105 「武器」
「さて、まずはこいつから行こか」
首途が武器の山から取り出したのは…馬鹿でかいペンチだった。
色は全体的に赤黒く、金属とも生き物の甲殻の類とも取れる不思議な光沢を放っている。
「こいつはプライヤー…要はペンチやな。そいつをモチーフに作った奴や。名付けて『魔力駆動大鋏 クラブ・モンスター』!」
…まんまじゃないか。
首途はペンチをガチガチと開閉させた。
鋏む部分の表面は平らだが、不自然な窪みや溝がある。
「材料はブラキュウラとか言う蟹の化け物の一部を使うとる。んで、こいつのおもろい所はこれや」
ペンチを開くと鋏む部分の表面からスパイクの様な物が飛び出て来た。
「まだまだ、あるで」
スパイクが引っ込むと溝のような物から刃、溝がせり上がり凹凸になったりと表面が変化していく。
「…とまぁ、用途に分けて使い分けられるっちゅう事や。ただー…難点は魔力をアホみたいに食うのがなー…」
「そうは見えないが?」
「あー。ギミックを変えるだけやったら問題ないねんけど、こいつの一番の持ち味が活かせん」
そう言うと首途はペンチ――クラブ・モンスターを思いっきり開くと鋏の部分がスライドして開き…あれはローラーか?
黒い車輪のような物に凶悪な外見のスパイクが等間隔で付いている物が出てきた。
「元々はツインヘッダっちゅう掘削機の先にくっつけるもんやねんけど…」
円盤が凶悪な唸り声を上げて回転する。
うわ、マジか。あれで挟むのかよ。
あんなのに挟まれたら数秒でミンチになっちまうな。
「本場との違いは油圧じゃなくて、魔力駆動になる…んやけど、こいつの回転維持するのに燃費がなぁ」
回転を止めてギミックを引っ込める。
俺は首途から大鋏を受け取ると握ってみた。
ふむ、いい感じの重さだ。振る分には問題ないな。
持ち手の部分にいくつか出っ張りがある。
あぁ、これ魔石か。
何となくこの武器の使い方が分かって来た。
試しに一番上の魔石に魔力を流すと、ギミックが起動。スパイクが飛び出す。
これ面白いな。もう一度魔力を流すと引っ込んだ。
順番にギミックを起動させる。最後にツインヘッダを起動。
追加で魔力を流すとゆるゆると回転を始める。
あー。流し込んだ魔力量で回転力が決まるのか。
思いっきり流し込むと、唸りを上げて回転を始める。
…おー。これマジで面白いな。
重量もあるから普通に殴ってもいい。
「お、いい回転や!兄ちゃん。体の方は大丈夫か?」
「特に問題ない。いい武器だな」
「そうかそうか!兄ちゃん話分かるやんけ!なら儂のとっておきを見たってくれ!」
首途は嬉しそうに武器の山の近くに置いてある工具箱のような物を持ってくると中身を見せた。
「儂が長年研究して作ったとっときやねんけど、使える奴が居なくてなぁ。兄ちゃんやったら使えるかと思うねんけど…どうや?」
箱の中身を見て、俺は周囲にぶら下がっている連中を振り返る。
…なるほど。
首途がどういう物を目指しているのかが薄っすらとだが分かって来た。
「さて、一段落した所で兄ちゃんに聞きたい事があるんやけど良かったら教えてくれへんか?心配せんでいい。ヴェル坊は向こうの部屋やし、この部屋は防音効いてるし盗聴にも強い。聞くのは儂だけや」
武器と言うには語弊がありそうな異形の装備品を一通り見せて貰った後、購入を決め、料金の計算も終わった所で首途が切り出してきた。
「何かな?」
「そのナリ。どうやって作ったんや?」
質問の意図が分からなかったので、俺は答えに困った。
「…何の話だ?」
「お惚けはなしにせんか?儂等「落ちて来た者」はほぼ例外なく儂みたいな別の生き物とのハイブリッドや。ところが兄ちゃんは人間と同じ姿をしている。道具類で誤魔化している気配もないし、兄ちゃん固有の能力か何かか?それとも何か方法があるのか教えて欲しいんや」
…どういう事だ?
言葉通りに受け止めると、転生者は全員怪人みたいな姿をしているって事か?
乗っ取った生き物が違うからじゃなくて、こいつ等は姿を変えられない?
「すまない。質問に答える前に確認させてくれ。あんたらは姿を変えられないのか?」
「何を言うとんじゃ。無理やから聞いてんねん」
「1つずつ答えるが、まずこの姿は多少弄ってはいるが元々こうだ」
「なんやと?」
首途は俺の全身を上から下まで眺める。
「ちゅう事は兄ちゃん人間に喰われたんかい。そりゃ運が良かったなぁ」
「喰われた?何の話だ?」
「はい?いや、兄ちゃん人間に喰われて変異したんやないんか?」
「変異?」
また新しい単語が出て来たな。
「すまん。変異に付いて詳しく教えてくれ」
「ちょっと待て?兄ちゃんそれはどういう事や?」
何だか会話が噛み合ってないな。
「…認識の擦り合わせから始めよう。まずは俺達は日本出身で死亡後、ここに落ちた。ここまでは良いな」
「おう。儂は仕事中の事故で転落死やな。次に気が付いたら草むらでミミズ見たいなナリで倒れ取った」
ここまでは同じだな。
「その後は?」
「あぁ。何とか移動しようとしとったら百足に襲われてな。そのまま喰われてしもうた」
…おや?
「その後は目の前が真っ赤になってな、薄っすら覚えとるんは腹が減ってた事ぐらいか。気が付いたらこのナリになっとたわ」
なるほど、違いはここだな。
少し迷ったが流石に話さないのはフェアじゃないか。
「そこの辺は俺と違うな。俺は逆に喰った」
「何?」
「たまたま近くに人間の死体が落ちててな。そいつを喰って同化した」
肝心な所は誤魔化す。悪いが弱点までは話す気は無い。
首途は「ほぉー」と息を漏らす。
「つまりはその死体をベースに体を組み替えたんか?」
「あぁ」
言いながら手の形を変える。ゴブリンの手に始まり魔物の足や植物の蔦等に変化させて戻す。
首途は俺の手を凝視して固まっている。
「えらい器用な事が出来るんやなぁ…羨ましい」
首途は羨望の籠った口調でそう呟く。
「…で?変異とやらについて詳しく教えてくれないか?」
聞けば変異とやらは自分を捕食した生物と融合して人型に近い姿になるらしい。
人型になれば高い身体能力に再生能力。
融合した生物特有の能力が手に入るらしい。
反面、姿は完全に固定されるようだ。
お陰で蜘蛛野郎が日本語で喚き散らしていた理由にも納得が行った。
そりゃ言葉が分からん以上、ああなるだろうな。
恐らく素の身体能力なら怪人共の方が上なんだろうが、多様性と言った面では俺の方に軍配が上がるな。
それに記憶の抜き取りや精神に影響を与える様な能力もなさそうだ。
首途は途中、言葉を覚える際の苦労話を長々と語っていたので、言語は自力で覚えたようだ。
…過程は割と血生臭かったが。
「それにしても喰うか喰われるかでここまで違うとはなぁ…。ほんま兄ちゃんが羨ましいわ」
そこまで羨む理由は何となくだが分かる。
逆だったら俺も同じ事を言っていただろう。
「儂も兄ちゃん見たいにナリを弄れたらこんなコソコソせんと大手を振って街をうろつけんねんけどなぁ」
だろうな。
そんな化け物にしか見えん見た目じゃ街は歩けん。
見つかった瞬間、即討伐だ。
「まぁ、アテは外れたけどおもろい話を聞けて良かったわ」
「お互いにな。さて、話を戻そう。支払いはこれで足りるかな?」
俺は有り金を入っていた袋ごと全部渡す。
「おぉう。兄ちゃん気前ええな」
首途は袋の中身を確認すると、半分ほど抜いて残りは返してくれた。
おや?思ったより安いな。
「良い話聞けたし、これだけでええわ」
「それはありがたい。後…」
「皆まで言うなや。今の話は他には漏らさん、もちろんヴェル坊にもな」
そこまで察してくれるなら話は早い。
ここは信用するとしよう。
まぁ、もしバラしてくれたらこいつの情報をギルドとダーザイン、ついでにグノーシスに流した上に討伐クエストを発注してやる。
「鞘を用意するから待っとれ」
そう言って用意してあったクラブ・モンスター用の鞘を受け取って装着。
これで装備は揃ったな。
まず、足は魔物の素材を加工したブーツ。
首途曰く「安全靴」みたいに中に先芯を入れてると言っていたが、悪くない履き心地で歩きやすい。
ズボンもコートと同じ素材でできた物で頑丈で軽く刃も通らず魔法や火に強い。
上も同様の物を購入したが…はて?似たような物をどこかで見たような?
後はロングコートと手甲については割愛。
武器はいくつか見せて貰ったが、最初のクラブ・モンスターが気に入ったのでそれと、首途ご自慢の「自信作」。
「おぉ、兄ちゃん!中々決まっとるで!そこに鏡あるから見てみ」
言われるがまま、鏡の前に立っ………。
「なん…だと…」
愕然とした。
ヴェルテクスとほぼ同じ格好じゃないか!?
性能ばかり見ていてビジュアルを完全に失念していた。
「やっぱり止め……」
「いやぁ。ヴェル坊もいい感じに着こなしとったが兄ちゃんもいい感じやで」
首途は上機嫌で何度も頷いている。
無理だ。言いかけた言葉を飲み込む。
今更止めるなんて言えない。
いや、だがよく見るとこれはこれでアリなのか?
見ていると段々格好良く見えて来た気がする。
いや、見えてきた…。
いや、間違いなく格好良い…はず。
「なぁ、兄ちゃん」
俺が自己暗示を繰り返していると首途が改まった口調で声をかけて来た。
今度は何だ?
「ヴェル坊の事やねんけどな。できればでいいから仲良うしたってくれんか?」
「……」
俺は何も言わずに先を促す。
「あの坊主とは結構長い付き合いで、父親の真似事やった事もあるねんけど、友達とか全然できひんからちょっと心配やってん…」
俺も人の事は言えんが、あの性格じゃ友達作るの無理だろ。
そもそも本人に作る気があるかが疑問だ。
「確かにあいつは性根はヒン曲がってるし、口も悪いけど……ほんまは……あー…いい所もある気がするから、何と言うか…」
…フォローぐらいちゃんとしてやれよ。
「約束はできないが覚えておこう」
言いたい事は良く分かったので、やるやらないは別にして返事はしておいた。
父親と言うワードで胸の中に不快感が芽生えたが、気に留める事ぐらいはしよう。
さっきから後ろで扉を蹴る音を聞きながら俺はそう思った。




