1130 「器試」
続き。
『少なくとも俺から見てお前の精神も肉体も健全とは言い難いな』
……返す言葉もない。
『おいおい、割ときつめに言ったつもりだが、何もないならもっと言っちまうぞ』
沈黙している俺達にヒエダはどういう意図か話を続けようとしている。
聖女からは困惑、エイデンとリリーゼも同様。 通訳のキタマは考える事を放棄して役割に徹しているらしく特に発言はしない。
俺もヒエダが何を考えているのか分からなかったので様子を見るしかできなかった。
聖女と同様に困惑しているのが本音だ。 少なくとも今まで話した段階ではこんな事を言う手合いには見えなかった。
……何を考えている?
わざわざ前置きをしたヒエダは視線を聖女に向ける。 向け方が露骨だった事を考えるとこいつに何か言いたい事でもあるのか?
『――否定がないなら肯定と取るんだが、あんたは部下が擦り減っている現状をどう思う?』
「それは――」
『充分に勝ち目のある勝負ならここまでやるつもりはないんだが、今回はかなりギリギリの戦いだ。 俺としてはあんたがどの程度、信頼できるかを見ておきたい。 一応、勘違いをさせない為に断っておくが、信用はしている。 俺が見たい――知りたいのは、ハイデヴューネ・ライン・アイオーン。 あんたがどれだけ信頼に値する人物なのか。 その器を見せてほしい』
なるほど。 俺の説明だけじゃ不足だったらしいな。
つまりは自分の目で判断しておきたいって訳か。
『さっきも言ったが連中は魔力に群がる性質がある。 あんたの聖剣を連中の鼻先にぶら下げてやれば即座に群がって来る。 つまりこの戦いの防衛対象はあんたの腰の聖剣だ。 俺としては体を張って守る必要がある以上はその辺をはっきりさせておきたくてな。 旗印に使えるのか、単なる敵を引き付けるだけの誘蛾灯なのか』
ヒエダは最後に「あんたはどっちだ?」と付け加えた。
聖女は少しの沈黙を経て、兜を脱いで素顔を見せる。 思わず止めかけたが、表情を見て不動を選択。
いつもの真っ直ぐな眼差しでヒエダの視線を受け止める。
「私は聖女などと呼ばれてはいますが、そこまで上等な人間ではありません。 聖剣を手にしたのも偶然、教団の長としての地位に就いたのも聖剣があるから。 流されるままに今の地位に就きました」
通訳のキタマは「これそのまま訳していいのか?」とやや困惑していたが聖女が頷くと覚悟を決めたのかはたまた彼女の視線に呑まれたのか素直にその言葉を伝える。
ヒエダは無言。 ただ、若干ではあるが目を細めるような雰囲気が伝わって来た。
「アイオーン教団の歩みは順調とは言い難く。 文字通り私達は忙殺される形で日々を過ごしました。 今に至るまでに乗り越えた苦難や命の危機は多く出した犠牲も多い。 彼らの命を無駄にしない意味でも私達は止まる訳にはいきません」
『それで? 俺としてはもうちょっと具体的な所を聞きたいな。 大義名分が要るのは分かる。 大人数を動かすには大仰な煽り文句が必要な事は理解しているからな。 ただ、俺が見たいのはもうちょっと深い部分だ。 あんたの言う大義名分は部下を擦り減らす為の方便か? 犠牲に報いるのは大いに結構。 だが、あんたはその犠牲に報いる為に更なる犠牲を出すって言っているように聞こえるんだが?』
「あなたの言う通りです。 私達は犠牲を出したくないと言いつつ犠牲を許容し、皆にそれを強要しなければならない。 恐らくですが、私は何らかの形でやってきた事の報いを受ける事になるでしょう。 ――だけどそれは今じゃない。 ヒエダ王、あなたの言葉は正しい。 実際、私は聖女と銘打たれているだけの空っぽな偶像だ」
聖女はそこまで言うと「だけど」と拳を握る。
「それでも、そんな空っぽな私にもやれる事とやるべき事がある。 エルマンさんが大きな隠し事をしている事は知っていました。 それが原因で心を病んでいる事も」
……おいおい、俺って傍から見てもそんなに酷い有様なのかよ。
病んでるって言い切られたぞ。 地味に衝撃を受けつつも聖女の話は続く。
『知っていて放置していたと?』
「はい、彼が口にしないのならそれは私達に話してもどうにもならない事だからです。 なら私達ができる事はエルマンさんを信じて自分にできる事を全力でやる。 それが私にできる最善と信じています」
ヒエダはなるほどと大きく頷く。 聞いている身としては胃が痛くなる話だ。
話してもどうにもならないのは事実だった。 アイオーン教団はオラトリアムに依存する形で成立している。 同時にあの連中のヤバさも理解していたのでそれを知った聖女やクリステラが暴走する事を危惧していた事も黙っていた理由の一つだった。
……つまり周りを信用していなかったのは俺だったって訳だ。
この有様も自身で招いた結果だ。 だからこそ理不尽を呪いつつも誰かの所為にはできなかった。
我ながら何をやっているんだと居た堪れない気持ちになって小さく俯く。
『信じる、か。 何とも真っ直ぐで重たい信頼だな。 エルマン。 お前が入れ込む理由はこれか?』
ヒエダの質問に俺はさぁなと返す。 成り行きで成立した関係って事は否定しない。
それでも積み上げて来た時間は本物で、そこで生まれた何かがある事は俺も信じている。
ヒエダの言葉、聖女の言葉。 その二つを聞いて少しだけ自分の内心に問いかける。
……あぁ、そうだな。
どいつもこいつも面倒事ばかり起こす上、手もかかるどうしようもない連中だ。
それでも俺はアイオーン教団という俺自身の居場所を気に入っていた。
結論が出ると少しだけ胸のつかえがとれたような気がして、気持ちが軽くなる。
『――全体的にふわふわしている感じは否めないが芯は入っているようだな』
「私――いえ、私達は合格ですか?」
ヒエダは大仰に肩を竦めて見せる。
『試すような真似をして悪かった。 エルマンの話を疑っていた訳じゃなかったが、もう少し薄っぺらいと聞いていたんだがな。 そうでもなかったので安心したぜ』
「――聞いていた?」
『いーや、こっちの話だ。 まぁ、信じるのはいいが、ある程度は労わってやらないとそっぽ向かれちまうぞ?』
ヒエダはそれだけ言って椅子から立ち上がる。
『地図で見たなら次は直接だ。 詫びも兼ねて案内するぜ』
聖女達はやや訝しみながらもその背を追うべくヒエダの後に続く。
俺も他と同様に立ち上がるが、思考は今の一言に向いていた。 今のは意図的に漏らしたのは分かる。
ヒエダも俺達同様にファティマの依頼でここにいる以上はオラトリアムと何らかの形で繋がっているのは分かっていた。
そこから聖女の過去を匂わせる前情報を貰っているのなら、オラトリアムは聖女の正体を掴んでいる?
「――マジかよ」
思わず呟く。
あいつ自身がオラトリアムと何らかの関係がある事は察していたが、向こうにも気付かれている?
ここまで割れているならもう兜は必要ないのかもしれないな。
折角楽になった胃痛がぶり返し、俺は溜息を吐いた。
誤字報告いつもありがとうございます。




