1142 「歓喜」
続き。
『な、なぁ、待ってくれよ! ちゃ、ちゃんと働くから――』
情けない声を上げていた転生者が巨大な魔法陣に放り込まれる。
そこには既に動く事ができなくなる程度に痛めつけられていた転生者達が大量に居た。
彼等は元々、グノーシスに保護されていた転生者達だ。 運よく四大天使の燃料として使われずに捕虜となった者達だったが、労働の類を一切しない生産性の欠片もない者達だったので今回の戦いで使い切ってしまおうと放り込まれたのだ。
この魔法陣は何かというとグノーシスが使っていた四大天使の召喚魔法陣だ。
ジオセントルザムの地下にあった物を要塞化した山中に移植。 起動の為のコストは足りているので、こうして準備をしていた。 転生者達は放置されている事を養ってもらえると勘違いしたのか、こうなるまで碌な行動を起こさなかったのだ。
一応ではあるがエゼルベルトによる救済措置は取られたのだが、今までぬるま湯に浸かってきた者達に今更労働の尊さを説いた所で通じる訳もない。 こうして彼等は魔法陣に放り込まれる事で使い捨てられる事となった。
この場の指揮を執っているサブリナは転生者達の見苦しい命乞いを無視して淡々と作業を続ける。
彼女達の役目は四大天使の維持だ。 長期戦を意識し、ベレンガリアによって改良を施された事によりジオセントルザムで使用された個体より若干だが性能は落ちたがコスト面での負担は大きく改善し、継戦能力を大幅に引き上げる事に成功している。 今回は火力と燃費の両立が必須なのでベレンガリアはかなりの時間をかけて仕上げたようだ。
それでも召喚の際の魔力消費量は莫大なのでこうして転生者達を使用している。
抵抗する者は死なない程度に痛めつけ、解放を使用して暴れようとする者はそのまま殺処分。
命乞いをする者達は無視。 彼等はこれから自身に何が起こるのかを知らされているのでその絶望は深い。
『い、嫌だ! 死にたくない!』
一人の転生者が魔法陣に放り込まれる直前に暴れて拘束を振り解くとサブリナの足に縋りつく。
『な、なぁ、助けてくれよ! 俺だけで良いからさ! 頼むって! マジで!』
サブリナは笑みを浮かべて視線を落とす。 転生者はその笑顔を見て凍り付く。
何故なら目が全く笑っていないからだ。 尚も言い募ろうとした言葉は形にならず、次の瞬間にはサブリナの持っていた錫杖に殴り飛ばされて魔法陣へと吹き飛んで行く。
サブリナは日本語が分からないので彼等が何を言っているのかを聞き取れないが、口調からみっともない命乞いをしている事だけは分かった。
――なんと嘆かわしい。
彼等の姿を見るとサブリナは悲しくなる。 どうやれば人間の性根はここまで腐る事が出来るのだろうか? 長く停滞した時間は彼等の心を取り返しがつかない所まで落としたのだろう。
本来なら時間をかけてロートフェルト教の教義をその身に叩き込んでやりたい所ではあるが、そんな時間はない上、腐りきっている者には何を言っても無駄だろう。
事実彼等はクロノカイロス陥落からこの瞬間まで、自身の道を定める猶予時間があったはずなのだ。
それを棒に振ったのは紛れもなく彼等自身の選択だった。 つまりは腐り落ちてオラトリアムを勝利に導くための肥料になる事を良しとしたのだ。
だったら今になって嫌だというのは通らない。 それに神の国に住まう事の尊さと素晴らしさを理解できないようなら生きていても仕方がない。
――あぁ、なんと憐れな。
この地に住まう事がどれだけ恵まれていたのかを死ぬまで理解できないなんて――サブリナは悲し気に目を伏せる。 どれだけ狭い視野で生きて来たのか、もう憐れ過ぎてかける言葉すらなかった。
今の彼女の根幹にあるのはオラトリアムと神であるローへの信仰心だ。 彼女は本質的に大きな寄る辺を得る事を求めていた。 生前はグノーシスであったが、今はオラトリアムへと対象が変わっている。
彼女が寄る辺を求める理由は自信のなさではなく、自身の行動を肯定する根拠を欲したからだ。
グノーシスに所属していた頃、子供達を引き取り、思い通りに育てる事、実験として使い潰す事。
彼女の教育方針は非常に偏っており、子供の価値観に大きな歪みを齎していた。 事実、クリステラが良い例だったと言えるだろう。 子供達を管理し、無責任に自身のエゴを押し付けて好みの人格へと育て上げ、気に入らなければ「失敗作」と処分する。 もしかしなくても最低の母親だが、彼女は自分の行動に何ら恥じ入る事はない。
――何故なら自身が所属している組織が許してくれるのだから。
罰されるどころか評価されている以上、彼女の正しさを組織が担保してくれるのだ。
ならば自らの心が赴くままに組織に奉仕し成果を上げる事は正しい。
グノーシスに居た頃もそれなり以上に満たされていたが、オラトリアムに入ってからの幸福度はそれを遥かに超えていた。
自ら新たな教えを切り開き、衆生を導く事の快感は圧倒的でロートフェルト教団の開祖としてオラトリアムで一目置かれるのはサブリナの自尊心を満たし、麻薬のような多幸感を与えてくれる。
信徒も次々と増え、後に続く誰もがサブリナを開祖様と持ち上げる日々。 これが幸せでなくて何だというのだろうか? そしてかつて所属していたグノーシスの教皇ですら自らが開いたロートフェルト教の前に跪いたのだ。
世界最大の宗教組織ですら信仰する神の前に膝を折った!
やはり神は正しい! 自分が開いた教えは間違っていなかったのだ!
――生きていて良かった! あぁ、神よ! 貴方のお陰で私は今日も幸せです! 眷属にして頂きありがとうございます!
毎日が幸せの絶頂である彼女は日々、神への感謝を忘れずに祈り続ける。
そして神敵を滅ぼす為に身を捧げる事に一切の躊躇も後悔も存在しない。
仮に次の瞬間に死んだとしても彼女は何の悔いもなく死ねるだろう。 そして意識が消える最後の瞬間まで神への感謝を忘れることはない。
タウミエルと戦う事に対する恐怖はない。 精々、神の御心を煩わせる害悪としか認識していない。
同時に最も危険な場に赴くローへの心配もなかった。 何故なら神が負ける訳がないからだ。
世界そのものが敵であったとしても神の座する高みには届かない。
普通に考えるなら勝利の厳しい戦いだ。 だが、サブリナの狂信はその程度の事実では小動もしない。 目を閉じれば神が敵を滅ぼして凱旋する姿が見える。
これは勝利が確定した戦いなのだ。 苦難はあるだろう。 だが、勝利の暁にはオラトリアムに更なる繁栄が約束されているのだ。
――素晴らしい。 神がいる限り私達の幸福は永遠でしょう。
サブリナは歓喜に震えながら転生者達の命乞いを聞き流し、自らの役目を実行し続ける。
誤字報告いつもありがとうございます。




