1112 「平地」
続き。
「うーん。 本当に何にもないねー」
アスピザルは何もないまっさらな大地で小さく呟いた。
背後にはオラトリアムから持ってきた山脈。 遠くには元々あった丘や小さな山が連なっており、その向こうは海となっている。
ここはジオセントルザムのあった場所から南にある何もない空白地帯だ。
「綺麗に均されているし、本当に何もないわね」
時間が空いたのでアスピザルは夜ノ森を連れて、ここまで来たのだが……。
何もないので本当に何の感想も出てこなかった。
元々、ここには他と同様に自然が広がっていたが、グノーシスが地形ごと綺麗に掃除した事により何もない平らな大地と化していたのだ。
グノーシスがここを掃除した理由はいくつか存在するが、最も大きな理由はここが辺獄の領域――アザカルヴァーに開いている穴の真下になるからだった。
辺獄の氾濫が最終段階へと進み、世界ノ影が出現すればこの平地が真っ先に埋まる事となる。 グノーシスの目的はタウミエルの眷属群の侵攻ルートの誘導にあった。
周囲は山に囲まれ正面にはジオセントルザム。 現れた軍勢は真っ先にそこに食いつく事になるだろう。
するとどうなるか? グノーシスの首都が即座に敵で埋め尽くされるのだ。
本来なら歓迎するべきではない事の筈だが、グノーシスからすればジオセントルザムは早々に制圧された方が良いのである意味では理に適った配置だった。
何故ならその頃には逃げ出した者達は箱舟に避難しているので、世界がどうなろうと知った事ではなく、寧ろ真相を知って怒り狂った者達が箱舟の破壊を目論むかもしれないのでそれを防ぐ目的で制圧させて守らせるのだ。
「ほーんと、上手く考えたよね」
「えぇ、タウミエルの眷属は魔力に群がる習性がある。 逆に考えると魔力を発さない存在には見向きもしない」
箱舟は外部干渉に強く、魔力の循環は内部で完結しているので、外から見れば一切魔力を発していないように見えるのだ。 その為、タウミエルの攻撃対象から外れる。
後は傷を付けられる聖剣使い達を近づけないように早々に明け渡して守って貰えば、追って来られないといったある意味では合理的な退避方法だった。
「清々しいぐらいに完璧に残していく人達を使い捨てているね」
「正直、気分のいい話じゃなかったわ」
「まぁ、その箱舟ももうないし、やるしかないから見捨てる見捨てないの葛藤は抱かなくて済む分、多少は気楽だと思う事にしようよ」
「……そう、ね」
歯切れの悪い夜ノ森にアスピザルはその背を小さく叩く。
言いたい事があるなら吐き出しといたほうがいいよと彼女の背中を押したのだ。
夜ノ森はアスピザルの気遣いに感謝しつつ、溜まった悩みをゆっくりと吐き出す。
「アス君はこの戦い勝てると思う?」
「ごめん。 ここは気休めでも行けるっていう所かもしれないけど、ぶっちゃけると無理だと思ってる。 話を聞いた限り勝てる要素が皆無で逆転もロー頼みのギャンブルだ。 九十九パーセント死ぬんじゃないかな?」
敵の数はほぼ無限。 倒しても時間経過で復活するので撃破は時間稼ぎ以上の意味はない。
性質が悪い事に現在、辺獄に開いている穴の奥にいる本体ですら倒しても復活するらしいので、お手上げ以上の感想が出てこない。 この状況に対する最適解は逃げる事だろう。
アスピザルから見ても逃げるのは賢い判断だと思わざるを得なかった。 だが――
「逃げられないからやるしかないんだよねぇ……」
そもそも逃げるという選択肢がないので戦わざるを得ないのだ。
特にアスピザル達転生者は箱舟を使用できないと聞けば希望などどこにもなく、やれる事は一パーセントもあるか怪しい勝算に賭けて戦う事だけだった。
「……というか何で首途さんとローはあんなに自信満々なのかちょっと理解できないよ」
「そ、そうね。 悲観的になっても仕方がないとは思うけど、あれはちょっと……」
アスピザルは小さく溜息を吐く。 彼は他者の機微にとても聡い。
その為、考えている事などは高い精度で読み取れたりするのだが、あの二人に関しては読み取った上で理解できなかった。 ローはいつもの調子で「邪魔だから潰してくる」と淡々としており、首途に至ってはこれから祭りが始まると言わんばかりに楽し気に研究所に籠っている。
何より異常なのは二人とも負けるとは欠片も思っていない事だ。
アスピザルから見ても正気じゃないと言い切れる程、彼等の態度は世界の滅びに対して楽観的だった。
「いや、楽観とは少し違うか。 うーん、状況を受け入れてるのかな?」
アスピザルは独白のようにそう呟いて首を捻る。
「私にはあの二人が何を考えているのかさっぱり分からないわ」
「正直、僕もだよ。 控えめに言ってあの二人頭がおかしいから、無理に理解しようとしない方がいい。 ただ、何をどうしたってやる事は変わらないから色々と振り切って考えるのは精神衛生上、いいかもしれないね」
アスピザルの言葉に夜ノ森は渇いた笑い声をあげる事しかできなかった。
タウミエルの出現はオラトリアムでは周知の事実となっている。 それを聞いた後の反応は様々だったが、最終的には打倒タウミエルを掲げて戦意を煽り始めるのはオラトリアムならではだろう。
中でもロートフェルト教団を名乗るローを信奉するオラトリアムの内部組織の異様さは群を抜いていた。
真の神はロートフェルト様なのでタウミエルとかいう神敵は滅ぼされる事が決定していると真顔で喧伝して回っているのだ。 その光景はアスピザルですら「こいつらヤバい」としか形容できない物だった。
サブリナを筆頭に様々な種族の者達が一様に戦勝記念オベリスク(三つに増えた)とローを象った巨大な黄金の像に祈りを捧げている姿は控えめに言って近寄るのを躊躇する光景で、何より恐ろしいのがその光景を見てサブリナとつい先日まで敵だったはずのグノーシスの教皇が「素晴らしい。 素晴らしい」と感動の涙を流しているのだ。
お前、ちょっと前まで敵だっただろうがといった真っ当な感想は呑み込むしかなかった。
サブリナもそうだが、教皇も洗脳されている事は間違いないので何も言えなかったのだ。
狂っているとしか形容できないその光景は平和なオラトリアムの裏側に存在する狂気をはっきりと表していた。
誤字報告いつもありがとうございます。




