1051 「馬助」
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続き。
弘原海はラファエルの回復効果を阻害しつつその周囲に居た戦力との戦闘を繰り広げていたが、地下の魔法陣制圧による四大天使消滅で状況が一変。
戦場全体で敵を癒していた治癒効果が消滅。 それにより撃破が容易になった事で弘原海は周囲にいた敵の掃討を行っていたのだが、手が空いたのなら他の支援に行けと指示を受けたのだ。
聖剣使いという強力な戦力を雑兵の処理に当たらせるのは良い使い方ではないので、ファティマの采配は理に適っていると言えるだろう。
最初は大聖堂を攻めているローの支援に行く予定だったのだが、当の本人に「要らん」と言われたので救援先を王城のアスピザルとヴェルテクスへと変更。
先にクリステラが行っているとの事だったので自分の出番はないと弘原海は考えてはいたのだが、敵の聖剣使いの力が想定以上で苦戦を強いられているらしい。 それを聞いた弘原海は現場へと急行。
クリステラの危機に駆け付ける事が出来たのだった。
背中から複数の光る羽を出現させ、手には聖剣を持ったラディータを見て強敵であると即座に悟る。
クリステラを庇うように前に出て聖剣を油断なく構えた。
対するラディータは弘原海の持っている聖剣を見て目を見開く。
彼女は立場上、全ての聖剣についてかなりの知識を持っていた。 その為、外見だけでどの剣でどういった能力を持っているのかも凡そではあるが理解できていたのだ。
聖剣アドナイ・メレク。 第十にしてリブリアム大陸の北部にある筈の聖剣だ。
そして全ての聖剣の中でラディータと最も相性の悪いものでもあった。
――よりにもよって第十が敵の手に渡っているなんて。
アドナイ・メレクはその特性故に扱いが難しい聖剣だったが、裏を返せば使いこなせるのなら最上位の性能を誇る。
同じ聖剣である以上、ラディータのエロハ・ミーカルも決して見劣りする訳ではないが、アドナイ・メレクの厄介すぎる能力と比較するとどうしてもそう言った評価になってしまうのだ。
本来なら出方を待つ場面だが、クリステラが動けるようになる前に仕留めないと不味い。
ラディータは普段の態度からは想像もつかない程の焦りに突き動かされ、攻撃を続行。
金の剣を無数に生み出して連続射出。 クリステラが動けるまでまだ数秒はかかるので、弘原海は回避できない。 出来れば通って欲しいといった願いは――
「<塗壁>」
――弘原海の前に現れた巨大な壁に遮られた。
大抵の壁は貫通する自信があったのだが、石か何かで出来ているようにしか見えないそれは金の剣を全て受け止めていた。
ラディータは不味いとその場から動こうとする。 この状況で最も危険な事は攻撃を防がれた事ではなく、弘原海とクリステラの姿が見えなくなった事だ。
「<風蹄>」
ラディータは咄嗟に身を屈めて回避行動。 いつの間にか隣まで接近していた弘原海の斬撃を際どい所で躱す。 ラディータは体勢を低くしたまま後ろへ跳んで距離を取る。 アドナイ・メレク相手に鍔迫り合いは危険だったからだ。
アドナイ・メレクは周囲の魔力の流れに干渉する能力を持っており、扱いに慣れれば相手の制御している魔力現象のコントロールを奪う事すらできる。
その証拠に近づいただけで「寛容」「節制」「色欲」の権能は不安定になっていた。
特に影響範囲の広い「色欲」は効力が激減。 分身を相手にしているヴェルテクスとアスピザルの動きが戻っており、状況が一気に悪化。
近づいただけでこれなのだ。 鍔迫り合いなどで直接接触しようものなら、自己に作用している権能の発動どころか分身の制御すら怪しい。 権能や魔法を多用する者にとっては天敵とも言える聖剣だった。
弘原海は聖剣を槍のような形状に変形させ、無数の突きを放つ。
達人とまでは行かないが、聖剣による強化もあって鋭く速い。 ラディータはなるべく受けずに回避に専念。 躱しながら風の刃を放つが、弘原海に届く前に霧散。
――仕留めたいなら接近戦じゃないと駄目か。
魔力を伴った攻撃はほぼ無効化される。 処理を越える量か威力を叩き込めば通るだろうが、味方の援軍が期待できない以上は無理な話だった。
せめてもの救いは弘原海の剣士としての技量は低くはないが高くもないといった事だろう。
純粋な剣技だけなら聖堂騎士の水準に届くか届かないかといったレベルだ。
だが、それを補って余りある程に攻めが多彩だった。
聖剣の刃を攻撃毎に形状変化させる使い方。 ここまで瞬時に行えるのは訓練もあるだろうが、イメージを形にする為の想像力が特に必要になるので才能によるところが大きい。
少なくともラディータには真似できない事だ。 正確にはできなくはないが時間がかかる。
「<火車>」
弘原海が細長くなった聖剣を器用に手の中で回転させると炎の輪が生まれ、一閃と同時に生み出された輪だけが飛んでくる。
反射的に風で吹き散らそうとするが、弘原海から近すぎるので回避を選択。
十数秒の攻防だが、ラディータは弘原海の強さと戦い方の凡そを把握できた。
まずは聖剣使いとしてはどうか? 扱えてはいるが使いこなせているといった域ではない。
戦士としてはどうか? 弱くはないが強くもない。 聖剣なしなら大した相手ではない。
戦い方はどうか? 聖剣とその特性を上手に利用した戦い方には素直に賞賛できるものだ。
結論。 厄介な相手。
魔法や権能の使用が制限されるのは厳しいが、直接叩けば充分に剣技だけで勝てる相手だ。
――だが、それは一対一ならの話だった。
理性は逃げろと囁く。 もうこの状況は詰んでいると。
弘原海だけなら問題なく対処できる。 アスピザルとヴェルテクスだけ、もしくは加わったとしてもやや厳しいが何とかなる――が、そこにクリステラが加わるというのなら話は別だった。
「――っ!? あぁ、もうっ――」
ラディータは咄嗟に聖剣を立てて防御姿勢。 一瞬、遅れて衝撃音。
立て直したクリステラが既に目の前まで来ており、聖剣を一閃したのだ。 反応が遅れたら上半身と下半身が泣き別れていた。 その事実に彼女は冷たい汗をかく。
傷は完全に癒えており、破損した装備から覗く肌には傷一つなかった。
折角追い込んだというのに完全に元通りになってしまっている。 その瞳はラディータを見据え、視線は殺すと訴えていた。
「騎士ワダツミ! 今の私達に連携は厳しい! 前衛は私が!」
「了解。 援護するんで任せます!」
クリステラの言葉で意図を察した弘原海は聖剣の能力使用に集中。
ラディータの権能に大きな揺らぎが発生した。
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