1284 「立尽」
全てを停止させる視線は――放たれたたった一発の銃撃で掻き消された。
上空に向けて放たれた一撃は空中で炸裂して空に現れた目を消し飛ばしたのだ。
拘束失敗を悟り、アザゼルの斬撃が拳銃使いを両断しようと横薙ぎに振るわれるが当たる前に地面が大きく爆ぜて砂塵が舞い、視界が遮られる。
アザゼルの攻撃に合わせてブロスダンも追撃にと銅のキューブを撃ち込むが砂煙を貫通するだけで当たった手応えがない。
ペネムが即座に魔法を用いて風を起こして視界を確保するが、そこに拳銃使いの姿はなかった。
――一体、何処に……。
ブロスダンは指示を求める為にアザゼルの方へと振り返ると目を見開いた。
「アザゼル!」
警告を飛ばすがもう遅い。 拳銃使いはアザゼルの振るった剣の上に乗っていたのだ。
拳銃使いは両手のリボルバーを構える。 アザゼルは間に挟むように武具を展開するが拳銃使いの狙いは別にあった。 交差するように向けた銃口の先はシムシエルとヨムヤエルの二体。
発砲。 シムシエルは咄嗟に障壁を展開したが、防御手段を持たないヨムヤエルは反応が遅れる。
渇いた銃声が響いたと同時にヨムヤエルが上半分が消し飛び、シムシエルは防御が間に合ったが威力を殺しきるには至らなかった。 銃撃は障壁を容易く貫通し余波はシムシエルの全身を打ち据える。
全身に亀裂が走り周囲に破片が撒き散らされた。
シムシエルは羽を輝かせて立て直しを図っていたが、高度の維持すら難しいようでふらふらと空中を上下している。 消滅は免れたが、免れただけで戦闘能力を喪失してるのは明らかだ。
拳銃使いは容赦なく消えかけているシムシエルへと銃口を向けるが、ペネムが割って入りシャリエルの鎖が襲いかかるが発砲しつつ軽やかな動きでアザゼルの剣から飛び降りる。
着地と同時に二連射。 狙いは近くに居たアザゼルとシャリエルだ。
アザゼルは巨大な剣を叩きつけて強引に軌道を逸らし、シャリエルは際どい所で回避。
地面に巨大な眼が現れる。 サリエルの邪視だ。
今度は拘束を狙わずに焼き尽くさんと炎が立ち昇ろうとしたが、銃撃で掻き消される。
その背を追いかけるブロスダンは拳銃使いが何をやっているか理解できなかった。
いや、やっている事は分かる。 だが、これは個人で成立させる事ができる事なのか?
目の当たりにしながらもそんな疑問が浮かび上がる。
アザゼル、シャリエルの攻撃を紙一重で躱し、サリエルの邪視を無効化、ペネムへの牽制。
そして負傷したシムシエルを狙って足を引っ張らせる。
シムシエルを仕留めなかったのは狙った事ではないが、満足に動けない状況を戦いに組み込んでいた。
これだけの事をたった一人で行っているのだ。
一つでもしくじればあっさりとグリゴリの牙はその身を噛み砕くだろう。
だが、拳銃使いはそれは完璧に成立させていた。 何より、これだけの数が居るのに未だにまともに捉えていない事が恐ろしいとブロスダンは心底から思う。
――少なくとも自分には不可能だ。
ブロスダンの中では英雄と自分との間での格付けはとうに済んでおり、絶対に勝てない相手と認識してしまっていた。 それでもここで引く訳にはいかない。
恐怖はある。 足は竦む。 それでも仇を討つ事に手が届くのだ。
故郷を滅ぼした邪悪な存在であるローを滅ぼすまで自分は負ける訳にはいかない。
その一念で彼は英雄の背を追い続ける。 拳銃使いは不思議な事にグリゴリは執拗に狙うが、ブロスダンに関しては完全に無視していた。
それもその筈で英雄達は全ての聖剣、魔剣に関する知識を持っており、彼の振るうアドナイ・ツァバオトも例外ではない。
固有能力と担い手を仕留める事が難しい事も充分に理解していたので仕留めるのは最後にすると決めていたからだ。 これがエル・ザドキであったなら真っ先に消されていたが、そうはならなかったのでブロスダンは幸運と言える。
――この地を侵す者は誰であろうとも容赦しない。
それがグリゴリの天使――グノーシスと関係のある存在であるのなら尚更だ。
英雄は想う。 かつて共に戦った仲間達の事を。
自らの剣を極めたいと夢を抱いた男がいた。 俺達は仲間だと熱く語った男がいた。
民を守りたいと微笑んだ女王がいた。 皆に誇れる自分でありたいと死力を尽くした少年がいた。
全てを守る盾でありたいと胸を張った男がいた。 自らの強さを証明したいと吼えた男がいた。
ありのまま穏やかに生きたいと願った女がいた。
そして――
申し訳ないと涙を流して皆に跪いて詫びた男がいた。
世界を救う為に力を貸して欲しいと世界を回り、自らの正義を貫く覚悟を持った立派な男だった。
やや押しつけがましい面もありはしたがその信念に偽りは存在せず、世界を救う真の意味での「救世主」でありたいと願っていた。
――それを踏み躙った者達がいた。
グノーシス。 名を口にする事も汚らわしい者達。
世界を救うと口だけの建て前を並べその実、自分達に都合の良い者だけを助けようとした裏切者達。
純粋だった彼の心を壊し、守るべきものを破壊させた者達。
その所業は看過できるものではない。
彼だけではなく他の英雄達も辺獄の氾濫が進めば討伐に向かうつもりだっただろう。
自分達はどうしようもなく詰んでいるが、あの汚らわしい者達がのうのうと世界を牛耳っている事を英雄達は不愉快と感じていたからだ。
拳銃使いは想う。 悲しいと。
もはや、今の自分達に残されたものは復讐しかないのだ。
ここまで辺獄による侵食が進んでいる以上『世界ノ影』の出現はそう遠くない。
グノーシスを滅ぼした後、挑むつもりではあったが神剣への干渉手段を持たない以上は意地を通すだけの無駄な抵抗でしかない。
この世界に希望はない。 そして次に希望を繋げる事ができない自分達を不甲斐なく思う。
――せめて、せめて可能性だけでも――
未来に生きる子供達にそれだけでも残したやりたかった。
彼にできるのは憎悪に身を焦がし、冷静に、冷徹に、そして正確に敵を滅ぼす事しかない。
この領域を維持する魔剣に残された想い達も悲しみに慟哭する。
――誰か、誰でもいい。 自分達の想いを、願いをどうか拾い上げてくれ。 未来は捨てた物ではない、諦めるには、絶望するには早いと教えて欲しかった。
だが、それは叶わない。 何故なら魔剣は嘆きと憎悪の結晶。
少なくとも自分達が存在する限り、触れた者全てを同じ存在に変えてしまう。
だから、彼は悲しみを抱きながらも戦う事しかできない。
希望を抱けない以上、憎悪だけが彼を動かす全てなのだから。
誤字報告いつもありがとうございます。
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