1203 「並立」
視点戻ります。
――驚いた。
今日だけで何度も驚かされたが、今回は予想外というよりは意外な存在が現れる。
サベージが転移して来た事も驚きだったが、その上に乗っている奴が更に驚きだった。
聖剣を二本持った全身鎧の女――アイオーン教団の聖女だ。
聖女は俺を一瞥した後、タウミエルに向けて無数の金属の武具を精製して射出する。
水銀と銅でできた剣や槍はタウミエルに到達する直前に停止。 止めたのではなく止められたのだろう。
無数の武具は進もうと震えている。 空間が歪んでいる所を見ると何らかの障壁だろう。
この手の詳細が良く分からない防御は対処が面倒だな。 タウミエルが手を伸ばすと武具が霧散して消える。
魔力に分解されたのか? タウミエルは武具の処理と並行して空いた手でいつの間にか銃を精製して発砲。
さっきも見たが尋常じゃなく早いな。 抜いてから発射まで殆ど認識できない。
一応、仕掛けがあるらしく魔剣からの知識に概要はあった。 何らかの手段で動きの起こりを見せないようにしているらしく見た目よりは遅いらしいが、認識できないので何の慰めにもならないな。
知識はあるが扱える奴がいないのでさっぱり分からん。
聖女も反応出来ずにほぼ勘で僅かに身を逸らして躱すが、掠めて兜が砕け散る。
現れた顔は――なるほど。 知ってはいたが、実際に見ると意外な気持ちになるな。
結った髪がほどけて散る。 装備や聖剣の所為か印象は俺の記憶にあるのと違うが、間違えようもない。
俺の身体の元の持ち主であり、俺が名前を付けた女だ。 最後に姿を見たのはウルスラグナの南部だったか。 正直、記憶の片隅で埃を被っていたような存在だったので、正体を知った所で何も感じなかったのだが目の前に現れた以上は無視はできない。
どうやって聖剣を得たのかは――いや、それ以前に何故サベージに乗っているのも不明だ。
……とは言ってもまぁ、想像はできる。
恐らくだが、ファティマ辺りが送り込んだのだろう。
確かにタウミエル相手に通用しそうなのはこいつぐらいか。
いや、今なら他でも行けなくはないだろうが、人選としては手頃だな。
聖女――ハイディはサベージから飛び降りて二本の聖剣を構える。
サベージが連れてきた以上、味方と認識してもいいな。 俺は何も言わずにハイディの横に並ぶ。
一瞬だけ視線が合ったが特に言葉は交わさず、俺は魔剣を第一形態に変形させて突っ込み、ハイディはさっきと同様に武具を展開。 どうやら援護に徹するようだ。
サベージは俺達から大きく離れるとその姿が消える。 魔法で身を隠して奇襲を狙うようだ。
手数はハイディがどうにかしてくれるので俺は一撃の威力に重きを置けばいい。
無数に飛んで行く武具はさっきと同様に止められたが、今回は空間の歪みは維持できずに突破を許す。
サベージが権能でタウミエルの障壁の効果を喰ったからだ。 奴の「暴食」は魔力現象に非常に有効で、仕組みが不明でも魔力を使っているなら大抵の防御は剥がせる。 俺も一応扱えはするが威力が全く出ないので選択肢には上がらない。 あいつにできて俺にできない事に若干の納得がいかないものはあるが、使えないものは仕方がない。
邪魔な障壁も剥がれたので突きを見舞う。 当たれば大抵の奴は挽き肉になる一撃をあっさりと躱し、懐に入ろうとする。 タウミエルの手には銃ではなく短剣。
それなりの時間戦ったので色々と見えて来る。 最初から疑問に感じた事ではあったが、こいつは何で人間サイズで現れたのだろうか? 俺と同様に必要に応じて体を作り替えて戦闘スタイルを切り替えるからか?
違うと否定する。 相手に合わせて攻撃手段を切り替える事はするが、それは脅威度に合わせているからだ。
こいつは目の前の相手に合わせて性能を変化させる影に過ぎない。
本当に霞の類なので最初から全力を出したり、手を抜いたりができないのだ。 あくまで機構、今も機能を発揮しているだけにしか過ぎない。
そう考えると人型の理由も見えて来る。 こいつは集積した戦闘技能を何の捻りもなく模倣する事しかできないので使用する場合は形から入る必要があるのだ。
そうでもなければ銃を筆頭に武器の形状まで再現する必要はない。 つまりこいつは人間由来の技術を使う為に人間の形状を取らなければならない。
身体能力ではなく技術や特殊能力に重きを置く以上、人間サイズ、形状で現れるのは当然だった。
要は人間の形状から逸脱しすぎると人間由来の技能が扱えないのだ。 そして攻撃の選択肢が多いのは魔物ではなく知能の高い人型生物と考えればまぁ、確定と見ていい。
さて、恐らくだが形状の変化はなく、タウミエルはこの手抜きの落書きみたいなデザインから変化がなさそうなのは朗報ではある。 しかし、今までに蓄積した戦闘技能や防御法は非常に厄介だ。
攻撃がさっぱり当たらない上、例の枝に触れれば致命的だ。 万全の状態なら問題はないが、本体にダメージが入っている所為か根の生産スピードが中々戻らない。
肉体の再生ぐらいはどうにでもなるので、ガワだけは元に戻せるのだが根の生産が遅い以上、スペックが下がる。 正直、これは誤算だった。
今まで本体にダメージを受けた事がなかったので他と同様にすぐ治るものかとも思っていたが俺自身の中枢なだけあってそうもいかないようだ。
……つまりダメージを気にしなければならない。
面倒なと思いながら短剣の斬撃を生み出した魔剣の分身で防ぐ。 体内の補助脳や予備脳も再生しきっていない事もあって魔剣の制御が甘い。 マルチタスクには制限がかかるな。
複合極伝の代償と考えれば安い方なのかもしれないが、仕留められなかった事を考えると少し割に合わないと感じてしまう。 そんなどうでもいい事を考えながら魔剣を第五形態に変形。
巨大な鋏に似た形状を取る。 第一形態と間合いが被るので使用頻度は低いが単調な攻撃だとあっさりかわされるので意表を突く意味でも使用。 曲線を描いた二つの刃がタウミエルの左右に出現して交差するように閉じる。
刃は上半身と下半身を分断――いや、手応えがない。 幻影の類か。
いつの間にと思いながら周囲に障壁を展開し後ろへ跳びながら魔剣を盾にするように立てる。
背後から気配がするが魔剣に衝撃が入った。 訳が分からない。
肩越しに振り返るとタウミエルが短剣で俺のうなじ辺りを狙っていたが、障壁に阻まれて停止。
衝撃があった方は何なんだと視線を向けると何もない。 何をされたのか分からんのは不味いな。
魔剣からの知識を参照。 一応だが、類似した攻撃方法はあった。
どうやら攻撃をその場に設置して時間差で仕掛ける事が出来る技術があるようだ。
要するに攻撃を置いておく事が出来るのか。 本体を囮に事前に仕掛けておいた攻撃が本命と。
何をしてくるか分からないのは本当に厄介だな。
誤字報告いつもありがとうございます。




