1121 「酒精」
続き。
「――という事があったんだ」
「それはお疲れだったな」
四回連続の見合いという非常に疲れる予定を消化した俺は疲れた体を引き摺って行きつけの酒場に向かった。 ただ、一人で飲むのもきついものがあったので、話を聞いてくれそうな連中を呼び出す事にしたのだ。
集まったのは俺を除いて三人。 疲労しきった俺の様子を見て、労いつつ肩を竦めているのはハーキュリーズだ。
「王族と見合いかぁ。 なんか緊張しそうですね」
今一つ想像し辛いのか微妙な感想を漏らしたのはカサイ。 一緒に来たキタマはカサイに同意するように何度も頷く。 障りがない範囲で事情を説明した後の反応がこれだ。
「……まぁ、分かり易い話ではあるな。 ウルスラグナ側としてもアイオーンとの関係強化を図ってうるさい連中に対する牽制としたいんだろう?」
「牽制っすか?」
ハーキュリーズに質問を挟んだのはキタマだ。 巡回で何度か一緒になった事もあってこの二人にはやや気安い空気があった。
「俺もこっちの情勢には疎いからはっきりとは言い切らんが、グリゴリ、グノーシスとの連戦で戦力の消耗はかなりのもののはずだ。 戦力の低下は国内の治安悪化の温床となる」
「つまりは犯罪の発生率が上がるって事っすか?」
「それだけならまだ可愛いものだが、この国は領主に分割統治させているんだろ? だったら警戒するべきは犯罪よりも反乱だ」
そこまで聞いて理解が広がったのかキタマは感心したように声を漏らす。
「お前等もユルシュルの一件は知ってるだろ? あんなのが何人も出て来るとは思わんが、下手に隙を晒すと行けると勘違いした馬鹿が現れかねんからな」
現在、ウルスラグナ王家の力は大きく落ちている。 現王の能力を疑問視する声もあると聞いているので、ユルシュルのような極端な例が少ないだけで成り代わって王になろうなんて考えている奴は割と多いのだ。
「一応、討伐に参加した身としては何度も見たい光景じゃないから、エルマンさんには悪いですけど良い話じゃないかって思いますね」
カサイの言う事ももっともだった。 ユルシュルの本拠はユルシュル王が自身の強化で犠牲にした民の死体の山。
それを直接見ている身としては思う所があるのだろう。 奴自身も裏切った仲間を三人殺しているので、尚更だ。
――だが、それは俺が当事者でないならといった但し書きが付く。
「気楽に言ってくれるぜ。 さっきも言ったが、全員が良妻であれと徹底されているから何を考えているのか分かり難い。 それに俺も立場上、養えはするが構ってはやれないからどこで不満を溜めこまれるか分からない怖さがある」
「あ、俺達の元居た世界でもありましたよ。 「家族と仕事どっちが大切なんだ?」ってなじられるやつですね」
「その辺は何処でも一緒なんだな……」
「俺達転生者も今でこそこんなナリですが、死ぬ前はしっかり人間なんでそんなデカい違いなんてないですよ」
こいつらが元々は普通の人間だったのは聞いているので驚きはないが、どこの世界でも文明が違うだけで考える事は大きく変わらないって事か。
「――で? 結局、誰にする事にしたんだ? 一番教育が行き届いてそうな長女か?」
ハーキュリーズは酒を飲みながら話を混ぜ返す。
表情は半笑いで面白がっている事は明らかだ。 この野郎と思いながらも上手い返しができずに黙る事しかできずにいた。
「選ばないって選択肢を――」
「ふっ、無理と分かっている事を考えても不毛じゃないか?」
ハーキュリーズは鼻で笑う。 最初はもっと落ち着いた感じの奴かと思ったが、距離感を掴むとこういった感じでからかって来る。 こんな感じのやり取りは死んだ親友のスタニスラスとやっていたので、少しだけ心地よかった。 それを聞いてカサイとキタマが笑う。
楽しい時間だった。 こんな時、スタニスラスが生きていればどんな感じになっていたんだろうか?
そう考えると少しだけ胸に寂しい風が吹く。 この世界では死ねば何も残らない。
だからこそ俺達生きている人間は死んだ連中の事を抱えて歩かなければならないのだ。
結局、誰を選ぶかは決められていないので答えは濁したが、酒はどんどん進んでいく。
異邦人の二人は元々、酒精に対する耐性が非常に高いので強いのは分かっていたがハーキュリーズも涼しい顔で次々と飲み干している。 お陰で酔っぱらっているのは俺だけだ。
何故だと酒で濁った頭で考えたが、ややあって気が付いた。 視線がハーキュリーズの腰にある聖剣へ向かう。 この野郎、聖剣で酔いを無効化していやがる。
俺の視線に気が付いたのかハーキュリーズは「今頃気が付いたのか?」と笑う。
「こ、このやろう――ひ、ひきょう……」
視界がぐにゃりと歪む。 口ではそう言いつつも何だか気分が良かった。
ここまで馬鹿な事を言い合って笑ったのは久しぶりだったからかもしれない。
俺はそのまま突っ伏して目を閉じた。
「ふむ、やっと潰れたか」
エルマンがテーブルに突っ伏して寝息を立てた所でハーキュリーズはグラスの酒を一気に呷る。
葛西が心配そうに軽く肩を叩いているが反応がない。
「寝かせといてやれ。 エルマン聖堂騎士殿はお疲れのようだ」
「……そうみたいですね。 なんというか結構、無理してるんじゃないかなって思ってはいたんですけど……」
葛西はそう言って手を引っ込めた。
「わざとアルコール――酒精が強い酒ばかり頼んでたんですか?」
「あぁ、こういう奴は溜めこむからな。 体の疲労は寝ればどうにでもなるが、精神の疲労――もうこいつの場合は疲弊か――は場合によっては中々抜けないからな。 こうやって吐き出させるのがいい」
「まぁ、そうっすね。 俺から見てもちょっと無理してる感があったんで……」
比較的、付き合いのある葛西だけでなく、そこまで絡んだ事もない北間ですらエルマンの憔悴具合は見ていられないものだった。
問題は理解しているのだが、どうすれば解決できるのかは見当もつかなかったので、見ているだけしかできなかったのだ。 彼らもこの世界に来てそれなりの時間を過ごしているが、転生前は学生だった事もあり、経験が偏っていた部分もあったので難しい問題だった。
その点、ハーキュリーズは聖騎士から長い期間現場を経験していただけあって、こういった問題の解消法にはいくつか心当たりがあったのだ。 要するに吐き出せるものは吐き出してすっきりし、明日への活力を回復させる。 彼自身もそうやって嫌な事を乗り越えて来た。
エルマンはアイオーン教団にとって必要不可欠な存在で、代わりが利かない。
ならばメンタルケアは入念に行う必要がある。 一時ではあるが悩みを忘れて酔い潰れたエルマンの表情は安らかだった。 何故、これほどまでに消耗するまで放置したのか?
これは聖女達の怠慢ではないのかとハーキュリーズは考えるが、聖女もクリステラもこういった事柄には疎そうな印象だったのでそれも難しいかと内心で小さく溜息を吐いた。
「取りあえず、注文した料理と酒を片付けたらエルマンを送るぞ」
ハーキュリーズがそういうと葛西と北間は異論なしと頷いた。
――ちなみに支払いはエルマンにツケておいてくれと言わなかった。
誤字報告いつもありがとうございます。




