1200 「残者」
続き。
彼女はアリクイに似た姿をしており、最大の特徴は自在に動く長い舌だ。
転生者の身体能力で振るったそれは鞭のような軌道を描き、対象を打ち据える。
その破壊力は人間ぐらいなら容易く叩き潰す事すら可能だった。
その舌が縦横無尽といえる動きを見せて虚無の尖兵を襲う。
打たれた虚無の尖兵は体が千切れ飛んで消滅する。 十、二十と撃破していくが、彼女は元々戦闘に向いた気性をしておらず、戦闘技能はお世辞にも高いとは言えない。
それに加えて今回、勇気を振り絞りはしたが、精神面でも戦闘に向いていない事もあり、解放状態を維持する事も余り上手くなかった。
三十も撃破しない内に力尽きたように膝を付き、その体が元に戻る。 そして使用の反動で大きく息を切らしてその場から動けない。
ジェルチ達が彼女の名前を呼んでいるが、もう答える余裕もなかった。
稼げた時間はほんの僅かで無意味な抵抗だったのかもしれない。
――ただ、彼女の稼いだ時間は無駄ではなかった。
周囲に展開していた虚無の尖兵が次々と銃杖に打ち抜かれて消滅し、それに続いてどこから現れたのか改造種や亜人種の部隊が敵の掃討を開始する。
十数メートルクラスの大型の個体が姿を現したが、人型――エグリゴリシリーズに似ているが異なるデザインをした機体が手に持った大型のブレードで両断し、離れた位置にいた個体はライフル型の銃杖で瞬く間に撃破。
「大丈夫か?」
そう声をかけたのはイフェアスだ。 彼は味方と一度下がって治療と休息を取っており、再出撃しようとした所でジオセントルザムに入り込まれた事を聞き、街の防衛へ回っていた。
街の中に入り込んだ敵を部下を率いて潰して回っていたのだが、負傷者や非戦闘員が襲われていると聞いてこうして救援に駆け付けたのだ。
「は、い、何とかですが……」
梼原はどうにかそれだけ答える。
イフェアスは動けないと判断し、部下に指示を出すと改造種が彼女を担ぐ。
「おぅ、デカいのは軒並み潰したな。 後は追加で来る奴を仕留めたら一応、街は大丈夫そうやな」
少し遅れて現れたのは首途だ。 その後ろには大型個体の掃討を行った人型の機体。
これはエグリゴリシリーズを作るに当たって製作されたプロトタイプだ。
名称はプロトレギオン。 操縦システムこそ既存機と同じだが、変形、合体機能もグリゴリの固有能力移植もされていないナチュラルな機体で、代わりに魔導外骨格用の武装を装備していた。
操縦しているのはニコラスだ。 相棒を失った事で失意に沈みつつあったが、外の状況を見て悲しんでいる場合じゃないと研究所の倉庫に眠っていたこの機体を引っ張り出し、整備班の制止を振り切って最低限の調整のみを行って出撃。
首途の指揮の下、街の防衛に加わっていた。 装備は携行武装のブレードと大型化した銃杖のみだが、ニコラスの操縦技能を以ってすれば充分に通用する戦闘能力を発揮する。
「所長、自分は山脈の救援に――」
「止めとけ。 いくらお前の腕でもその機体じゃ無理や。 大人しく街に入り込んだ雑魚の処理だけしとけ」
死に急いでいるとも取れるニコラスの言葉を首途は切って捨てる。
彼の言葉は正しかった。 ニコラスのパイロットとしての技量はオラトリアムでも最高峰だが、機体のスペックが枷になってそれを最大限に活かす事が出来ないのだ。 プロトレギオンも使う予定がなかった機体だったのを急ぎで使えるようにした事もあってあちこちに問題を抱えている。
その為、長期戦や負担がかかる戦闘に出すのは自殺行為に等しく、使えても街の防衛が限界だ。
ニコラスは小さく肩を落として了解と返す。 命は拾ったが、脱落した身ではこれが限界かと自嘲する。
空を見ると追加の敵が飛来している姿が見えた。 前線には加われないが、相棒を失った悲しみを紛らわす事はできそうだ。 首途が小さく頷くのを確認してニコラスはプロトレギオンを駆って、降下して来た敵へと向かっていく。 それだけが自分を救ってくれた相棒に報いる事だと信じて。
オラトリアムと同様にリブリアム大陸の戦いにも決着が着こうとしていた。
センテゴリフンクスの街は半分以上が制圧され、指揮所を兼ねている建物を中心に生き残った者達がどうにか防衛している状態だったがもう壊滅が見えているどころか秒読みだ。
街の外に配置した支援要員も襲撃されており、ここまで来るとエルマンも指示の出しようがなく、とにかく生き残れとしか言えなかった。 地上ではハーキュリーズを筆頭に生き残りが必死に戦っているが、その心には諦観が広がっている。
建物の屋上で敵を薙ぎ払っていた聖女もそろそろ限界が近い。
戦う事は可能ではあるが敵が多すぎて処理が追いつかないのだ。 空は敵で埋め尽くされ、攻撃が雨のように飛んでくる。 この状況には流石の彼女も自らの死を悟り始めていた。
「はは、やっぱり会いに行くべきだったかな」
自嘲気味にそう呟く。 こうなるなら無理にでもオラトリアムに行っておくべきだったかなと意味のない事を考えて最後の時まで聖剣を振るうが――不意に接近して来た個体が何かに斬り刻まれて消滅する。
日枝かと一瞬思ったが、彼は地上の支援に集中しているのでこちらへフォローに回る余裕はない。
ならば何だといった疑問は建物の壁を駆けあがる足音に掻き消された。
現れたのは異形の魔物。 地竜に似た姿は相変わらずだったが、それ以外の全てが彼女の記憶になかった。 それでも僅かな時間ではあったがその背に乗り、旅をした仲間だったのだ。 忘れる訳がない。
「――サベージ?」
異形――サベージは聖女に構わずに口を大きく開けると口腔内に膨大な魔力が充填され、次の瞬間には紅の熱線がセンテゴリフンクスの空を薙ぎ払う。
全滅させるには至らなかったが、敵の勢いを削ぐ程度の効果はあった。
サベージが屋上に着地し、その背に乗った者が飛び降りる。
「聖女ハイデヴューネ! ご無事でしたか」
「クリステラさん? 向こうに行っていたんじゃ……」
「はい、向こうで戦っていたのですが、戻れと指示を受けてこの魔物の背に乗せられてきました。 どうも事前にエルマン聖堂騎士と話が付いていたのか転移先は彼の目の前でした。 それより、この魔物の事を知っているのですか?」
「うん、話せば長くなるけど……」
サベージは鞍に付いている鞄から大振りの魔石が付いた首飾りを取り出すと聖女へと突き出す。
聖女はやや戸惑いながらも首飾りを受け取ったそれを首へと下げ、壊れないように鎧の内側に押し込む。 それを確認したサベージは無言で乗れと膝を折って身を低くした。
誤字報告いつもありがとうございます。




