1091 「良案」
「あるといっても実行できるかは別の話じゃがな」
その言い回しに察しの良い連中が気が付いたのか、ヴェルテクスは鼻を鳴らし、アスピザルは大きく肩を落とした。
「いや、もうここまで聞いたら察しは付くよ。 この状況って第一の聖剣と魔剣が混ざっているから発生しているんでしょ? なら分離させればいいんじゃないの?」
「おぉ、察しが良いな。 その通りじゃ、あくまでこの状況は神剣の存在を起点としておる。 破壊は不可能とは思うが、分離さえできればどうにかできるかもしれんというのが今まで集めた情報から導き出された結論なのじゃが……」
その神剣に近づく事も問題だが、接触する事自体が非常に難しい。
少なくとも今まで神剣に挑んで成功した奴はいなかったようだ。 まぁ、それができているならこんな状況になっていないか。
実際、タウミエルと世界の滅びへの対処法ははっきりしている。
神剣の分離。 元の聖剣と魔剣に戻す事が出来ればこの歪に繋がった世界は分離し、それぞれ独立した存在として確立する事になるだろう。 そうなればタウミエルは攻撃対象を失う事で無力化ができるのではないかと思われている。
タウミエルは世界を滅ぼして辺獄と現世を入れ替えるのが目的である以上、その目的を奪えば存在する意味がなくなるからな。 ただ、本当に消えてくれる確証はないので、やってみなければ分からないという但し書きは付くが。 あやふやな勝算だが、ないよりはマシと言った所か。
「いやぁ、無理なんじゃない? というかグノーシスでも無理だから諦めて逃げる方向で考えてたんじゃないの?」
「そうじゃな! グノーシスも全盛からかなり力が落ちているので突破すら不可能じゃろう。 だが、オラトリアムの戦力なら突破ぐらいは何とかなりそうではある」
アスピザルは表情こそ半笑いだが、目はまったく笑っていなかった。
教皇の返答も想像の範囲内だったのか露骨に不安そうにしており、夜ノ森は何か言おうとして言葉が出てこないのかオロオロと視線を彷徨わせている。
ヴェルテクスは何故かこちらに視線を向けていた。 あぁ、これは気が付いているな。
エゼルベルトも同様なのか視線を向けてきており、こちらは俺の魔剣に注がれていた。
「……一応聞くけどさ、神剣に対する勝算ってローだよね?」
なんだアスピザルも気が付いていたのか。 聖剣は適性の問題で誰が持てるか怪しいが、魔剣に限って言えば俺は問題なく扱えるので可能性といったレベルだが神剣に対しての見込みがあるらしい。
神剣だのなんだのと言われているが、半分は魔剣なので俺なら行けるんじゃないのかというのが教皇の見解だった。 どうやら俺は全ての魔剣に対しての適性があり、今まで失敗した連中は聖剣に適性はあったかもしれんが魔剣部分に弾かれた可能性があったからだ。 俺も聖剣部分に弾かれるかもしれんが魔剣部分にはまず弾かれないと考えられているので、期待値は非常に高い。
正直、半信半疑ではあったが、他よりは可能性があるのでどうにか神剣を手に入れて制御に成功すれば世界の滅びを防げるかもしれないとの事だった。 最大限、上手く行けばタウミエルも制御できるのではないかとも考えられていたがそこまで行くとただの皮算用だ。
最悪、分離だけでもできれば世界の切り離しができるので、滅びを回避するという目的は達せられる。
問題はさっきから言われているが、俺自身がタウミエルを突破して神剣の下へ辿り付くというかなり難しい綱渡りをする必要がある事だ。
「そうだな。 俺が挑戦する事になる」
「で、失敗したら世界滅亡?」
その通りだ。 分かりやすくて良いな。
俺は言うまでもないだろうと大きく頷いた。 アスピザルはそれを見て頭を抱える。
「簡単に言うけどさ。 失敗したら世界滅亡の博打も問題だけど、今回は相手が大きすぎるよ。どうせローの事だから一人で突っ込んでいくんでしょ? もうはっきり言うけど君に何かがあった場合、仮に勝負に勝ってもオラトリアムは終わる。 明確な勝算があるなら僕としても止める気はないけど、今回は上手く行っても最後には神剣を扱えるかの博打。 馬鹿々々しいにも程があるよ。 それなら破壊する方法を模索する方がまだ現実的だ」
「俺もそいつに同意見だ。 勝てる確信もなしにそんなヤバい化け物の群れへ正面から突っ込む? 正気で言っているのか?」
俺が頷くとアスピザルとヴェルテクスはほぼノータイムで否定を口にする。
夜ノ森は二人ほどストレートではなかったがやんわりと「まだ時間もあるし別の手段を探した方がいいんじゃない?」と口にした。 エゼルベルトも口には出さなかったが否定的のようだ。
ちなみにこの話が始まる前にファティマはかなりの難色を示していたが、俺がやると言えば最終的には頷いた。 その為「何とか言ってほしい」と言わんばかりのアスピザルの視線を受けても特に反応を示すことはなかった。 確かにこいつ等の不安も良く分かる。
つまるところ、こいつ等はアレだ。 俺が自殺しに行くと思っているらしいな。
確かに博打ではあるが、神剣に挑むところまではちゃんと手は打ってある。
その為に必要な物も首途に依頼済みだ。 だから俺はアスピザル達の顔を見て大きく頷いて見せた。
「心配するな。 俺にいい考えがある」
安心させる為に言ったつもりだったのだが、それを聞いてアスピザルは「あぁ……」と顔を覆ってテーブルに突っ伏し、ヴェルテクスは溜息を吐いて座っていた椅子に背を預けて天を仰いだ。
「うん。 まぁ、どっちにしろ戦わないと滅ぶだけだからやらないといけないと割り切るとして、折角の機会だし他の話も聞きたいんだけど?」
「儂に答えられる事なら構わんぞ?」
ややあって落ち着いたのかアスピザルが話題を変えて来た。
教皇は特に難色を示さずに質問をせよと促す。
「なら遠慮なく。 グノーシスの歴史と世界の滅びに関してはざっくり聞いたけど、例の箱舟だっけ? アレに関しての詳細を聞きたいかな? 使えないのは分かっているけど、興味はあるからね」
「ふむ。 我等が知っておるのはあくまで使いかたとそれが及ぼす効果じゃ。 それを念頭に置いて聞くのじゃぞ」
実際、あのオブジェクトは良く分かっていない部分が多い。
魔力の供給に聖剣か魔剣が必要で、供給量に応じた許容量を得る事が出来る。
そして基本的には破壊不可能。 例外は聖剣と恐らく魔剣。
今までに出て来た情報としてはそんな物だろう。
誤字報告いつもありがとうございます。




