1063 「聞流」
魔剣の障壁を展開するが広げた端からボロボロと崩れているので効果は余り期待できなさそうだ。
あぁこれは喰らうなと身構える。
教皇の攻撃は当然のように魔剣の障壁を突破して全身に衝撃が叩きつけられた。
……流石に効くな。
教皇を無言で観察する。 何かおかしいと思ったからだ。
取りあえず技量に関しては――まぁ、仕方がない。 普通に向こうが上だな。
ただ、それ以外に関してはやや疑問が出てくる。 合計で十種類の権能を起動できている事に関しては特に気にはならない。 出来る奴だったというだけで片付くからだ。
問題はそれをどう維持しているかにある。 権能に関しては俺も使っているので、燃費の悪さに関してはよく理解している。 その為、あれだけの数を高い水準での長時間維持は自前の魔力だけで賄うのは現実的ではない。
十中八九何らかの手段で外部から供給していると見ていいだろう。
問題はそれが何かだ。 最初はあの錫杖かとも思ったが違うような気がする。
普通に攻撃に使っている事を考えても純粋に武器として運用しているようにしか見えない。
……となるとこの部屋自体がそうか?
可能性としてはかなり高いが、どうやってこの部屋から魔力を引っ張って来ているかといった疑問が出る。 破壊しようにもこの部屋全体には魔力を吸収する性質があるのか光線が吸い込まれている。
物理的なものじゃなければ何でも吸収するのか? 仮に殴れば壊せるなら教皇を無視して部屋の破壊を優先するべきかもしれない。
ついでに足元の水を操った手段も気になる。 風の操作の応用か何かだろうか?
――と言うかそもそもこの水は一体何だ? 例のオブジェクトが垂れ流しているように見えるが、もしかしたら周囲から湧き出るようにしているのか?
見た所、普通の水ではなくやたらと魔力を含んでいるように見えるので魔法か何かで精製されたものだろうがこれは何に使うんだ? 意味もなくある訳じゃないだろうが……。
考えていると胴体に衝撃。 咄嗟に障壁で防御したが、あっさり貫通して吹き飛ばされた。
体が吹き飛び、壁に叩きつけられるが、思考はそのまま回し続ける。
壁や本人への攻撃は効果がない以上、いっそ踵を返して逃げ出してこちらに有利な位置まで誘い込むか? 追って来るなら都合がいいし、追って来ないなら安全な所から効果がありそうな攻撃を片端から試してもいい。
この部屋で試せそうな事がなくなったらそれも選択肢に入れるべきか。
立ち上がり威力を絞った代わりに速射性を上げた光線を連射。 当然のように残らず防がれる。
足元で水が動く気配があったので魔剣から炎を出し、水を蒸発させて引き倒されるのを阻止。
間合いを詰めながら左腕を振るう。
不可視の百足が教皇に襲いかかるが、見えているんじゃないかという程の正確さで次々と切り飛ばされる。 明らかに大罪系の権能を扱い始めた事で反応が上がっていた。
感じからして「強欲」は間違いなく使っているな。
後は「憤怒」か何かか? 残り一つは分からんな。 見た感じ強化系だろうが良く分からん。
それにしても随分と一方的な展開になったな。 何らかの仕込みがされているであろう空間なので仕方がない部分はあるが、ここまで手も足も出ない状況は面白くない。
本音を言えば殴り合いで防御を抉じ開けてやりたい所だが、接近戦は分が悪いと思っているのか余り間近に寄らせてくれなかった。 教皇は離れすぎず、近すぎずの距離を維持して堅実に攻撃を仕掛け続けている。
表情こそやや怒っているようには見えるが、行動からは感情的な勢いは感じられない。 つまり色々と喚き散らして怒っているように見えるが行動は冷静そのものと。
確かに押されてはいる上、状況はあまり良くない。
……だが、何故だろうか?
余り危機感を覚えられなかった。 確かに教皇は強い。
在りし日の英雄とは比べるまでもないが、脅威度としては聖剣使いと同格ぐらいだろう。
まぁ、聖剣を持っていただけの雑魚二人よりは上だが。 厄介な相手ではある。
その為、逃げ出すという選択肢に対しては奇妙な抵抗があった。
内心で首を傾げながらも理由を探す。
「諦めよ! 勝ち目はない!」
教皇が何かを言っているが無視。 追撃を躱しながら攻撃を継続。
最低限の突破口を見つけないと畳みかけるのは難しいかと思いながらも意識は内側に向いていた。
俺は一体何を以ってこの幼女の皮を被った死に損ないを大した事がないと断じているのか?
「タウミエルの脅威と世界の滅びは回避不可能じゃ! ならば今を生きる我等は可能な限りの命を生かし、次なる世界でより良き繁栄を行わなければならぬ!」
少なくとも力量は認めている。 身体能力はともかく、技量では俺よりも遥かに高みに居るだろう。
加えて十種類もの権能を扱えるほどの高い適性。 これは凄まじいと言える程の才能だ。
少なくとも俺には真似できないな。 いや、出来ないことはないだろうが、真似するだけで何の効果もない無意味な再現にしかならないが。
「確かに助かりたいのかと問われれば否定はせん! だが、これは誰かがやらねばならないのじゃ!」
精神性か? 確かに教皇などと偉そうな肩書を持っている割には考えている事は保身ばかり。
小物と断じるには微妙だが、少なくとも大物とは呼べないな。
何せ逃げる事ばかり考えているのだから、ご立派と評するには無理がある。
「我等グノーシスの教義に嘘はない! 滅びを乗り越えた先には我ら人が治める事が出来る新天地じゃ!」
……新天地?
あぁ、そう言えば霊知とかいう良く分からんものの蓄積で死後の処遇が決まるとかいう話だったか。
つまり霊知というのはグノーシスへの忠誠心で、有能で忠実な飼い犬には席を恵んでやるといった事だろう? 語弊はあるが一応は真実も含まれていたという事か。 大半は都合のいい嘘塗れだが。
「魔剣を扱えるという事実は我等にも未知の事じゃ! 汝が協力するというのなら別の道も開けるかもしれぬ。 だから――」
何が新しい道だ。 体よく利用する気だろうが。 俺なら騙せるとでも思って舐めているのか?
聞く価値もない妄言を聞き流しながら思考を続ける。 何かが引っかかっているのだが、形にならないな。 正直、答えも出ない思考にこだわるのも馬鹿らしいので、気に入らんが一度下がって立て直そうかと考えていると――
――不意に魔剣がドクリと脈打つように小さく輝いた。
誤字報告いつもありがとうございます。




