1098 「講義」
別視点。
「行って来る」
「えぇ、いってらっしゃいあなた」
元グノーシス教団「救世主」オーガスタス・ケニ・ヒュダルネスは妻に見送られて今日も出勤する事になった。 あれから日数は経っていないにもかかわらず彼等の生活は一変する事となる。
オラトリアムによるクロノカイロス襲撃。 それによりグノーシス教団は崩壊。
生き残りは虜囚となるか殺されるかの二択となった。
大半がそのどちらかの道を辿っている中、彼は比較的ではあるが好待遇で取り込まれたと言える。
最初の変化は住居の変化だ。 ジオセントルザムの中央に近い位置にあったのだが、現在は街の外に引っ越している。
そしてヒュダルネスにとって最も大きい変化は労働環境の変化だ。
彼の業務内容は完全に別物と化し、現在は研修と言う形でかなり多忙な日々を送っている。
オラトリアムの業務内容はかなり細かく決められており、担当者の指示を聞いて言われた通りの仕事をこなす。
ヒュダルネスは当初、奴隷のような重労働を科せられるのかとも思っていたがそんな事はまったくなく、決められた時間になれば早々に帰れと言われる。
一応ではあるがノルマが決められているが、仮にそれを達成できなかったとしても帳尻さえ合えば何もなさそうだった。
ヒュダルネスは家族の命がかかっているので手を抜かずに毎日言われた仕事をしっかりと達成して引き上げている。 彼にとって意外なのはどんな立場であろうとも無体な扱いをされない事だった。
加えて同僚や上司となった者達は様々な種族で、寧ろ人間の方が少ないぐらいだったが彼等は流暢に人間の言葉を操る。 ヒュダルネスにとっての驚きはその言動に人間と同等の深い知性を感じたからだ。
亜人種は人間以下、魔物以上の知能レベルと教えられてきたので、その衝撃は計り知れなかった。
そして戦闘訓練の風景を見学した所で、何故グノーシス教団が敗北したのかを嫌という程に理解させられる。 実戦を想定した訓練はグノーシスでも行って来たが、多数での連携を主眼に置いた作戦行動はあまり行ってこなかった。
理由としてはグノーシスは基本的に連携よりも個々人の能力に重きを置くので、連携の練度はそこまで高くない。 そこらの国の軍隊と同等以上に戦えるだろうがオラトリアムの練度は桁が違った。
特定分野に特化した能力にそれを最大限に活かせる連携。 ヒュダルネスから見ても尖った能力の者達が最大限に実力を発揮できる環境。
――そして目の当たりにしても理解できない兵器群。
ヒュダルネスは魔導外骨格に関してはある程度の知識は持っていたが、エグリゴリシリーズと呼称される存在は彼にとっても想像を遥かに超える代物だった。
単体でも凄まじい戦闘能力を発揮しているにもかかわらず、連携を前提として運用しているのだ。
エグリゴリシリーズの最も恐ろしい点は動かしているのがゴブリンだった事だろう。 ゴブリンは基本、物量で攻める事を得手としている下等種族で、身体能力、知能共に人間に比べればかなり見劣りするというのが常識だった。
そのゴブリンが単体で聖堂騎士を圧倒する程の戦闘能力を獲得できる。
技術力が違いすぎる。 グノーシスにもエメスという技術者集団の協力組織があったのだが、明らかにレベルが違う。 そして――
ヒュダルネスはすっかり変わってしまったクロノカイロスの風景を眺める。
遠くには広大な畑が広がり、破壊された街は各所が別物と入れ替わり、なかった筈の山まで存在していた。 これは転移魔石による物だろう。
オラトリアムは最初からクロノカイロスを占領して自分達の物とするつもりだったのだ。
街を躊躇なく破壊したのは本拠を丸ごと持ってくるつもりだったからだろう。
もう完全に別の土地と化したクロノカイロスは完全にオラトリアムの直轄地として機能し始めている。
街には人間以外の種族が大量に行き来し、以前までの面影すらない。
当然、首都であるジオセントルザムも大半が入れ替わっており、城と大聖堂以外の大半は良く分からない施設などに置き換わっていた。
――これから自分達はどうなるのだろうか?
自分と妻は解放されたが、娘は囚われたままだ。
ただ、一日一回、妻だけは近所の教会へ行けば会わせて貰えるので無事を確認できている事が救いか。
特に無体な事をされている訳でもないようで、彼を脅迫――ではなく勧誘した修道女サブリナは約束を守ったと言える。
グノーシス教団は解体。 法王は死亡し、教皇は恭順の意を示した。
この有様では立て直しは不可能だろう。 その為、生きて行く為にはオラトリアムへ忠誠を誓う事以外に道はない。 ヒュダルネスはその事実をしっかりと理解していたので、職場が替わったのだと前向きに考えて真面目にやろうと気合を入れる。
今日は訓練所で権能の講義を行った後、戦闘訓練を受ける予定だ。
救世主は貴重なので円滑な権能習得の講師として期待されている節があった。
ヒュダルネスとしてはここらで有能な所を見せておきたかったので、渡りに船といえる。
訓練所では走り込みをしているオークやトロール、銃杖で射撃練習をしているゴブリンや人間。
試合形式での戦闘訓練を行っている者や、終わったらしく何故負けたのか、ここが良かったので意識するべき点の洗い出しなどを話し合っている者達と様々な者が様々な形で自己を高めていた。
「来たか」
到着したヒュダルネスを出迎えに来た者がいた。
黒い全身鎧のような姿だったが、そういう生き物だと知って驚いた事は記憶に新しい。
イフェアス・アル・ヴィング。 元聖堂騎士との事で非常に話し易い相手だった。
「待たせてしまい申し訳ない」
「いや、そこまで待っていないから気にしなくてもいい。 今日から権能に関する講義を頼む」
「分かりました。 ところで質問をしても?」
「何だ?」
「魔導書の量産に成功していると聞いているので、自分の講習は需要があるのでしょうか?」
ヒュダルネスにとってはその辺は知っておきたい所だった。
自分の価値を高める意味でも需要があるなら力を入れるべきだし、ないなら他の面でも頑張る必要があるからだ。
「あぁ、あるぞ。 魔導書は優秀な装備ではあるが、接近戦を主とする者達からすれば片手が塞がるので余り使いたくないんでな。 なしでも使えるようになりたい奴が結構いる。 そんな訳で期待しているぞ?」
イフェアスは表情こそ不明だが、声の調子で苦笑したようだ。
ヒュダルネスはその返答に内心で胸を撫で下ろしてどう教えれば伝わるだろうかと考えながらイフェアスと共に講義を行う場へと向かった。
誤字報告いつもありがとうございます。




