1283 「立塞」
理解の後に感情が追いつく。
ぞくりとブロスダンの体が震える。 恐怖によってだ。
それ程までに目の前の英雄は圧倒的だった。 思わずブロスダンは逃げ出そうと一歩下がりかけるが、手に持つ聖剣とアザゼルの存在がそれを許さない。
何よりここで引いたら復讐が果たせないのだ。
それだけは、それだけは許容できない。 グリゴリの天使達が散開し、攻撃を開始する。
――前に出よ! 聖剣の力が必要だ。
アザゼルの鋭い指示が飛び、弾かれるようにブロスダンは駆け出した。
辺獄種は聖剣の放つ光によって弱体化するので、ブロスダンが対英雄戦での切り札となる。
加えてアドナイ・ツァバオトは身を守る事に限って言うのなら最高峰の聖剣。
前に出て味方を守りつつ敵を削る事が可能だ。
聖剣の能力は無敵で前に出た所で自分が死ぬわけがない。
そんな事は分かり切っているが、アレの前に出るのか。
相変わらず聖剣は死ぬぞと警告を発し続けている事もあって足が重い。
彼が躊躇っている間にも状況は動いている。 アザゼルが間合いに捉えたと同時に展開した武具を叩きつけ、シムシエルの光線が天から降り注ぎ、ヨムヤエルの光による熱波が空間そのものを焼く。
――が、拳銃使いの姿はそこになく、攻撃は辺獄の荒野を破壊するだけに終わる。
聖剣を持ち、常人を遥かに超える感覚を得ているブロスダンですら当たったと確信できるタイミングだった。 次いで消えたのなら何処へと疑問が湧き上がるが――
――ヨムヤエル!
予知能力を持ったコカビエルの警告と同時にシムシエルとペネムによる障壁がヨムヤエルの周囲に展開したと同時に砕け散った。
いつの間にか全く違う位置にいた拳銃使いが両手にリボルバーを構えて立っているのが見える。
拳銃使いはコカビエルを一瞥し、片方のリボルバーを向けて発射。
パンと渇いた音が鳴って放たれた一撃はアサエルを容易く砕いた紛れもなく必殺だ。
だが、来るのが分かれば対処は容易。 二体のグリゴリの天使は同様に障壁で受ける。
――が、コカビエルの胴体にアサエルと同様の巨大な風穴が開いた。
予知能力を持ったコカビエルにすら認識できない一撃。
ブロスダンが目を凝らすと何をしたのかが明らかになる。 拳銃使いは右のリボルバーで攻撃したはずなのだが、いつの間にか左のリボルバーも銃口から薄っすらと硝煙のような物を吐き出している。
それを見てぞっとした。 あの拳銃使いは右の攻撃を囮にしてわざと防がせ、コカビエルの予知すら間に合わない速度で左の攻撃を放ったのだ。
恐らくコカビエルが予知できたのは砕け散る自身の姿だけだろう。
まさに神速と言える抜き撃ち。 聖剣を得て常人を遥かに超える動体視力を持ったブロスダンですら動きの起点が全く見えなかった。
――おのれ!
近接戦闘を得意とするエゼキエルが背の羽と光輪を輝かせ自己強化。
同時にペネムの支援が飛び、更なる能力の向上と同時に障壁がその身を守る。
拳銃使いはその場から動かず、左のリボルバーで地面に一発撃ち込む。
魔法陣のような物が着弾点に展開。 それを踏みつけると右のリボルバーを発射。
エゼキエルの膝から上が消滅した。 残った膝から下が力なく落下し、地面に落ちる前に溶けるように消える。
アサエル、コカビエル、エゼキエルと立て続けに三体も撃破される事はアザゼルにも想定できなかったらしく一瞬の硬直を経て指示を出す。
――囲め! 包囲して殲滅せよ。
ブロスダンも震える足に力を込めて拳銃使いへと斬りかかる。
技巧も何もない強化された身体能力による一撃、当たる訳もないが反応が違った。
大きく距離を取り、明らかにブロスダンに接近される事を回避しようとしている動きだ。
――喰らいつくしかない!
このまま放置すれば間違いなく全滅させられる。
それもたった一体の辺獄種にだ。 信じられなかった。
強いという言葉では括れない程の圧倒的な技量差。 武芸に疎いブロスダンですらあの拳銃使いの動きが長い研鑽の果てに至った境地だという事が理解出来た。
在りし日の英雄。 聞きしに勝る存在だった。
正確に形容する言葉はブロスダンの語彙にはなく、ただただ強いとしか言えない。
その動きが、その在り方が、拳銃使いの存在を巨大なものとして認識させる。
彼にできる事は打倒を狙わず、ひたすらに接近して弱体化を狙う事だ。
幸いにも密着せずともある程度の距離を維持すれば聖剣の光は辺獄種の体を蝕む。
時折、聖剣によって生み出した銅のキューブを飛ばして牽制するが、あまり効果はなかった。
はっきり言ってこの時点でブロスダンは自分では拳銃使いに勝てないと確信していたので、もうグリゴリに任せる事にしたのだ。 彼が追いかけている間にも無数の天使兵が銃撃で撃破され続けている。
アラクィエルが大地に干渉し、地震を起こし拳銃使いの動きを封じようとするが足元の揺れを感じていないかのように動きには一切の乱れも起こらない。
アザゼルの操る巨大な武具が霞むような速さで繰り出されるが、当たるどころかある程度近づいた段階で破壊されるのでそれ以前の問題だった。
拳銃使いは常に走り回って撹乱しつつ、隙を晒した相手を仕留めんと狙う。
それがあの辺獄種の戦闘様式だという事は分かるが、圧倒的な物量差があるのに捉える事ができない。
遮蔽物の全くない荒野に物量は百倍どころか万倍。
――にもかかわらず、影すら踏めないのだ。
アラクィエルが地面を隆起させ、機動力を奪おうとするがそれは悪手だった。
隆起した地面の影に入り、一瞬だけその姿が視界から外れる。 それが致命的。
遮蔽物越しに放たれた銃撃がアラクィエルを捉える。
右と左で一発ずつ。 最初の一撃で右半身が大きく抉れ、二撃目で頭が消し飛んだ。
形状を維持できない程に破壊されたアラクィエルは断末魔すら上げられずに崩れ落ちる。
ヨムヤエルの光が僅かに拳銃使いの体を焼くが何らかの手段で防いでいるのか、効果はあまりない。
アザゼルの後ろに付いていたサリエルが羽を輝かせると空を覆うように無数の目玉が出現。
これは邪視と呼ばれる様々な魔法を付与する視線を放つ為のものだ。
展開に時間がかかったのは確実に捕らえる規模に範囲を拡大した為だった。
――跪くがいい!
空の目玉が巨大な輝きを放ち、全てを制止する効果を付与された視線が大地に圧し掛かる。
誤字報告いつもありがとうございます。
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