1115 「家族」
続き。
「前にした私の家族の話は覚えてる?」
「……まぁ、覚えてはいるけどあんまりいい環境だったとは言えないな」
ジャスミナの家の話は聞いた事がある。
ラエティティア家。 代々ホルトゥナという組織を取り仕切っており研究を続けている一族だ。
ただ、問題は当主は一人で候補は娘であるジャスミナを含めて三人。
他は彼女の姉と妹だ。 聞いた限りではどちらも余り褒められた性格をしていないと聞いていた。
ジャスミナによれば姉は技術こそあるが、コミュニケーション能力に著しく欠けており、会話が成立するか怪しい生き物らしい。 その時はやや感情が籠っており、かなり厳しいコメントだったので嫌っている事は容易に察せられた。
北間の中ではジャスミナの姉は部屋から引き籠って出てこない上、会話が成立しない謎の生き物と認識されている。
――これ合ってるのか?
内心で首を傾げるが、まあいいかと頭には入れつつ深堀りはしなかった。
そして残りの妹なのだが、こちらも大概酷い。 万年発情していて男を誘惑しては体を使って誑し込んでいる枕営業の達人だとかなんとか。 こちらに関してはジャスミナの部下が取り込まれているので、達人かどうかは北間には判断が付かなかったが誘惑してくるタイプというのは理解できた。
それに妹に関しては葛西からも少し話を聞いていたので北間自身もいい感情を抱いていない。
何でもユルシュル討伐の折、逃げ出した異邦人の内三人を適当に言いくるめた上で薬か何かで理性を奪って嗾けて来たのだ。 結果、その三人は葛西に処分される事となった。
そんな事もあって妹は北間の中ではクソビッチと認識されている。
最後に母親だが――酷過ぎて最低といった感想しか出てこない。 育児放棄どころか娘の敵愾心を煽って潰し合わせるとか何を考えているんだ? 優れた者が後継者になるべきといった考えは分からなくもないが、そこまでやるなら最初から一人にしておけよと言ってやりたくなる。
碌でもない人間である事は理解しており、憎しみ合う事自体が仕組まれた事なのも理解していた。
だが、今までにできた海溝のような深い溝は埋める事は不可能だったようだ。
「――結局、私は妹の――ロッテリゼの手の平で踊っていた馬鹿な道化だったわ」
ジャスミナは自嘲気味に笑う。 これに関しては北間もフォローの入れようがなかった。
事実、部下の大半は寝返っており、報告や情報は都合よく歪められたものばかり。
それを信じて誘導され、最後には体よく殺されかけた。
――ここまでが北間が聞いたジャスミナの簡単な家族構成とその生い立ちだ。
「まぁ、その辺は聞いてはいたが、もう終わった話だろう? そりゃ当主になれなかったのは残念だったけど、結果が出ちまったものはしょうがないだろ? なら切り替えた方がいいんじゃないか?」
未だに三波の事を引き摺っている自分が何を言っているんだとは思うが、深刻な空気を出して気持ちを落としても仕方がないので北間は努めて明るい声を出す。
「……それともその家族絡みで何かあったのか?」
もう関係のない話のはずなのだが、話の流れ的に何かがあったのだろうか?
ジャスミナは黙り込んだまま否定しない。
――マジかよ。
「もしかして狙われたとかそんな感じか?」
だったら護衛か何かを付けた方がいいと葛西を通じてエルマンに頼む事を検討したが、そんな北間の考えを否定するようにジャスミナは首を振る。
「少し前に連絡があったと聞いたのよ」
「連絡?」
「えぇ、姉から。 会いたいんですって」
「姉? 確かリブリアム大陸の北に居るんじゃなかったか?」
妹に関してはグノーシスに身を寄せていたので居るとしたらクロノカイロスだ。
だが、教団崩壊に伴って現在は生死不明。 とにかく保身や取り入る事に長けているとの事でジャスミナ曰く必ず生きているとの事だが、姉に関しては生きているかは怪しいと思っていたので連絡があったのはかなり意外だったようだ。
リブリアム大陸北部は良く分からない点が多く、現在どうなっているかはっきりしていない。
辺獄の領域の氾濫があったとの未確認情報もあった。 ジャスミナの話では「人望がないから部下にあっさり捨てられて野垂れ死んでいるかもしれない」との事。 その為、連絡以前に生きているか怪しい状態だったのだが――。
「姉が生きていたのは分かったが、一体どうやって連絡を寄越したんだ。 ここに居るって話はそこまで漏れていないはずなんだが……」
「私にも分からない。 話を持ってきたエルマンの話だとどこかの勢力に身を寄せているらしいわ。 ――信じられない。 あの姉が誰かに従うなんて……」
「誰彼構わず噛みつくとか言っていたな」
「まったくもってその通りよ。 気に入らない事があるとすぐに怒鳴り散らすから会話が困難、はっきり言って魔物と会話を試みた方がまだ建設的ね」
「……そこまでかよ。 まぁ、話は分かったがどこかの勢力って――まさか……」
北間は思わず言葉を止める。
途中から嫌な予感はしていた。 葛西も少し触れていたがはっきりと言葉にしなかった勢力。
グリゴリ、グノーシスの大本を壊滅させた謎の組織。 恐らくアイオーンを裏で操っているであろう者達の存在を。
――その連中なのか?
エルマンが連絡を寄越した時点でその可能性は高い。
彼はアイオーン教団の重要人物だ。 そんなエルマンをメッセンジャーとして顎で使える存在はそう多くない。
――マジで何者なんだ?
グリゴリ、グノーシスと強大な敵を見て来たが単独ではなく勢力そのものを完全に滅ぼせる力。
どれほどの戦力を持っていればそれができるのか見当もつかなかった。
「はっきりとは分からない。 ただ、貴方の考えは正しいと思う。 姉は思った以上にいい立ち位置に納まっているみたいね」
「……大丈夫なのか? 姉はお前の事が邪魔なんだろ? なら、呼び出すって事は――」
「違うの。 私さえよければ会いに来たいと言っているそうよ。 嫌だったら断ってくれても構わないとも言われたわ」
「まぁ、確かにそれだけ強い勢力にいて権力も持っているならこんな回りくどい真似はしないか」
「私もそこが気になっているの。 どういう心境の変化なのかは知らないけど――どういうつもりなのかしら?」
「それで? お前自身はどう思ってるんだ? 姉と話したいのか?」
「えぇ、会おうと思ってるわ。 多分、この機会を逃せば二度とないと思うから」
そこでジャスミナは黙り込んだが、ややあって真っ直ぐに北間を見る。
「ジン。 貴方にお願いがあるの」
何となく察しつつも北間はジャスミナの言葉を待つ。
そして彼女は北間にある頼みごとをした。
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