1252 「敵現」
「セフィラは文字通り、この大陸――延いては世界を維持しています。 つまりそれが失われる事は……」
彼ルクレツィアは言葉を濁したがそこまで聞けば察せられる。
つまり、そのセフィラに何かがあればこの大陸は落ちるのだ。
「この大陸と周囲の小島、我が国の管理している土地はそれだけですが、落ちれば一千万人以上の国民が命を落とします」
「一千万人……」
途方もない数字だ。 それだけの人間の命が懸かっている。
上手く想像できなかったが、明らかに雅哉の手には余る重さだった。
「いや、俺には無――」
「お願いします! こんな誘拐まがいの手段で連れて来てしまった事はお詫びします! この危機を退けられたのならどんな償いでもします! ですのでどうか、どうかこの国をお助け下さい!」
反射的に断りを入れかけた雅哉だったが、それよりも早くルクレツィアは跪いて頭を下げた。
それを見て雅哉は断りの言葉を呑み込む。
――どうしよう。
ルクレツィアは包み隠さずに事実を告げたのだろう。
騙すつもりならもっと調子のいい事を言うはずだ。 それをやらないのは既に語った過去の反省もあるが、隠し通せる余裕がないと雅哉は考えていた。
本音を言えば断りたいが、断れる雰囲気では――そこまで考えてふと聞いていない事があったと思い、確認と返事を保留する為の時間稼ぎを兼ねて口を開きかけたその時だ。
「ルクレツィア様!」
全身鎧の騎士が息を切らせて飛び込んで来た。
ただ事ではない様子に雅哉は身を固くし、ルクレツィアは内容を察しているのか視線を空の穴へ向かう。
「数は?」
「確認されているだけで騎士級四十、伯爵級二十、公爵級二」
「六十二騎。 妙に少ないですが数からしていつもの嫌がらせですね。 狙いは?」
「……我が国かと」
「分かりました。 騎士団の出撃を許可します。 速やかに撃退を」
ルクレツィアの指示を受けた騎士は慌てて取って返し、しばらくすると無数の神聖騎が飛び上がると穴へと向かっていった。
「マサヤ様、撃退は可能だと思いますが、公爵級がいる以上は巻き込まれる可能性もありますので城の中へ」
雅哉の見ている先で遠くの空から何かが接近してくるのが見えた。
距離の所為で点にしか見えないが、飛んでくるのが深淵騎なのだろう。
飛び立った神聖騎が向かい――戦闘が始まった。
「な、なぁ、見た感じ、あんまりランクの高くない神聖騎ばかりに見えたけど大丈夫なのか?」
「離れた空域で戦えば負けますが、セフィラの影響範囲内なら支援を受けられるので公爵級が二騎なら撃退はそう難しくはありません」
「さっき言ってた防衛設備の事か」
味方を大幅に強化し、スペック差を覆す。 だが、使用に伴ってマナを大きく消費するので、使わせるだけでも大打撃になる。 だからルクレツィアは「嫌がらせ」と口にしたのだ。
「大抵は百騎前後なのですが侮られているのでしょうか……」
「いつもより少ないのか?」
「はい、少なくとも百を下回った事はないと記憶していま――」
ルクレツィアは何か言いかけたと同時に雅哉の前に飛び出し、手を翳すと一瞬遅れて目の前で爆発が発生する。 炎と衝撃はルクレツィアの張った不可視の障壁のようなものに防がれて雅哉には届かなかった。
いきなりの事態に理解が追いつかない雅哉は悲鳴を上げる事しかできない。
「そんな、どうやって……」
ルクレツィアの呟きには理由があった。 いつの間にか上空に巨大な何かが複数いたからだ。
最も多いのは黒に近い赤を基調とした色合いの騎士のような姿をした騎士のような騎体で、剣や槍、杖のようなものをそれぞれ手に持っていた。
次に多いのは完全な黒の騎士で全体的に重厚な印象を受け、かなり頑丈そうだった。
最後に明らかに他と違うのが一騎。 下半身が円錐を逆さにしたようなデザインで上半身は人型だが、両腕が存在せず代わりにリング状の金属の輪のようなものが浮いている。
『身分の高そうなのが居ると思ったけど、今のを防げるって事は王族か何かかな?』
唐突に女の声が響く。 肉声ではなく別の手段で声を届けているのか声が頭に意思のようなものが入り込む奇妙な伝達手段だ。 雅哉はその異様な感覚に僅かに表情を歪める。
ルクレツィアはその深淵騎を睨みつけるが、表情には困惑が乗っていた。
どうやって防衛網を突破してここまで斬りこんで来たのだと。
『どうやってここまで来たのかって顔をしてるね? ま、私の深淵騎――デューク=メラノサイトの能力だけど、具体的には教えてあげない。 恨みとかは特にないけど死んで貰うよ』
深淵騎の周囲に浮かんでいたリングが発光。 雅哉はそれを見て察した。
――あぁ、あれ絶対にビーム的な奴だ、と。
彼の予想は正しく、リングから光線が放たれるがさっきと同様にルクレツィアに防がれる。
「くっ! マサヤ様、城の中へ! 彼女達は私が相手をします!」
同時に彼女の背後から巨大な神聖騎がその姿を現す。
純白の全身鎧に似た神聖騎は細身の彼女の印象を裏切るように重厚な見た目だった。
ルクレツィアの体が光る粒子に変わって神聖騎に吸い込まれる。
『へぇ、こっちだと侯爵級ぐらいはありそうだね?』
『私はラーガスト王国王女ルクレツィア・マグダレーネ・ラーガスト。 そして我が神聖騎ドミニオン=コネクトーム』
ルクレツィアの名乗りを聞いて相手の女はうんうんと納得するように頷いた。
『そういえば名乗りを上げた相手には返すのが決まりだったね。 じゃあ改めて、私は手簀戸 照喜名。 向こうで騎士やってる日本人よ。 で、こっちが深淵騎デューク=メラノサイト。 すぐにお別れになるだろうけどよろしくね?』
手簀戸と名乗った女はふと気が付いたように雅哉の存在へ視線を向ける。
『そっちの学生さん。 見た感じ呼び出されたばっかりみたいだし、敵対しないなら保護するよ? 神聖騎の契約は済んでるっぽいし、転移者は貴重な戦力だからね。 ――でも、そこのお姫様に肩入れするって言うんなら悪いけど容赦しない』
深淵騎デューク=メラノサイトの視線には彼女の言葉が嘘偽りがないと雄弁に語る。
雅哉は感覚的に理解出来たのだ。 保護を求めれば彼女は雅哉を助けてくれるだろう。
だが、拒めば敵として排除される。 手簀戸は雅哉に「お前は敵か味方か?」と尋ねているのだ。
「……お、俺は……」
雅哉にはどうすればいいのか分からなかった。
誤字報告いつもありがとうございます。
単行本一巻発売中なので良かったら買って頂けると幸いです。




