1208 「嵐過」
続き。
聖女と入れ替わりで防衛に就いたクリステラは敵が途切れた事で僅かに力を抜く。
攻撃面では聖女と同等以上の戦果を上げられるが、防御面では大きく劣っており、敵の攻撃を完全に遮断するに至らずかなりの被弾を許していた。
結果、建物の上部は破壊されており、モンセラート達が権能を維持している場所が露出。
クリステラは彼女達を守りながら苦しい戦いを強いられていた。 後に応急処置を済ませて駆け付けたエイデンとリリーゼの支援でどうにか耐えていたが、モンセラート、マルゴジャーテと少し離れた位置にいたフェレイラの三名は体のあちこちに傷を負いながらも権能の維持を継続。
もう天井が消し飛んで空が見える状態になったその場所で、クリステラと同様に敵が途切れた事に各々困惑の表情を浮かべている。 クリステラは警戒こそ緩めていないが、聖女がやってくれたと確信していた。
この戦いが終わればオラトリアムからの干渉もなくなる。 そうなればウルスラグナ――延いては世界の情勢は安定する事となるだろう。
少なくとも彼女はエルマンからそう聞かされており、その言葉を信じていたので戦いの終わりを感じていた。
建物の外――空中で満身創痍といっていい有様の日枝はゆっくりと降下。
彼はファティマからかなり詳細な流れを聞いていたのでクリステラと同様にどうにか乗り切ったかと内心で胸を撫で下ろす。 地表へ向かいながら上から周囲を見ると本当に酷い有様だった。
残存戦力はもう一割を切っており、軍勢としては壊滅と言っていいレベルだ。
かなりの数の見知った者達の死を聞いている。 後の事を考えると気が重い。
それでもこれは正しい行いだった、彼等の死は無駄ではなかったと声を大にして宣言しなければならないのは我ながら嫌な仕事だと内心で自嘲する。
ただ、躊躇したり誰かに押し付ける事だけは決してしない。 エルマン達に偉そうな事を言った手前、自分がそんな情けない真似をする事は許容できなかった。
――問題はこの後にどうなるか、か。
ファティマは言った。 勝利は前提であると。
本当に自分達の未来を占うのは戦いが終わった後になる。 確かに敵が消滅した以上、ローが首尾よくタウミエルの本体を仕留めたのだろう。 だが、それを成したローは無事なのか?
彼が死ねばすべてが水の泡となる事もあるが、この現象を引き起こしたタウミエルを失った後、根本的な原因である神剣をどうにかできるのか?
結局の所、撃破は成ったが依然、世界の危機はまだ健在なのだ。
「――まぁ、俺が気にする事じゃないか」
どちらにせよ神剣への対処に関しては自分達は外野だ。 人任せはあまり感心できる考えではないが、こればかりはどうにもならないので考える意味も必要もない。
勝算はなくはないといったレベルで明確ではないとの事だったが果たしてどうなるのか。
しくじればタウミエルが再出現し、世界は終わる。
ローの行動の正否は待っていれば明らかになる事なので、日枝は少しだけでも休みたいなと考えて着地。 駆け寄って来る部下達に無事だとアピールしつつローが無事に成功する事を祈った。
オラトリアムでもタウミエルの撃破――眷属の消滅は確認されており、戦場では僅かに弛緩した空気が流れる。 こちらはセンテゴリフンクスの者達と違い、末端にまでかなりの情報が与えられているので大きな山場を越えた事が戦場全域に広がっていた。
ファティマは後続の出現しない事を確認し、ローの勝利を確信する。
大きな山場は越えた。 だが、安心はできない。 彼女が日枝に語った事に嘘はなかった。
タウミエルを撃破しても神剣を手に入れられるかはまた別の話だ。 それに聖女という大きな懸念材料も存在するのでどう転ぶかが読み辛い。 そんな中で自分の取るべき最善の行動は何か?
ファティマは腕を組み、指で肘の辺りをトントンと叩く。
それを見ていたベレンガリアは状況に理解が追いつかず「勝った? 助かったのか?」とキョロキョロしているが柘植達はいないので代わりに近くに居たエゼルベルトが指を立てて静かにするように注意していた。
ローを信じ、黙って静観する事も選択肢の一つではあるが――
選択肢はそう多くない。 だが、本当にそれを実行する事が正しいのか。
それだけが彼女には分からなかった。
ファティマの居る城の外では警戒しつつ休息を取るようにと指示が出ていたので、動ける者は負傷者の治療や死者の搬送を行う。 街中ではあちこち損傷したプロトレギオンを操るニコラスが破壊された建物の瓦礫を撤去したり、負傷者――簡単には運べない大型の改造種を助け起こしたりしていた。
首途も研究所での被害を確認しながら部下に指示を飛ばし、ついいつもの癖でハムザを呼びかけ――死んだ事を思いだしてあぁ、そうかと小さく肩を落とす。
研究所もかなりの被害が出ているので復旧作業に入った所だった。 一先ず乗り切りはしたが、犠牲者が多すぎる。 首途も事前に聞かされていた上、自分が死ぬ事も視野に入れていた事もあって驚きはないが、こうして人手が足りなくなると喪失感が凄まじい。
研究所だけで見てもかなりの死者が出ていた。 重要な役職に付いている者にも犠牲者が出ており、ハムザだけでなくドワーフ達、亜人種も随分と死んでいる。 ドワーフのまとめ役であるベドジフはどうにか生き延びたが、身内の犠牲が多すぎたのか動きに精細が欠けていた。
正確な被害は計上されていないが、最低でも半数以上の兵力を失った事は確かだ。
最前線に布陣していた部隊は壊滅。 僅かな生き残りも山脈で戦闘を続けていたが、どれだけ生き残っているか怪しい状態だ。 分かり易く生き残っているのは四大天使と聖剣使い。
首途としては息子であるヴェルテクスが生き残っている事は幸いだった。
エグリゴリシリーズは最大級の戦果を上げたとも言えるが損耗率も非常に高く、撃破された数は九割を越えている。 開戦前は数千機も居たのに残っているのは百にも満たない。
魔導外骨格は文字通りの全滅。 一機も残らなかった。
パイロットであるニコラスは無事だったが、特別機であるサイコウォードも大破。
ついでにマルスランのコン・エアーⅣも大破。 当のマルスランは何故か生き残っており、内蔵されていた初期型のコン・エアーで戦い抜いたようだ。
誤字報告いつもありがとうございます。




