1285 「仇道」
――勝てない。
早々に諦めたブロスダンと同様にアザゼルも現状を早い段階で正しく理解していた。
在りし日の英雄。 脅威度が極めて高いとは認識していた。
だからこそ戦力を分割こそしたが、出し惜しみはしなかったのだ。
グリゴリの天使が十体に聖剣使いも加えた戦力であるなら充分に攻略できると判断していた。
――が、実際に目の当たりにした結果、想定を大きく超えた存在だった。
何も見切り発車でここまで来たわけではない。 歴代全てではないが、在りし日の英雄との交戦経験はあったのでそれを基準にしての判断だったのだ。
拳銃使いはそのアザゼルの基準を完全に逸脱した強さだった。
前回の世界ではあまり強く干渉できなかった事もあって持っている情報が少なかった事もこの状況を招いた一因だ。
正面からの打倒は不可能。 アザゼルはそう判断して英雄の撃破より魔剣の確保を優先した。
一部の天使兵を都市に送り込んだのだ。
個としての武勇は突出――いや、超越していると言えるが、所詮は個人。
目的が防衛である以上、釘付けにしておけば対処は不可能でない。
いくら強くても本質的には魔剣が生み出した蜃気楼。
発生源である魔剣を処理すればどうにでもなる。 ズシンと大地を揺るがす振動。
街で戦闘が発生した事によって生じたものだ。 拳銃使いは思わず街を振り返る。
それは完璧な立ち回りを続けていた英雄が見せたほんの僅かな隙。
針を通すような小さく細い隙間だった。 勝利を司る聖剣はその間隙を逃さない。
ブロスダンの放った銅のキューブが拳銃使いの足を捉えて破壊した。
アザゼルも放ったブロスダンですらこの結果は予想外だったが、仕留めるにはここしかないと全力で攻めに行く。 ブロスダンが一気に間合いを詰め、聖剣の輝きが英雄の全身を焼き、サリエルの邪視がその動きを封じ、アザゼルの放つ巨剣による斬撃が両断するべく放たれた。
拳銃使いはこの一撃を躱せないと判断。
両断される未来は変えられないが、選ぶ事は出来た。
それは何かというと――どちらを道連れにするかをだ。 アザゼルは位置が悪いので、仕留められる可能性が高いサリエルにした。
左を地面に打ち込み、地面に魔法陣が展開。
片足の踵を僅かに持ち上げて器用に踏みつけ、右のリボルバーを発砲。
パンと渇いた音が響き、彼の放った銃弾はアザゼルの方へ飛ぶ。
――悪足掻きを!
アザゼルは銃弾を剣で叩き落そうと振るうが、そこであり得ない事が起こった。
銃弾は剣に接触する直前に折れ曲がるように軌道を変えてサリエルの方へ。
足止めに集中しており、自分が狙われていると思っていなかったサリエルはそれに反応できなかった。
胸に着弾。 一瞬遅れて銃弾を起点に空間が抉り取られたように消滅した。
それを見届けた拳銃使いはアザゼルの剣によって両断される。
アザゼルはサリエルの方を見るが、もうどうにもならない。 サリエルが損傷によって完全に消滅したところでこの場での戦闘は終了した。
英雄の撃破が成れば後は消化試合に近く、街を制圧と魔剣の奪取はそう難しくなかった。
当然ながら激しい抵抗にはあったが、天使兵の損失だけで済んだ。
だが、英雄によって齎された被害は甚大だった。
アサエル、コカビエル、エゼキエル、アラクィエル、ヨムヤエルそしてサリエル。
半数以上撃破されたのも問題だが、アザゼルと同格のサリエルがやられた事がかなりの痛手だ。
それでも魔剣を手に入れたのだ。 外には捕らえたヒストリアの生き残りもいる。
再召喚は可能だ。 痛手ではあったが、取り返しは利く。
――そう思っていた。
辺獄の領域を滅ぼして凱旋したブロスダンの耳に入ったのはヒストリアが騒ぎに乗じて逃げ出したといった報告だった。
捕縛の為に追手を放ったが、グリゴリの天使は消耗が激しく動けない。
その為、追跡はエルフの兵と天使兵のみとなる。 グリゴリがいたからこそ楽に制圧できたが、欠いた状態では戦力的に厳しく、何度か捕捉はしたのだが返り討ちにあったようだ。
悪い報告は続く。
アリョーナとシェムハザの向かった辺獄の領域も制圧に成功し、魔剣の入手に成功はしたが、突然現れた謎の聖剣使いにグリゴリが一体倒されてしまった。 それにより二十体居たグリゴリの天使は辺獄で倒れた個体を含め、半数以下の九体にまでその数を減らす。
転生者に逃げられた事は不味い。 元々、ユトナナリボで維持できる上限が二十体で、捕らえた転生者達は数が減った場合に再召喚する為の触媒としてストックしていたのだ。
それに逃げられてしまうと戦力の回復ができない。 魔剣を得た事は収穫ではあるが、明らかに収支が釣り合っていなかった。
「――っ!」
ブロスダンは苛立ちに任せて壁に拳を叩きつける。
「アザゼル! 回復はできたのか!?」
――戦闘可能な程度には回復したが、完全にとなると時間がかかる。
辺獄との戦闘の後始末が終わり、落ち着いた所でブロスダンは溜めこんでいた苛立ちを吐き出す。
これでようやく仇を追えると思った矢先に足踏みをさせられたのだ。
苛立ちが募るのも無理のない話だった。 グリゴリの天使は維持だけでも膨大な魔力を必要とするので損傷の回復となると更に魔力を要求される。
現在はアリョーナのエル・ザドキの能力によって修復が進んでいるが、即座にとは行かない。
それが彼の苛立ちを加速させる。 使えないと思いつつも彼等の力はこの先、必要なので無理をさせる訳にもいかない。
「回復を早めるにはどうすればいい」
――魔力の供給量を増やす事だ。
「増やす手段は?」
――異邦人を触媒として用いるか、新たに聖剣や魔剣を得る事が望ましい。
在りし日の英雄の恐ろしさを散々見て来たブロスダンは魔剣を得る事に抵抗があったが、聖剣なら問題ないはずだ。 そう考えて思考は新たに聖剣を得る事にシフトしていた。
「場所に心当たりは?」
――幸いにもいくつか持ち出された魔剣と聖剣を捕捉している。 それを得れば回復と同時に戦力の拡充も可能だろう。
「分かった。 なら、手に入れる為の準備を」
――……よかろう。 では手分けして世界に散った聖剣と魔剣を手に入れるとしよう。
英雄と戦わなくて済むのなら問題ない。
損耗こそあるが未だにグリゴリの助力と聖剣があれば負けないだろう。
「分かった。 では戦力の振り分けは任せる。 準備ができたら声をかけてくれ」
仇への道は途切れていない。
故郷の無念を晴らす為にも止まる訳にはいかないのだ。
ブロスダンは進み続ける。 この先に何が待ち受けているのかも知らずに。
誤字報告いつもありがとうございます。
外伝三はこれで終了となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回の更新は活動報告でも触れた通り、カクヨムのサポーター限定の活動報告のみになりますのでなろうでの更新はしばらくお休みとなります。
もしご興味があれば是非!
宣伝
パラダイム・パラサイト一~二巻発売中なので買って頂けると嬉しいです。




