1145 「旋律」
続き。
ギターから旋律が流れる。
奏でているのは瓢箪山だ。 彼はやや後方なので比較的ではあるが、安全な配置なのだが――
――あー、遂に来る所まで来ちまったかぁ。
口には出さずに無言で音楽を紡ぎ続ける。
許可は出ているので上司であるグアダルーペが来るまでは自由時間だ。
ラジオだけやってればいいなんて虫のいい話はないと理解しており、これまでも大規模戦闘の際には駆り出されていたので今回も間違いなく放り込まれるだろうなと覚悟はしていた。
流石に高確率で死にますは予想外だったが。
瓢箪山は仕事の関係上、多めに情報を貰っているので今までの大規模戦闘も勝算ありきで臨んでいる事を知っており、生き残れる可能性が充分にあると知っていた。
そんな事もあってそこまで深刻に考えていなかったが、今回は高確率で死ぬと前置きされているので逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが――
――逃げたら殺されるんだよなぁ……。
それ以前に逃げる所がないのが困りものだ。 オラトリアムの庇護があるから今の生活があり、この世界に転生者の異形を受け入れてくれる場所は驚くほど少ない。
瓢箪山は元々、ヴァーサリイ大陸南端にある旧オフルマズドとエンティミマスの間に落ちて来た身だ。
今の姿になり訳も分からずに彷徨っていた所を保護され、アメリア率いるテュケに身柄を移される事となった。 オフルマズドでの生活は他の転生者と比べても恵まれたものだ。
オフルマズド王の強さもあって逆らう気はなく、素直に組織の方針と国のルールに従うつもりだった。
それもオフルマズドが滅ぶまでの話だったが。 オラトリアムによる情け容赦ない殲滅戦の際に投降。
後にオラトリアムへとその所属を移す事になった。 最初は気楽なもので、梼原の下でのんびり農具や籠を手に農作業を行っていたのだが何の因果かシュドラス山に居を移してラジオのパーソナリティといった未経験の仕事を振られる事になったのだ。
最初は緊張と不安。 そして何より初対面で上下関係を徹底的に叩き込んできた上司。
あの女との出会いは人生で最大の不幸――ではなく今へと飛躍する為の大切な思い出だ。
「うん、間違いないな」
瓢箪山は自身に言い聞かせるようにそう呟いた。 オラトリアムは最高の環境で、今の自分の仕事と上司は間違いなく最高。 間違いない。 あぁ、間違いない。
思考を続けながらも指は淀みなく曲を演奏する。 オフルマズド時代から付き合って来た相棒は彼の思い描いた旋律を周囲へと拡散。
――はい、こんにちは。 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間です。 メインパーソナリティーはお馴染みの瓢箪山 重一郎がお送りします。 本日なんと、世界の滅びが現れる現場に居ます。 ある意味最大のイベントに立ち会う事になりました。 皆さんと一緒にどうにか乗り切りたいものですね!
「――なんてな」
呟いて苦笑。 同時に曲が終わって演奏の手が止まった。
それと同時に背後に転移してくる気配。 グアダルーペだろう。
瓢箪山はそろそろ始まるのかと空を仰いだ。
「それはこっちにお願い。 うん、治癒魔法を使う為の短杖と魔法薬はそっちに――」
梼原は部下に指示を出しながらあれこれと用意した物資を設置していた。
彼女がいる場所はジオセントルザムの内部。 首途研究所の一角にある広場。
元々、実戦演習などで使用されている広大な場所で多くの人員が動き回っていた。 野戦病院として用意されているここは負傷者の治療や食事などを用意する後方支援の要とも言える場所だ。
非戦闘達はここで彼等なりの戦いを行う事となる。
梼原が指示を出しながら振り返るとそこではダーザインの者達が食事の準備や物資を運び込んでいる姿が見えた。
その中に知り合いの姿が見えたので梼原はそちらに駆け寄る。
「ユスハラじゃない。 あんたもこっちに来てたのね?」
梼原が声をかけたのはジェルチというダーザインの元幹部だ。
「はい、何かできる事があればと思って……」
「そっかー。 あたしらはボスのお陰で前線送りは免れたからこっちで貢献しとこうかなって思って」
ダーザインはアスピザルと夜ノ森は強制参加ではあるが、その代わりに部下は志願のみとなった。
アスピザルは部下に絶対に前線には行かないようにと念押しした結果、ダーザインの構成員達はこうして後方の比較的安全な配置となったのだ。
設営したテントではガーディオが料理を黙々と作り、シグノレが同様に黙々と握り飯を作っていた。
「いや、本当に凄い事になってるわねぇ。 動員規模数十万じゃ利かないでしょ? エグリゴリだっけ? あれの数も半端ないわ。 これだけ揃ってて勝てるか怪しいとかどれだけの敵なのよって感じね」
「ですね。 私もちょっと想像が追いついてなくて――」
この戦いの勝率の低さは事前に聞かされていたのでこの場に居る者達の不安は強い。
梼原は単純に想像が追いついていないのでややふわふわとしたテンションだったが、ジェルチ達のように実戦を経験した者達からすればかなり心配になる。
負けるとは思わない――思いたくないので勿論、勝てると思っているが、まるで巨大な災害が迫って来るのを黙って見つめるような不安があった。
空を行く無数のエグリゴリシリーズに巨大な魚影――ディープ・ワンの姿を見れば大抵は安心できるはずなのだがジェルチにはそれですら少し頼りなく思えてしまう。
「まぁ、でもここが大きな山場だろうから乗り切ればしばらくは楽になれるかもね」
ジェルチは内心の不安を押し殺して努めて明るく振舞う。
不安要素ばかりを意識していても仕方がないので、明るい話題をどうにか捻り出す。
事実、この戦いに勝利さえしてしまえば世界にオラトリアムの敵はいない。
しばらくではなく向こう百年単位で安全が約束されるだろう。
彼女は諜報活動の一環として他の大陸にも足を運んだ事もあり、この世界の戦力水準に関しては概ね正しく理解していた。
ヴァーサリイ大陸に存在する大国――ウルスラグナ、アラブロストル。
リブリアム大陸に存在するアタルアーダル。
ポジドミット大陸のバフマナフ、アルドベヘシュト。
一通り見て回ったが、どう頑張ってもオラトリアムに勝利する事は不可能な戦力だった。
――オラトリアムに勝てる国は存在しない。
世界の滅びという前提の崩壊さえなければオラトリアムの地位は盤石といえる。
「あたしらにできるのは信じる事だけだし、気楽に待っていましょ」
「そうですね」
ジェルチの言葉に梼原は頷きで応えた。
誤字報告いつもありがとうございます。




