120 「流星」
別視点
時間は少し遡り、貧民街の中心で三つ巴の戦闘を繰り広げているグレゴア聖堂騎士の下にある命令が届いた。内容はその場を放棄して貧民街の外まで後退。
理由は、王国が魔物掃討の名目で大規模な魔法の使用に踏み切ったからだ。
彼はふざけるなと声を荒げたが既に準備に入っているようで怒鳴った所でどうにもならないと悟り、撤退を始めた。
対する国の騎士達にも説明をしようとしたが、何故か彼等は聞く耳を持たず、こちらが手を緩めるとここぞとばかりに攻勢を強めるのだ。
結果、戦闘を継続しながらの後退になり、時間内に貧民街を抜ける事は出来なかった。
エリサと言う少女は何とか外壁に作られた隠し通路まで辿り着いたが、何が起こったのか家に偽装した入り口は完全に破壊されており通る事は不可能だった。
その事実に頭が真っ白になり、周囲への警戒が疎かになってしまった。
藤堂と名乗った聖堂騎士は薄く光る空と妙な静けさに身の危険を感じ、その場を離れる事を考えたが、偶然視界に入ったものを放置できずに走った。
ジェルチという少女は外壁から離れながら輝きを増す空を見て、後ろの仲間達を急がせた。
ステファニーと名乗った女は空の輝きよりも響き渡った鐘の音に戦慄を覚え、全てを放り出して音が聞こえなくなるまで飛び続けた。
そして魔法は完成した。
魔法の名前は<流星>。
名前とは裏腹に、その破壊力は世界屈指だ。
効果範囲内に焼けた巨岩が高速で大量に降り注ぎ、地面に着弾した瞬間に爆散。
その破壊力を余す事なく発揮したその魔法は貧民街と街の外壁を文字通り跡形もなく吹き飛ばし、その場に居た全てを平等に叩き潰した。
その光景に街の住人は呆然と眺め入り、王はその威力に満足し、周囲に居た者はそれぞれ恐怖と外壁の修繕費の捻出、住民の混乱等の後始末の面倒さに身を震わせた。
翌日、王族から正式にその騒動に対する説明が行われた。
昨今、王都だけでなくこの国全域で治安を乱すダーザインなる組織が王都の貧民街を根城にしている事が判明。
グノーシスと協力して討伐隊を編成して共同でこれを討つ事になった。
作戦自体は順調に進んだが、ダーザインが逃亡の時間を稼ぐ為に魔物の群れを呼び出し王都に混乱を招こうとしたので王は苦渋の思いで、最近開発に成功した新兵器を用いた魔物の殲滅を決断。
こうして貧民街を犠牲に王都を襲った危機は去った。
住民達は動揺こそしたものの自分達の生活に対して特に影響のない事を知るとあっさりと納得。
大半は「まぁ、怖い」「悪い奴が減ったんだね。良かった良かった」と流し自分達の日常に回帰していく。
それを尻目に俺――ヴェルテクスはその場を後にし、ジジイの工房へ戻る。
「おう、戻ったか。で?兄ちゃんは見つかったんか?」
俺は首を振る。
「探しはしたが見つからなかった。渡して置いた魔石にも反応がない所を見ると逃げ切れなかったと見るべきか」
「……そうかぁ…。折角、あれを使いこなせる奴が見つかったっちゅうのに…残念や…」
今回ばかりは想定外の事態が多すぎた。
グノーシスの介入と魔物の群れ。
聞けば上とは簡単にではあるが話が付いていたのだが、偶然居合わせた聖堂騎士が独断で動いた結果らしい。
どこにでも余計な真似をする馬鹿はいる物だ。
お陰で、幹部は仕留められず使徒の生死は不明とあれだけ手間をかけたにも拘らず目に見える成果は無しと結果は散々だった。
それにしてもあの国王、惚けたツラで自分の膝元にあんな馬鹿げた魔法をぶっ放すとは正気じゃねぇ。
俺も伝手がなければ間抜け晒してあそこに居ただろう。
割を喰ってばかりで面白くもない一日だった。
…が、ある程度の掃除はできた。腕と目が馴染む時間ぐらいは稼げたか。
ローを失ったのは惜しいが仕方がない。
前向きに報酬の残りを払わずに済んだので良しとしておこう。
ジジイはあの見た目だから分かりにくいが相当落ち込んでいるな。
あのゲテモノを嬉々として使いたがる変人なんてそう現れないから、そういう意味では惜しい男を亡くした物だ。
実力もあり、余計な事を言わない、しない、報酬に文句を付けない、居るだけでジジイの機嫌が良くなると非の打ち所のない手駒だったが――。
鼻で笑う。
何だ。俺も結構気に入ってたのか。
依頼の期限はまだ残っているが、万が一生きていたら報酬の残りぐらいは恵んでやるか。
「う…」
…一体何が…。
全身が鈍く痛む。
自分がなぜ意識を失ったのか思い出しながらあたし――エリサは意識を取り戻した。
最後に覚えているのは、崩れた隠し通路と明るくなった空と…何だろう確か後ろから何かに――。
「気が付いたか?」
後ろから声がしたのであたしははっとして振り向く。
そこにはさっきの聖堂騎士が大き目の岩に腰掛けていた。
兜は無事だが鎧はあちこち砕けており、中から黒い…鎧?のような物が顔を覗かせている。
「ったく。ここを離れろと言ったはずなんだけどなぁ」
口調には怒りではなく呆れが含まれていた。
「助けて貰って悪いとは思ってるけどあたしには戻る所があるから…そんな事より一体何があったの?」
「周り、見てくれ」
そう言われて改めて周囲を見て…絶句した。
何もかもが消え失せており、残ったのは家だった物と思しき瓦礫の山と地面のあちこちに空いた大小さまざまな穴だけだ。
最も巨大な物は大きすぎて全容が分からない。
「実を言うと俺も何が起こったのかよく分かっていない。見たのは空から降ってくる大量の隕石だけだ」
「隕石?」
聞き覚えのない単語だ。
「あ、あー…えー空から降ってくる石…ってとこかな?」
聖堂騎士は小さく咳払いする。
「とにかくそれが落ちてくる直前に君を見つけたので俺は君を抱えて何とかやり過ごした」
やり過ごした?あの破壊を?
あたしの視線から言いたい事を察したのか聖堂騎士は武器を見せる。
柄の長い戦槌は半ばから砕け散って、ただの棒になっていた。
「こいつのお陰だよ。…無理をさせてしまったからこうなったけどね」
聖堂騎士は立ち上がる。
「…君はどうする?一緒に来るなら身の安全は保障するけど?」
「さっきも言ったけどあたしには帰る場所があるから、強制じゃないなら行けない」
あたしは真っ直ぐに聖堂騎士を見てそう言う。
聖堂騎士は深い溜息を吐くと再び岩に腰を下ろす。
「…分かった。今ならまだ誰も来ていないから見つからずに行けるはずだ。都合の良い事に外壁も吹っ飛んでるしね」
言いながら苦笑。
「いいの?」
思わずそう聞いてしまった。
「あぁ、何だか短期間に色々あって分からなくなってね。今の俺に君を引き留める言葉はかけられそうにない」
自嘲するように笑う。
「別に諦めた訳じゃないけど自分なりに考えをまとめたらまた保護を受ける様に勧めるよ」
「分かった。じゃあ遠慮なく行かせてもらうよ。何度も助けてくれてありがとね」
そう言ってあたしは小さく手を振って街の外へ駆け出す。
聖堂騎士も軽く手を上げて応える。
そのまま街から出て外へ飛び出す。
早く姉さん達と合流しないと、えっと確かノルディアがどうのって言ってたから、そっち方面に向かえば上手く行けば追いつけるかも…。
頭の中で移動経路を考えながらあたしは先を急いだ。
あれから夜も明けて日も高くなった所であたし――ジェルチは足を止めて後ろを振り返る。
生き残った娘達が息を切らせながら足を止めた。
「これだけ離れれば大丈夫か…少し休憩しましょう!」
夜通し歩き続けたので皆、緊張の糸が切れたのか座り込んだ。
人数は8人。たったの8人…あれだけ居たのに残ったのはこれだけ…。
その事実に歯噛みする。
「ジェルチちゃん。これからどうするの?」
息を整えたヘルガが尋ねて来たのであたしも気分を落ち着けて振り返る。
「予定通りノルディア方面に向かってガーディオ達と合流するわ。その後は……後で考える」
ここまで痛めつけられた以上は、王都で動くのはしばらく無理だ。
ヴェルテクスから盗まれた部位を奪い返すだけだったのに、蓋を開ければ奪う筈の物はあの男の体に収まっている上に逆に拠点を特定されて襲撃を受ける始末。
最初は連中に対する報復ばかり考えていたが、あたしの心は度重なる疲労と心労ですっかり圧し折れてしまった。
正直、ヴェルテクスに対して何かしようと言う気は根こそぎ消え失せている。
可能であるならガーディオ達に後は丸投げしてしばらく何もしたくない。
だが、アルグリーニの性格上あたしは確実に再び送り込まれるだろう。
それならその間にヘルガ達には組織の立て直しをさせておけばいい。
今回の件は誤算だらけだ。
ヴェルテクスは単独である以上、時間をかけて攻めれば疲弊してどこかで隙を見せると踏んでいたのに、妙な協力者をいつの間にか調達して襲いかかって来た。
あのローと言う男。
一体何だったんだ?青の冒険者?冗談にしては笑えない。
未知の攻撃手段に人間離れした身体能力、手段を選ばない悪辣さ。
あそこまで戦って心臓に悪い相手は過去にも数えるほどしかいなかった。
あんな奴が今まで表に出ないで埋もれていたのが信じられない。
ヴェルテクスが確保していた配下?
今までそんな奴が居たなんて素振を一切見せていなかったのに?
それとも最近見出した?どうやって?
あの化け物はどこから湧いて来た?どこから用意した?
分からない事が多すぎる。
疲労の所為で頭が回らない事もあるのだろうが苛立ちが収まらない。
心配そうにこっちを見ているヘルガ達の事もある。
あたしは余計な考えを振り払ってその場に座り込んだ。
5章前半終了です。後半は別視点で進行となります。
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気が付けば50万文字、読了時間1000分となっていました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
引き続き、力の限り歩き続けますのでよろしくお願いします。




