1099 「宗改」
続き。
数時間程の授業を終えたヒュダルネスは疲労に小さく息を吐きながら緊張で固まった体をほぐす。
思ったよりも広い講義スペースで聞きに来た生徒も多かった。
凄まじい数の異形に何故か一番後ろにサブリナがいた事が謎だったが、努めて気にせず講義を行う。
正直、自分より権能を扱えるのだからお前がやれよという気持ちはあったが、与えられた仕事に手を抜く気はないので全力で取り組む。 特に権能は感覚的な部分が多いので、その点の説明にはかなり神経を使ったがどうにか切り抜けられた。
その甲斐あってか反応は割と良く、ヒュダルネスはちょっとした手応えを感じており、やっていけそうな気がすると自信を付けていたのだ。
次回以降は話す内容を整理した資料的なものを用意した方がいいかもしれないとヒュダルネスはブツブツと考えながらさっきまで講義を行っていた建物を後にする。 イフェアスは別の仕事があるとの事で何処かへ行ってしまった。
時間が空いたので何の気なしに外で行われている戦闘訓練を眺める。 遠目で見ても練度の高さが良く分かる程に誰も彼も動きが良い。 最初はぼんやりと眺めていたが、その中でふと目を引く戦いがあった。
片方は筋骨隆々とした大柄な男でもう片方は生体鎧とも言える異形――レブナントだ。
レブナントは高い身体能力を生かして木剣で巧みに斬りかかるが、大柄な男は木でできた槍で器用に全ての攻撃を叩き落す。 上手いなとヒュダルネスは素直に感心した。
レブナントの剣も見事だが、大柄な男の槍捌きは特に素晴らしい。 石突部分で弾きながら器用に回転させて返しの攻撃に繋げている。 何よりも見事なのはあれだけの攻防を繰り広げながらも間合いを一定に保っている事だろう。 レブナントが踏み込めば下がり、押し込まれそうになると返しの攻撃で相手を下げる。
体格が良いからなのか男の構えはやや高く、攻撃は上からの振り下ろしや突きが多い。
レブナントは途中でそれに気が付いたのか隙を窺っているようだ。 恐らく次に押し込むタイミングで身を低くして下から切り込むつもりだろう。
ヒュダルネスは何故この二人の戦いが気になったのかも忘れて食い入るように視線を向ける。
レブナントが怒涛の攻めを見せ、大柄な男は見事な槍捌きで押し返す。 ここまではさっきと同じ展開だ。 変わるのは間違いなくここからだろう。
――動く。
ヒュダルネスはそう確信し、それは現実となる。
レブナントが身を低くして攻撃を掻い潜ったからだ。 長物の弱点は間合いの内側。
距離を潰すのは理に適っているといえる。 突きに合わせて懐に入るが、男の取った行動はヒュダルネスの想像を超えていた。 何と槍を手放したのだ。
無手でどうするのだと思ったが答えはすぐに出た。 男はレブナントの斬撃を旋回したとしか思えない程の見事な足運びで躱して背後を取るとレブナントの胴を丸太のような両腕でがっちりとホールド。
そのまま地面から引っこ抜いて大きく仰け反るような姿勢でレブナントの頭を地面にたたきつけたのだ。
ヒュダルネスは知らなかったが、それは所謂バックドロップというプロレスという格闘技で用いられる技に近い動きだった。 凄まじい勢いで脳天を地面に叩きつけられたレブナントは死んではいないがダメージが大きいのか動けないようだ。
男は手を差し出すとレブナントはそれを掴んで立ち上がる。
「どう? てんせいしゃのおじちゃんにおしえてもらったわざなんだけどびっくりした?」
「えぇ、驚きましたよ。 簡単に間合いに入れたので誘われたかなとは思ってましたが、槍を捨てるのは流石に予想外でした。 完敗です」
仲が良さそうに話している二人の会話を聞いてヒュダルネスは目を見開く。
彼は何故、自分があの二人の戦いに注目したのかその理由に思い当たったからだ。
レブナントの動きに見覚えがあり、それは非常に見知った相手だった。
ヒュダルネスは慌てて二人に駆け寄って声をかける。
「お、お前、ウィルラートなのか!?」
ウィルラート・クリント・サンディッチ。 ヒュダルネスと同じグノーシス教団の救世主だった男だ。
先の戦いで死んでしまったものと思っていたのだが、生きていたのか? 同じく同僚のフェリシティ、フローレンスの両名は死亡が確認されていたのは聞いていたが、彼に関しては良く分かっていなかったからだ。
レブナント――サンディッチはヒュダルネスに気が付くと何事もなかったかのような態度で親し気に手を上げる。
「ヒュダルネス殿ではありませんか。 あまり時間は経っていませんが、随分と久しぶりに感じますね。 元気そうで何よりです」
「あ、あぁ、お前も無事でよかった。 いや、そんな事よりもその姿はどうしたんだ?」
「自分はあの戦いの中で捕虜となりまして。 後にオラトリアムの祝福を受ける事となりました」
「しゅ、祝福?」
ヒュダルネスが理解が追いつかないといった口調で尋ねるがサンディッチは気にせずに大きく頷く。
「人間という制限から解放された事で力が漲っていますよ。 素晴らしい気分ですね。 代償として権能を失いましたが、後から習得し直せるとの事なのでそう悲観はしていませんよ。 ――それにしてもオラトリアムは素晴らしい所ですね。 この国の国教であるロートフェルト教団に改宗したのですが、素晴らしい教えで今まで悩んでいた事が全て馬鹿らしく感じる程に晴れやかな気分になりました」
――何を言っているんだこいつは?
声は肉体が変化した影響なのか歪んで聞こえるが、サンディッチそのもので口調にも違和感を感じない。 だが、言っている事は本人とは思えなかった。
あれほどまでにグノーシス教団に身命を捧げていたサンディッチが、簡単に改宗などと言いだす訳がない。
――にもかかわらず、彼は心の底から嬉しそうにオラトリアムの素晴らしさを語っている。
洗脳でもされたのか? 真っ先に浮かんだのはそんな可能性だったが、洗脳特有の意識の混濁や異常は見受けられな――いや、言っている事は異常だったが、口調は正気そのものだったのだ。
訳が分からない。 ヒュダルネスは強い困惑に襲われるが、ややあって察してしまった。
サンディッチはこうならざるを得ない程に恐ろしい目に遭ってしまったのだろう。
一体、どうやればあれ程の信仰心を持った彼の心を圧し折れるのだろうか?
さっぱり分からなかった。 もしかしたら知らない方がいいのかもしれない。
恐らくだが、下手を打てば次は自分がこうなるのだろうとヒュダルネスは悟る。
失敗できないなと内心で恐怖に震えつつ、心の底から嬉しそうにロートフェルト教団の素晴らしさを語っているサンディッチの話に相槌を打った。
誤字報告いつもありがとうございます。




