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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
5章

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118/1442

117 「無人」

別視点

 混沌(カオス)

 この状況を一言で表現するならこれが適切だろう。

 無数のカイロプテラが、空から襲い掛かってくる。

 

 それをあたし――ジェルチは必死に走りながらどこか冷めた気持ちで見つめていた。

 数人の騎士が短杖で魔法を撃ちこんで次々と撃ち落としているが、カイロプテラはお返しとばかりに口から不可視の攻撃を繰り出して騎士や妹達を追い回す。


 あたしは妹達に襲いかかろうとしている個体のみを狙って攻撃を仕掛ける。 

 無理に殺す事はしない、羽を傷つけて飛べないようにすれば勝手に動けなくなるので後は放置だ。

 それでも手が届かずに1人、また1人と妹達の数が減っている。


 戦闘に長けた――ガーディオから預かった部下達や連れて来た者達も居た。

 一部は姿を消したが、彼等はあたしと一緒によく仲間を守って戦い…死んだ。

 視界の端で騎士の1人がカイロプテラの足に捕まって空中へ連れ去られ、散々嬲られた後に餌になった。


 この状況で悠長に隠し通路を掘り出している余裕はない。

 他にここから逃げる為の道は……。

 直ぐに思いつく場所はそう多くない。


 いくつかある梯子で外壁を上って見張り用の詰め所から外壁の中を通って外に出るか、普通に門から外に出るかだが…。

 外壁の中を通る場合は中に居る少なくない警備を突破する必要がある。

 

 門から出る場合は、この時間は閉まっているので操作して開かなければならない。

 この場合、開くまで開閉装置から離れられないので、門の操作をする者は命を捨てる事になるだろう。

 

 …中を通るしかないか。


 幸いにも近い梯子までそこまで距離はない。

 この騒ぎで中がどれだけ混乱しているかは賭けだが、もう他に手がない。

 あたしは懐に忍ばせていた魔石を取り出すと強く握って亀裂を入れて上へ放り投げる。


 「上へ!」


 そう叫んで走る。

 同時に空中で魔石が砕けて刻まれた魔法を開放する。

 耳をつんざくような大音響と光が周囲にまき散らされ、魔物の群れの動きが止まった。

 

 カイロプテラは耳が良いらしい。

 開けている外なので効果は薄いだろうが、音で少しぐらいは動きを鈍らせる事ができたはずだ。

 走りながら後ろを振り返る。


 最も警戒すべき男の状況を確認しておきたかったからだ。

 

 「……いない?」


 姿が見えなかった。

 さっきまで魔物の群れを薙ぎ払っていたが、居たはずの場所から居なくなっている。

 あんなに偉そうに現れておいて?


 信じられない。あのクソ野郎、逃げやがった。

 姿が見えない事が不安だが、邪魔をされないだけましだろう。 

 先回りをされているという不安はあるけど、考えている余裕がない。


 察した他の娘達もあたしに続いたが、問題は残りの騎士達だ。

 連中、魔物の相手をしては居るが、こちらを執拗に狙ってくるのだ。

 中には魔物に喰らいつかれながらも襲いかかってくる奴までいる。


 薄々は感じていたが、こいつ等は何らかの方法で操られているようだ。

 ヴェルテクスの口ぶりだと、別口のようだが心当たりがあるような感じだった。

 経験上、洗脳の類は見れば分かる。


 挙動、目の動き、口調。このどれかがおかしい。

 自分の意志で動いていないのでまず動きが悪くなる。


 以前、あたしが見た魔法道具で操られていた男は完全に糸で操る人形のような有様だった。

 最低限の動きはできるが、目線もおかしく、会話等の頭を使う行動は難しいようだ。

 話せば分かるが口調がかなりおかしい。

 

 人間の意思を強引に捻じ曲げると、必ずどこかで無理が出る。

 無理なく操ろうとするなら捻じ曲げるのではなく誘導するのが常道だ。

 薬、言葉、快楽。あたし達はそうやって人を篭絡して来た。


 だが、あの騎士達にはそれがなかった。

 会話も流暢。技量に関してはむしろ向上しているように見えたぐらいだ。

 それに、あの流れるような連携は一朝一夕でできる物ではない。


 何らかの方法で意思疎通もしているかもしれない。

 あの騎士達に何が起こったのか気にはなるが、今は逃げるのが先だ。

 梯子が見えて来た。


 あたしは「足」を使って一気に跳ねる様に梯子を駆け上がる。

 上り切ったあたしの視界に貧民街の全景が広がった。


 …酷い。


 全体が燃え盛っており、こうなっては住民が元の生活を取り戻すのは難しいだろう。

 貧民街の中心付近では騎士や聖騎士が魔物の群れと三つ巴の戦いを繰り広げていた。

 何故、この状況でお互いに潰し合っているのか理解が出来ないが、あたし達にとっては好都合だ。


 下を見るとちょうどヘルガが息を切らせて上がって来た所だった。

 その後には、何人かが続いている。


 「…生き残ったら絶対、体力作り…するわ…」

 

 荒い息を吐きながらそんな事を言うヘルガに苦笑して、上ってくる娘達を引っ張り上げる。

 数人上りきった所で、ヘルガに「先に行く」と声をかけて外壁を走って、中への入り口を目指す。

 先に行って掃除しておこう。


 貧民街を横目に見ながら走る。

 改めて見ると異様な光景だ。

 魔物の群れは貧民街とその上空のみに集まっており他は完全に無視している。


 おかしい。

 この状況になってそれなりに時間が経っているはずなのに騎士団に動きがないのが気になる。

 確かに貧民街を襲っていた連中は全滅していないが、増援を送らないのはどういう事だ?


 嫌な予感が…と言うよりもう今日一日、嫌な予感しかしない。

 階段から外壁の中へ入るが…。


 …これは?


 中は驚くほど静かだった。

 警戒しながら進むが人の気配がない。どう見ても無人だ。

 あたしは戻って外壁の外を見ると、少し離れた所に人が見える。


 「目」を使って視力に補正をかけると、そいつらは外壁の中に詰めているはずの兵士達だ。

 連中は慌てた動きで外壁から離れて行っている。

 背筋が冷えた。


 …まさか。


 わざわざ外壁の守りを放棄する理由。

 来ない騎士団の後続。

 消えたヴェルテクス。


 「ジェルチちゃん?どうかしたの?」


 追いついて来たヘルガ達が、あたしを見て訝しげな視線を向けている。

 そんな事を気にしている余裕はない。

 

 「飛び降りるわ。急いで」

 「え?」

 「時間がない。ここから飛ぶわ。魔法を使える物は詠唱して落下の衝撃と着地に備えて」

 「飛ぶって…ここから?」


 ヘルガは恐る恐ると言った様子で下を見る。

 すっかり辺りは暗くなっているので、下は見えずに闇が広がっていた。

 それを見て表情を引き攣らせる。


 あたしは無視して「急ぎなさい」とだけ言って、飛び降りた。

 




 

 魔物の群れの襲来。

 当然だが、国の上層部も気が付いていた。

 場所は王城の最上階、玉座の間。


 そこに国の意思決定を司る者達が集まっていた。

 彼等はこの事態に浮足立っており、王と一部を除いて皆の表情は硬い。

 ここまでの規模の襲撃は現役の重鎮達の記憶にもなく、経験の薄さゆえに浮足立つ事になる。


 真っ先に出た意見は討伐部隊を編成して叩けとの声だった。

 戦力を投入して不安の元を速やかに消し去ろうとしたが、彼らの思惑は王の一言で止められた。

 何故?と上がる疑問の声は次の一言で凍り付く。


 「どうせ、区画整理している所なんだからいっそ更地にしよう」


 …と。


 貧民街は「街」と銘打っているだけあって広さはかなりの物だ。

 そんな場所を更地にできるのか?

 答えは可能。


 準備に時間はかかるが一度発動してしまえば数分とかからず貧民街は更地になる。

 その場に居た男の1人が、恐る恐る意見を述べた。


 「王よ。あの場には我が国の騎士とグノーシスの聖騎士達がおります。アレを使うと巻き込んでしまいます」


 王――ジェイコブ・イーサン・ヘンリー・ノア・ウルスラグナ。

 因みにノアの後にも名前は続くが、長々と呼ばれる事を嫌がるのでこの長さで落ち着いた。

 歳は30になった所で、気怠そうな眼差しに軽くウェーブのかかった金髪。豪華な服に玉座に立てかけた宝剣。態度こそ軽いが、今まで数多の暗殺や権力争いから生きて玉座を守って来た正真正銘の王だ。

 

 ジェイコブは発言した者に視線を向ける。

 

 「発言を許した覚えはないが……いいだろう。アメリア、答えてやれ」


 玉座の隣で立っていた女性――アメリアが前に出る。

 髪は灰色。起伏がはっきりした体付きに背は高い。

 服装はローブのようなゆったりとした服で、顔は鋭利な印象を与える美女だ。


 「グノーシス側にはこれから起こる事に関しては伝達済みですので、放って置けば撤退するでしょう。後は…我が国の騎士ですか?あの場にはそのような者はおりません。あの場に居るのは王都を…延いては我が国に害を成すダーザインと言う賊しかおりませんので、貧民街と共に消し飛ばしても問題はありません」


 そう言い切ったアメリアの言葉に男は絶句した後に王を見るが、表情は変わらない。

 本気で王都の一角を消し飛ばす気だと悟った。

 

 「さて、納得したようだな。他、何かある者はいるか?」


 誰も何も言わない。

 ジェイコブは1つ息を吐くと「居ないならさっさと準備にかかれ」と言い残してその場を後にした。

 アメリアもそれに続く。

 

 主が居なくなった部屋で、残った者達は指示を出すべく動き出した。





 魔法。

 この世界にある技術の1つで訓練さえ積めば誰でもある程度の習得は可能だ。

 ただ、戦闘に使える段階まで練り上げられる者は少ない。


 使い方は覚えれば簡単。

 脳裏に魔法陣を描く「詠唱」という過程を経て、それは完成し、構築の際の(イメージ)の強度と注ぎ込んだ魔力量によって魔法の完成度が決定。

 

 因みに細部の構築が甘いと威力、精度に著しく影響が出て、結果として効果が落ちる。

 さて、構築を完璧にこなしたとしよう。

 それでも個人の内包する魔力量(エネルギー)では当然だが、限界はある。


 単騎で国を滅ぼすような魔法は個人で捻り出すのには難しい。

 だが、勤勉な者達が試行錯誤を重ねた結果、その解の1つが導き出された。

 方法は複数の人間で一つの魔法を使おうという案だ。

 単純な考えだが、実行するには越えなければならない壁は高い。


 理由は構築している全員の息を合わせる必要があるからだ。

 2、3人なら問題ないだろう。

 実際、<爆発>と言う魔法は手元で発動すると自分も巻き込んでしまう欠陥魔法だが、複数人で発動する事で発現点を操作する事により欠点を潰している。


 だが、それが10人20人と増えていくと連携の難易度が跳ね上がる。

 1人でも流れを乱すと失敗して狙った効果を発揮しないからだ。

 それだけならいいが、場合によっては暴発と言う危険もありうる。


 反面、上手く成功すれば凄まじい威力を発揮し、戦争等の大規模な戦闘での効果が期待できウルスラグナの王――ジェイコブは何とか使えるようにと研究を始めさせた。

 当然、その難易度故に中々進まずに難航したが、ジェイコブはある事を思いついく。


 じゃあ、それしかできない奴を用意すればいいんじゃないか?


 一部の臣下が止めたが、いいからやれと一蹴。

 とある協力者達(・・・・・・・)からの技術供与により、身寄りのない子供達に魔法と手術で思考と能力に方向性を持たせてそれ専用の兵を作成。


 数年の期間を経て完成した者達を協奏隊(コンチェルタート)と名付けた。

 総勢100名。全員で構築した魔法は文字通り、天を裂き、地を割る…らしいが国内は比較的安定しているので作ったのはいいが、困った事に使う機会に恵まれず本当にそんな威力を発揮できるかジェイコブは首を傾げていた。


 そして今、手頃な試し撃ちの的が現れたのでこの国の王は少し心を躍らせて、使用命令を下した。



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