121 「迷走」
別視点。
時間は5章開始辺りまで戻ります。
店に立ち並ぶ大小さまざまな武器を眺めながら僕――ハイディは買おうか買うまいか悩んでいた。
流石は王都と言うだけあって品揃えが豊富だ。
騎士が良く使う長めの長剣を手に取る。
軽く握って感触を確かめるが、小さく息を吐いて戻す。
駄目だ。今の僕には使えない。
振り回すことぐらいはできるけど、力を入れすぎると重さで体が流される。
以前と比べて身軽にはなったが、腕力はかなり落ちてしまった。
あれから随分経ったのでこの体に慣れはしたが、気持ちは未だに追いついてはいない。
だからだろうか?未だに彼との距離を縮めきれていない。
と言うより…僕は彼に対してしなくてはいけない事をやっていない。
いや…できていないというべきか。
…僕はどうしてこう、優柔不断なんだ…。
消化できずに機会を逃し、ここまで来てしまった。
結局、足手纏いにならないようにと言い訳して強さを求めている。
それもごまかしだ。
僕は自分が良く分からない。
どうしたいんだろう…。
というより彼とどうなりたいんだ?
友人?仲間?兄妹?
分からない分からない。
ただ、分かる事は彼と僕の実力が凄い勢いで開いて行っている事だ。
ここまでの道中、何度も目にしたが彼は物凄い速さで成長している。
スクローファを素手で殴り殺したり、ルプスを素手で振り回して仕留めたり、襲って来た夜盗の槍を素手で圧し折ったりと…。
…あれ?
彼が成長しているのはもしかして腕力?
い、いや。気のせいだ。そうに決まってる。
とにかくだ!彼と肩を並べるには最低限の実力が必要なんだ。
そう思い、武器屋を転々としているんだけど…。
「上手く行かないな…」
僕はさっきの店を後にして、とぼとぼと道を歩く。
強さ…強さって何だろう。
うんうんと唸っていると衝撃。
誰かとぶつかったようだ。
いけない。周りが疎かになっていたようだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
僕は謝りながらぶつかった相手――尻餅をついている小さな女の子に手を伸ばす。
「いえ、こちらこそ…」
そう言って女の子は僕の手を取って立ち上がる。
綺麗な顔立の子だった。立ち上がる所作1つ取っても上品さを感じさせる。
服装はヒラヒラした装飾の多い赤いドレス。
…いい所のお嬢さんなのかな?
そんな事を考えていると女の子は急に顔を引き攣らせて走り去っていった。
振り返って彼女の背中を視線で追いかけると不意に横を誰かが通り過ぎる。
誰かは遠ざかっていく少女の背を追いかけているようだ。
…どう見ても追われているように見えるけど…。
流石に放置できない。
助けた場合、まず戦闘になるだろう。
展開によっては不必要な敵を作る事になるかもしれない。
――何かするならその辺を念頭に置いてからやるんだな。
不意に彼に言われた事が脳裏に浮かぶ。
目を閉じて考える。
彼女を助ける事は僕のするべき事なのか……もしかしなくても余計な事なんじゃないのか。
息を吸って吐く。
それでも放って置けない。
せめて様子だけでも見て、大丈夫そうなら放って置こう。
僕はそう自分に言い聞かせて少女が走り去った方へと足を向けた。
行けば行くほど人気がなくなっていく。
嫌な予感がしてきた。
周囲の建物も端材や藁などで組まれた粗末な物になり、住人も物陰から値踏みするようにこちらを窺って何かを狙っている。
努めて無視して先を急ぐ。
少し行くと少女の姿が見えた。
彼女は短弓を構え、何故か青白く光っている弦を引いて同様に光っている矢を射る。
狙いは対峙する男達。数は4。
真っ直ぐ飛んだ矢を男達は慣れた様子で躱す。
矢は近くの木に突き刺さると、刺さった個所が凍り付く。
凄い。魔法効果のある弓か。
一撃でも体に喰らったら戦闘不能になりかねない威力だ。
…けど…。
確かに凄い武器ではあるが、扱っている少女は武器の力を十全に引き出せていないようだ。
「くっ!この…何で当たらないのよ!」
目線と狙いをつけるのに時間をかけている所為で、完全に見切られてしまっている。
見た感じ狙い自体は正確なので、恐らく止まっている的にしか撃ち込んだことがないのだろう。
それに明らかに手足を狙っている。
殺す気は無いようだ。
対する4人組は軽そうな皮鎧に身に着け、短剣を構えてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
明らかに余裕が透けて見える。一息に攻めないのは嬲る気だからか。
このまま行くと彼女は間違いなく負ける。
あの弓…魔力で矢を生成するのだろう。弦を引くと矢が現れている。
便利ではあるのだろうが……消耗が激しいようだ。
少女は矢を撃ち込む度に表情に疲労の色が濃くなって行く。
限界が近いのだろう。
弓を持つ手も微かに震え、額には汗が流れている。
心は決まった。助けよう。
僕は少女が次に矢を撃ち込んだ瞬間に飛び出した。
腰に差した太い針のような刀身を持った短剣――スティレットを抜くと手近に居た男の背後に忍び寄り、
首のやや下――皮鎧に守られていない箇所を狙って突き刺す。
刺された男は驚愕の表情で振り返るが、目から光が消えて崩れ落ちる。
この剣には魔物由来の毒を塗ってあるので、刺されれば即意識を失う。
「んだ。テメエぇ!」
「チッ。ガキの護衛か!いつの間に用意しやがばっ!?」
無駄な口上を最後まで聞く必要はない。
僕はさっき使ったスティレットを投げ捨てながら、一息に間合いを詰めて、喋っている男の顎を掌底で打ち抜く。
男の口が閉じ舌先が千切れて血と一緒に宙に舞う。
離れる前に空いた手で二本目のスティレットを抜いて足に突き刺して捻じる。
それと同時に男の胸倉を掴んで引き寄せて斬りかかって来た男に対しての盾にする。
男は仲間を盾にされ、一瞬躊躇うようにたたらを踏む。
僕は足元の小石を蹴り飛ばす。
こちらに集中していた男は死角から飛んで来た小石に対して反応が遅れる。
男が小石を弾いたと同時に盾にした男から手を放し、崩れ落ちる前に踏み台にして跳躍。
蹴撃一閃。
僕の蹴りは男の側頭部を正確に打ち抜いて意識を刈り取る。
着地と同時に盾にした男の腰から奪った短剣を残りに投げようとして――いない?
一瞬思考が空白に染まるが、直ぐに理解が広がる。
男の居た空間が陽炎のように揺らいでいた。
姿を隠す類の道具か!?
…狙いは…。
咄嗟に少女の方へ視線を向けた。
しまった。
僕は少女の方へ走って彼女を抱きしめて男に対して背を向ける。
少女は突然の事に付いて行けないのか僕の腕の中で「え?え?」と声を上げて固まったままだ。
激痛。
斬られた?いや、風系統の魔法か。
派手に血は出たが身に着けていた皮鎧と帷子のお陰で見た目ほどじゃない。
僕は振り返って手を翳す。
魔法は<火球Ⅰ>。
魔法を撃った直後の男は躱せずに直撃を受けた。
顔面に喰らった男は転がって火を消そうとしている。
僕は地面を転げまわっている男の顔面に数発蹴りを入れて意識を奪う。
周囲を見て全員の無力化に成功した事を確認。
「…ふぅ」
油断した。
姿だけ消してその場から動かないとは予想外だったよ。
上手い手だったな。今後の参考にしよう。
よし。
反省終了。
「あの……助けて頂いて…」
振り返ると少女が恐る恐ると言った感じで話しかけて来た。
僕は安心させる為に努めて笑顔で振り返る。
「いや、気にしないで。君の方こそ大丈夫かい?怪我は?」
「わ、私は大丈夫です!それよりも私の所為でお怪我が…」
「怪我?あぁ、大した事ないから気にしないでいいよ」
実はちょっと泣きそうなぐらい痛いけど我慢する。
「治療させてください!私、治療系魔法の心得はあります」
「ありがとう。なら場所を移そうか。ここは少し危ない」
差し当たって安全な場所は…。
僕等が使っている宿でいいかな?
確か彼は夜に戻ると言っていたし、この時間なら大丈夫…だよね。
僕は使用したスティレットを回収して、男達の短剣と持ち物を軽く漁った後、少女を連れてその場を後にした。
僕は彼女を宿に案内すると荷物を備え付けの机に置いてから皮鎧と帷子を外すと上半身の服を脱いで傷口を露出させる。
「悪いけど頼めるかな?」
「ええ、お任せください!」
少女は僕の背中に手を翳すと魔法を発動させる。
薄い光が背に当たりゆっくりとだが痛みが引いて行く。
その心地よさに目を閉じていると、廊下から足音が聞こえてくる。
念の為にと僕は短剣を手元に引き寄せておく。
足音が通り過ぎていくの確認してから短剣を手から放す。
――が、不意に扉が開いた。
「うわっ」
足音は囮か!?
僕は咄嗟に短剣を掴んで振り向くとそこには彼が立っていた。
息を吐く。
「君か。脅かさないでよ…」
肝が冷えたよ。
僕は握っていた短剣を床に置く。
彼は僕と少女を不思議そうに見て何か言おうと口を――。
「誰だか知らないけど、見て分からない?出て行きなさいよ!」
――開く前に少女が彼を怒鳴りつける。
彼は少女と僕を順番に見ると肩を竦めた。
「悪かった。隣の酒場で食事をしているから終わったら声をかけてくれ」
そう言うと彼はそのまま踵を返すと部屋から出て行った。
「何ですか!あの男は!女性がいる部屋に勝手に入ってくるなんて!」
少女は怒りの声を上げる。
「いや、ここは彼の部屋でもあるから悪いのはどちらかと言うと僕達だよ」
「…えっと?そうなのですか?」
あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったね。
「僕はハイディ、冒険者だ。さっきの彼は僕の相棒だよ」
僕は首に下げたプレートを見せながら名乗る。
「あ、これは失礼しました。私はアドルフォ・ゾーイ・サマンサ・セバティアールと申します」
少女――アドルフォは頭を深々と下げる。
「改めまして、助けて頂いて本当にありがとうございました」
「お礼はいいよ。僕が勝手にやった事だし。それよりも良かったら事情を話してくれないか?もしかしたら力になれるかもしれない」
「でも…」
アドルフォは口を閉ざして視線を彷徨わせる。
「さっきの人達に顔を見られちゃったから他人事じゃないしね」
そう言って笑って見せる。
彼女は少し迷った後――。
「……分かりました。お話しします」
そう言って事情を話し始めた。




