1240 「正解」
――もう、死にたい。
オラトリアムの拷問は苛烈を極めた。 尋問ではなく拷問だ。 明らかに情報を吐き出させるよりも痛めつけるといった意図の方が強い。 まさか初手で両足を切断されるとは思わなかった。
ファティマとその護衛らしき全身鎧が二人と周りには何故かゴブリンが数体。 ファティマの質問に沈黙すると何の躊躇もなく片足を切断された。
血を噴き出した断面にゴブリンが焼けた鉄板を押し付けて強引に止血する。
悲鳴を上げると殴られて強引に黙らされた。 そこでファティマは淡々と語る。
「これからする質問に正直に答えなさい。 沈黙またはこちらの想定から外れた回答が帰ってきた場合は嘘と判断して体の一部を失って頂きます」
考える時間すら寄越す気はないようだ。 つまるところ質問に正直かつ即答しろと言っているのだ。
このやり方は俺には覿面に効く。 次の質問――目的は何かと尋ねられ、オラトリアムの内部調査と言うと不十分と判断されたのか残った足を切断された。
もう一度同じ質問を繰り返す。 もうこれは無理だと判断して自殺の為に舌を噛み切ろうとしたが、即座に魔法で治癒されて失敗。 代償に鼻を削ぎ落されて止血。
再度同じ質問。 仕方なくオラトリアムの金回りが良いからその秘密を探りに来たと答えたらファティマは一瞬だけ判断する為に沈黙したのか「不十分」と言われて片腕が切り落とされて止血。
鼻の止血の為に顔面に焼けた鉄の棒を押し付けられたので顔面も焼け爛れている。
再再度同じ質問。 もう激痛でまともに喋れる状態じゃないが、ファティマは一切の容赦なく「やりなさい」とゴブリンに指示を出すと今度は目玉を抉られた。 もうここまで来ればファティマは俺にまともな回答を期待しておらず痛めつける事そのものが目的となっている。 何故そんな事をするのかの意図はさっぱり分からんが、殺す気はないが可能な限りの苦痛を与えようとしている事だけは理解した。
皮を剥がれ、歯を強引に引き抜かれ、自殺を試みれば即座に阻止される。
ファティマはどうでも良さそうに質問を重ねていたが、俺の残った目玉を抉った辺りで飽きたのか「後は適当にやっておきなさい」と告げてさっさと引き上げて行った。 さっきの質問は何だったんだと思ったが激痛に濁った纏まらない思考では答えを導きだせそうにない。
周りにいたファティマの手下どもは嬉々として俺を死なない程度に痛めつけた。
俺は碌に抵抗も出来ずにひたすらの苦痛を味わい続ける事となり――これはいつになったら終わるのだろうか? あぁ、こんな所に来るんじゃなかったといった後悔だけが延々と脳裏で渦巻いた。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。 もう痛みで時間の認識すら怪しい状態で、声すら出せない有様だったが唯一残った耳が変化を拾う。 足音が複数。 一つを除いて聞き覚えがあった。
ファティマとその連れだ。 ただ、最後の一つ、一番大きなものだけは聞き覚えがない。
感じからすると大柄な男だ。 楽になれるのか処遇が決まったのかは不明だが、拷問は一区切りと言った所だろう。 部屋に入って来る気配。
「これがそうです」
俺を指差す気配。 どういう相手なのかは不明だがファティマの声音には若干の媚びるような気配がある。 今まで見た限りからは想像もつかない喋り方だ。 別人なんじゃないかと疑いたくなる。
相手はどうでも良さそうに鼻を鳴らす。 近づいてくる気配。 誰だと想像を巡らせるが候補はすぐに浮かんだ。 ファティマの上に立てる存在はそう多くない。 恐らくだが夫のロートフェルトの可能性が――
――頭を掴まれて耳から何かを突っ込まれる事で思考は断ち切られた。
「なるほど。 どうやら転生者がこっちにいて胡散臭い知識をばら撒いた結果、オラトリアムが繁栄したとでも思ったらしい。 その辺を探りを入れに来たようだな」
「転生者? ――と言う事はアブドーラの関係でしょうか?」
「そこまでは入っていなかった。 ただ、グノーシスの連中は随分とご執心のようだな」
何だこいつ。 一体、俺に何をしたんだ?
明らかに俺の事情を見透かしたかのような口調に動揺が広がる。
思考を読まれている? いや、読み取られているのは記憶か? 不味い、危険だ。
「ん? こいつ中々察しが良いな。 自分が何をされているか理解し始めているぞ」
「そのようですね。 どうせ尋問した所でまともな答えが帰って来るとは思えなかったのでこうしてご足労を頂きました」
「あぁ、それで正解だったな。 どうもお友達が大事だったらしくその辺は死んでも喋る気はなかったようだ」
どれだけ痛めつけられても最後まで喋らない、意地を貫き通すと決めていた。
だが、そんな覚悟を吹き飛ばす程の強い恐怖心が俺の心を震わせる。 不味い、不味い、どうすればいい。 どうすればこれ以上、思考を読まれる事を防げる? 俺はどうなってもいいがスタニスラス達に類が及ばないようにしなければ――
「なるほど。 そのスタニスラスとやらに話を聞けばいいんだな」
駄目だ。 どうにもならない。
「どうされますか?」
「さっき話した通り、潰してうやむやにするとしよう。 幸いにも快く罪を被ってくれる連中がいるので少々派手にやっても問題はない。 ただ、指揮官クラスには色々と吐かせた方が良いな」
「はい、襲撃の準備に関しては問題なく進んでおり、数日程頂ければ完了となります」
俺の横で恐ろしい話が進んでいるがどうにもならない。 あぁ、オラトリアムの連中は俺の想像を遥かに超えて恐ろしい連中だった。 さっき話したという事は俺が忍び込んだ事による報復措置を取るつもりだ。
信じられない。 俺を捕えた時点では何を目的としているか知らなかった筈だ。
要は何を疑われているかは知らないが、取りあえず皆殺しにしてから考えようと言っているのだ。
罪を誰かに被せる事で後腐れまでなくそうとしている。 理解できなかった。
訳が分からない。 家を覗かれたから報復に殺しに行くぐらいの思考の飛躍だった。
「ふむ、こいつ使えそうだな」
「そのまま配下に加えられますか?」
「あぁ、レブナントにでもしようかと思ったが、それは外にいたこいつの手下でいいだろ」
男は何か問題でもあるかと尋ねるがファティマは何の問題もありませんと即答。
分からない。 こいつらが何を言っているのか俺に何をしようとしているのかさっぱり分からない。
いや、ぼんやりとだが察してはいるのだが、理解したくなかった。
「察しのいい奴だな。 それで正解だ」
男の言葉を最後に俺の頭の中で何か重要な何かが消滅する感覚を味わって――それが最後の記憶だった。
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