせる。
さっさと済ませたかったので魔法で姿を消して一気に距離を消化して目的地へ。
元々、そこまでの距離はなかったので早々に見えて来た。
視線の先は開けた場所。
空間に亀裂が走っており、零れ落ちるように辺獄種が湧いていた。
迫る辺獄種の群れをセンテゴリフンクスの戦力が次々と屠っている光景が見えた。
――もう少し。 もう少しで準備が整う。
辺獄の広い荒野。 そこには軍勢と呼べる規模の辺獄種の群れが埋め尽くさんと集まっていた。
続々と集結する戦力に「彼」は辺獄種となり朽ちた眼下に埋まった眼を爛々と輝かせる。
誓いを果たせずに終わり、このような姿に成り果てて、尚も生き恥を晒す自身に強い嫌悪感を抱いていた。
何もなければ自害しているであろう状態だったが、彼は自身にそんな甘えは許せない。
辺獄の侵食が進んでいる以上、世界ノ影の出現は近い。
だが、今の彼にはどうでもいい事だった。 タウミエルよりも優先するべき事が彼にはあった。
グノーシス。 彼の誇りと、繋いだ絆を踏み躙った憎むべき敵。
前回の世界で徹底的に叩いたつもりではあったが、未だにしぶとく生き残っているようだ。
その事実に彼は新しい戦いを始める事を決めた。 タウミエルによって世界は滅ぶだろうが、そんな事よりもこの世界にグノーシスがのさばっている事に耐えられない。
あの吐き気を催す連中が自分のような愚かな存在を生産している事を想像しただけで怒りで頭がどうにかなりそうだ。
チリチリと火花が散るような音がして背に薄っすらと羽が明滅するように現れる。
彼は必死に怒りを抑え込む。 権能が漏れそうになっていたからだ。
使えば消耗するのでこんな所で無駄に使う訳にはいかない。
この第九の領域――リブリアム大陸の中央部を陥落させればそのまま南下して海を越え、クロノカイロスへ攻め入るつもりだ。 相応の時間がかかる戦いになる。
次は絶対に見逃さない。
事情を知る者は一人残らずこの世から消し去り、この世界とそれに連なる地から痕跡を完全に消滅させ、二度と復活できないように滅するのだ。
後は仲間達の弔いの為、愛した世界の価値を証明する為にタウミエルに最期の戦いを挑む。
勝てないのは分かり切っており、間違いなく自身は消滅するだろう。
だが、それでいい。 それを以って彼の贖罪は完了するからだ。
この時間にも彼は想定されるあらゆる抵抗、立ち塞がる障害に対しての対処を想定し、激情に支配されそうな己を必死に律する。 怒りに狂っているが、思考の芯の部分は冷静だ。
それでも気持ちはさっさと攻めろと囃し立てる。 まだ早い、もう少し、もう少しで――
怒りと抑制による思考の反復横跳びを続けていたのだが、不意に異変が起こった。
辺獄に何者かが侵入してきたのだ。 それ自体に特に驚きはない。
境界が曖昧になっている状態なので、紛れ込んで来る者は現れても不思議はない。
特に支障は生まれない。 処理すればいいだけの話だからだ。
だが、それを認識した瞬間、彼の中にあった渦巻く怒りが、瞬間的にではあるが完全に消し飛ぶ。
気が付けば彼は駆け出していた。 気配がするのだ。 覚えのある気配が。
そんな馬鹿な、あり得ないと思いつつも足は止まらない。
辺獄種の群れが道を空ける。 向かった先に居たのはこの辺獄に侵入した者。
その腰には魔剣。 それも一本ではなく二本。 拘束されている気配はない。
魔剣をそのまま使用できる存在は彼の知識にもなく、中にいる存在は彼の戦友達だ。
拘束されていない事は魔剣自体が持ち主と認めているとも取れる。
つまり目の前の存在は友に認められてこの地を訪れたのではないか?
何故、こんな事になっているのか分からない。
ただ、確かなのは彼が心から認めた掛け替えのない戦友の二人が目の前に現れた事だ。
思わず駆け出しはしたが、何故こんな事態が発生したのか、何故彼等が自分の前に現れたのか?
分からない事だらけだが、再会できた事だけは素直に嬉しかった。
……訳が分からない。
辺獄に入ったのは良いが、目の前に飛び込んで来たのは辺獄種の群れ――いや、ある程度ではあるが秩序だった配置をされているので軍勢か。
面倒なと魔剣を抜いたが、仕掛けずに止める。 何故なら襲ってくる気配が全くなかったからだ。
魔剣があれば襲われる事はないが、目の前の連中は明らかに何かに支配されているので安全とは言い切れない。
……どうしたものか。
目の前には視界を埋め尽くすばかりの辺獄種の群れ。
遠くには半壊した街らしきもの。 この辺りはザリタルチュの時とほぼ同じだな。
間違いなく奥には魔剣がある。 この様子なら素通りしても――不意に辺獄種の群れが左右に割れて道を空ける。
通れという事なのだろうか? よく分からなかったが、サベージに行けと指示を出して進ませる。
少し歩くと何かが走って来る気配。 道の向こうに何かが現れ、走り寄ってきた。
近寄るにつれてその姿が明らかになる。
グノーシスの聖堂騎士が使っていそうな全身鎧に腰には剣。
顔は兜のお陰で分からないが、辺獄種である事は間違いない。
明らかに他とは気配が違う。 こいつが例の「在りし日の英雄」なのだろうか?
英雄らしき存在は視線を魔剣に固定し、よろよろと近寄って来る。
敵意の類は一切ない。 これはどうすればいいのだろうか?
元々、忍び込んで魔剣を盗もうと考えていたのだが、入ったと同時に目論見から外れてしまった。
……取りあえず様子を見るか。
誤字報告いつもありがとうございます。
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