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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
27章

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1075 「帰否」

続き。

 こんにちは。 梼原(ゆすはら) 有鹿(あるか)です。

 戦争も終わり、わたし達の日常にも平和が戻りました。


 ――ただ、何も変わらなかった訳じゃない。


 これからわたし達の生活は変わらないけど、生活環境(・・・・)は変わる。

 それに備えて周囲はやや慌ただしくなった。 具体的には埋設作業があちこちで行われる事だ。

 何を埋めているのかと言うと転移魔石らしい。 移動手段として便利なのは知っているけどわたしも詳しくは理解できていない。 認識としては場所と場所を入れ替える便利なアイテムぐらいかな。


 そんな物を埋めてどうするのかと言うと、転移を行う以上はやる事は一つだ。

 引っ越し。 これからオラトリアムはクロノカイロスへ全ての機能を移す。

 文字として並べるとあぁ引っ越すんだといった感想なんだけど、問題はその位置が世界の反対側である海の彼方にある事だった。


 普通に考えるなら移動が大変そうだといった感想なんだけど転移で一瞬らしいから魔法って凄いなぁ……。

 どうも土地ごと持って行くのでわたし達みたいな直接引っ越し作業に関わらない人達には特にやる事はない。 いつも通りに作業して当日は自宅待機で転移の時を待つだけとなる。


 転移の概要は事前に聞かされていたけど、いつもの事ながら凄まじい。

 本当に土地を丸ごと持って行くみたいだ。 屋敷だけじゃなくて居住区画に畑、山脈、森の一角。

 オラトリアムを回す上で必要な物は全て持ち出して向こうで使うみたい。


 ここ最近、流通関係で動きがあったのはこれが理由で、オラトリアムはウルスラグナから完全に独立して国家を形成する事になるとの事。 その為、もうウルスラグナと取引をする必要がない。

 今後も徐々に絞って行き、最終的には完全にこの大陸から手を引くみたい。


 ……大規模なお引越しかぁ……。


 感想としてはそれ以上のものは出てこない。 何故なら住み慣れた土地を離れる訳ではなく、土地ごと引っ越すのでこれからやる事は何も変わらないからだ。

 精々、空と気候が変わるぐらいならわたしにとっては些細な変化としか言えない。

 

 ここはウルスラグナという大国の一角に位置している事は勿論知っているけど、生活したのかと言われると語弊もあるし、愛着があるのかと聞かれるとそうでもない。

 だから、はい分かりましたと何の抵抗もなく受け入れられたのだ。 正直、今のわたしは上手に日常を過ごす事しか考えていない。


 以前だったら帰る方法に思いを巡らせたのかもしれないけど、今となってはもう馬鹿々々しいとすら思っていた。

 何故ならもう半ば以上、帰れない事がはっきりしていたからだ。

 転生者の研究に力を入れているヒストリア――エゼルベルトさんが現れた事で話を聞く事ができた。


 個人的にも帰れないなら帰れないとはっきりさせたかったし、もしも方法が存在するならこの体を何とかしなければ日本に戻れないし、戻ったとしても人間として見て貰えない。

 帰るなら元の姿を取り戻す事とセットになる。

 

 エゼルベルトさんに話を聞く機会があったので、思い切って尋ねてみる事にした。

 正直、そこまで期待していなかったので「はっきりと言ってください」とお願いしたので、エゼルベルトは言い難そうにはしていたけどはっきりと答えてくれた。


 彼の考えでは「帰る事はほぼ不可能」といった結論が出ていたみたい。

 それともう一つ。 転生者が元の人間の姿に戻る事は完全に不可能と言い切られた。

 少なくとも転生者は今の姿になった事で別の生き物に転生――完全に別物となってしまったらしい。


 同様に世界の外に出る所までは可能かもしれないけど、何処に元居た世界があるのかも不明で移動手段もないので途方もない先の将来には可能性があるかもしれないけど今は無理との事。

 最初から期待はしていなかったので、特にショックを感じなかった。 胸に落ちて来たのはただの納得で、失望は欠片も感じなかった。 わたしとしては失望しなかった事の方が驚きだった。

 

 ……どうしてだろう。 最初はあんなに帰りたいと思っていたのに……。


 もう日本で過ごした日々の方が夢なんじゃないかとすら思い始めている。

 それ程までにオラトリアムでの生活は充実しており、皆に頼られ、頼りにされる事に深く満足していた。 皆はどう思っているのかは分からないけど、わたしは皆の事を家族のように思っている。

 

 少なくとも絆はあると信じているので、そんな彼等をおいて自分だけ帰れるの?と聞かれるとわたしは頷く事はできないと思う。

 両親には申し訳ないとは思うけど、少なくとも彼等は今のわたしを必要としてくれている。

 それにわたし自身が応えたいと思っているので、帰るといった選択肢が現れたとしても素直に首を縦に振る事はできない。

 

 そんな考えを振り払ってわたしはよしと気合を入れてこれから向かう場所へ足を早める。

 


 「こんにちは!」

 「はいこんにちは。 最近は動きにキレも出てきていい感じですね」


 着いた場所は訓練所。 指導を行っていたハリシャさんに挨拶をしてから、体を解す為に準備運動。

 オラトリアムの住民は週に数回はここで訓練を行う事を義務付けられている。

 なによりも凄いのがファティマさんやメイヴィスさんも時間が空いた時にはここに来る事だ。


 偉い人は基本的に上から偉そうに指示を出すものと思っていたけど、自分で動いて見せる事の大切さが良く分かった。 実際に彼女達が額に汗して――汗し……あれ? 汗かいてたかな?

 

 ……というかファティマさんってあんなお姫様みたいな見た目しているのに普通にジャージみたいな運動着を着ているのはちょっと衝撃だった。


 それ以上に剣や槍などの扱いも凄まじく、練習相手のレブナントさんとかなりいい勝負しているのは素直に尊敬する。 多分、わたしじゃ絶対に敵わない。

 特に武器や能力使用自由の模擬戦ではあの人が負けている所を見た事がなかった。


 全身を防具でガチガチに固めたレブナントさんや亜人種の皆さんが冗談のようにポンポン飛んで行っているのを見たらもう笑うしかない。

 

 「では今日は私が担当となるのでちょっと動きを見せてください」

 「はい! よろしくお願いします!」


 ハリシャさんに挨拶をして案山子みたいな人型の土の塊相手に腕を振るう。

 わたし達転生者はベースとなった虫や動物の特性を色濃く備えているので、武器の扱いに向いていなければその特徴を最大限に利用するようにというのがハリシャさんの言葉だ。


 思えばここに来る回数も思い出せない程になって来た。

 最初は走り込みなどの基礎的なトレーニングに始まり、とにかく人の形をした者へ攻撃する事への躊躇を捨てる事を教えられた。 当時はハリシャさんは居なくてトラストさんだけだったけど、何をするにも怖がっていては始まらない。 恐れと緊張は動きを止めるとはトラストさんの言葉だ。


 逃げるにしても最低限は動けるようにはなるべきと納得はしていた。

 その後は攻撃手段の模索。 私には武器を扱う才能はなかったけど鋭い爪と――アレがある。 

 腕を振るうと土で出来た人形が爪に斬り刻まれた。

 

 ハリシャさんはその様子を見ながらあれこれと意見をくれてわたしが修正していく。

 間が開くとフォームが崩れるのでそれの調整を兼ねた訓練だったりするのだけど、ハリシャさんは根気強く教えてくれる。 


 いつもすみませんと頭を下げた事もあったけどハリシャさんは笑って許してくれた。


 ――そもそもあなたは非戦闘員。 本分は戦闘以外なのでそれは仕方がありません。 ですが、身の守り方は知っていて損はありません。 そして我々戦闘員は非戦闘員の支援があってこそ成り立ちます。 私としてはあなた方の安全を守る一助となるのは望むところ。 苦ではありません!


 そう言ってくれた彼女の言葉は今も心に残っている。

 

 「はい、もう結構です。 ちょっと実際に動いている所を見たいのですが……。 あ、トラスト殿、誰か貸して頂けませんか?」


 ハリシャさんはトラストさんへ声をかけるとわたしの方をちらりと見た後、小さく頷く。 


 「……動きを見るというのならちょうど手頃なのがおったな。 瓢箪山、模擬戦の準備をせよ」

 「え!? オレっすか!?」


 トラストさんが声をかけたのは木剣の素振りをしていた瓢箪山さんだった。

 

 「まぁ、いいっすけど、相手は――あ、梼原さんだ。 こんにちはー」

 「こ、こんにちは」


 この流れだと瓢箪山さんの相手をするのかな……?

 考えるまでもない事で模擬戦用の広い場所でわたしと瓢箪山さんが向かい合う。

 

 「そういえば梼原さんとやるのは初めてっすね。 まぁ、お手柔らかに頼みます」

 「よ、よろしく」


 瓢箪山さんは木剣、わたしは素手だ。 審判はハリシャさん。

 

 「勝敗の判断はこちらでします。 瓢箪山君は木刀以外は使わないように。 では始め!」

 「言われなくても試合で音波系の能力なんて使える訳ないじゃないっすか……。 まぁ、木剣の扱いもそろそろ慣れて来たんで問題は――どわぁ!?」


 瞬間、瓢箪山さんが盛大にひっくり返った。

 わたしは転倒して無防備になった瓢箪山さんを爪で軽く突く。

 それを見たハリシャさんが溜息を吐いて手で顔を覆う。

 

 「はぁ、そこまで。 素振りと走込みでもやって反省しなさい」

 「あー……痛ってて、何が起こったんだ? ――あ、どうも」


 わたしが手を差し出すと瓢箪山さんは掴んで立ち上がる。

 何が起こったのかと言うとわたしが伸ばした舌で足を引っかけて転ばせただけだ。

 私の舌はかなり伸びる。 使い方によっては鞭のように振り回す事も出来るけど、そういった使い方はできなかったので今に落ち着いた。


 「何か理不尽なものを感じる」と呟きながら瓢箪山さんは去って行き、ハリシャさんはお見事ですと褒めてくれた。


 「実戦では使うのは難しそうですが、こう言った場では意表を付けますね。 成果が出ているようで非常に感心です」

 「はい! ありがとうございます!」


 わたしの返事に満足したのかハリシャさんは大きく頷いた。

 最初はやるべき事をやっていればいいと思っていた。


 ――でも、ここはもう私にとっての居場所なんだ。


 出来れば最後まで皆とここで――そう祈らずにはいられなかった。

誤字報告いつもありがとうございます。


今回で二十七章終了となります。 ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


次回から二十八章となります。

当初は最終章の予定でしたが、前振りや準備関係が長引きそうなので、もう少し続きそうです。


最後にストックがそろそろ心許なくなってきているので、ペースが落ちるかもしれません。

もしも更新が止まったら察して頂ければ幸いです。

終盤ですが今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] キリいいとこまで来ましたよー! めっちゃ面白いっす!応援してます!
[良い点] 有鹿ちゃん?(中学生だったけど今何歳?)初登場時の状態を考えると素晴らしい成長ぶりですね。地球では死んでいると考えるよりも、今の現実を受け止められるようになるとは…正直人間ベースと異なる状…
[一言] やっぱり梼原回は安心します 順調に出世してますし何気に戦闘力も上がってる、良いですね ハリシャって普段はあんな感じなんですね…普通にいい人 戦闘中はおかしくなってますが()
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