104 「百足」
「さっきから気になってはいたが何でお前、ほぼ丸腰なんだ?」
一通り仕事の話が終わると、ヴェルテクスはいきなりそんな事を言い出した。
「少し前に壊されてしまってな。こっちで買い揃える気だったんだよ」
唯一残った剣も昼間になくなったしな。
「そうか。ならまずはお前の装備だな」
そう言うと俺に「行くぞ」と声をかけてさっさと部屋から出る。
…何だ?いい店でも紹介してくれるのか?
俺にとっても悪くない話のようなので黙って付いて行く。
ギルドを出て真っ直ぐ王城の方へ向かう。
しばらく歩くとやがて馬鹿みたいなでかさの城壁が見えて来た。
…でかすぎて城が見えねえぞ。
どうやって造ったのか、継ぎ目が全く見当たらない白亜の城壁は光沢すら放っている。
「おい、こっちだ。さっさと来い」
眺めているとヴェルテクスが声をかけて来たので、視線を外す。
更に歩くと道具屋や武器屋が軒を連ねているのが見えたがスルー。
…あれ?この辺じゃないのか?
その後も何軒か店があったが無視。
周りから武器、道具屋が消え、肉や野菜を取り扱っている食品店が目立つようになった所で細い路地に入り奥まった場所で足を止めた。
目の前にあるのは、どう見ても大き目の倉庫にしか見えない。
高い塀に覆われて中途半端にしか見えないが、屋根の辺りには煙突のような物もあり、盛大に煙を吐き出している姿は一層、工場といった雰囲気を醸している。
…と言うか肉屋の裏じゃないのかここ。
何かの間違いかと思ったが、ヴェルテクスは親指で倉庫を指すと「ここだ」と一言。
あぁ、間違いなくここなのか。
やや大きめの鉄扉を開いて敷地内に入る。
中は…正直、余り趣味がいいとは言えない所だった。
塀の向こうはちょっとした庭園になっており、見栄えがいい花々が花壇で咲いている周りに像のような物があちこちに置いてある。
よく見てみると全てが人間を模った物だが、まともな形をしている物が1つもない。
軽くて四肢欠損。
酷い場合は溶けて固まったかのように手足や頭が不自然な位置から突き出している物ある。
そして一番気になるのは材質だ。
何でできているんだこいつ等は?見た限り銅などの金属ではなく…むしろ生…。
「触るな。面倒な事になるぞ」
ヴェルテクスの声で触ろうとした手を引っ込めた。
「俺だ。爺ぃに用がある」
何故か像の1つに声をかけるとそのまま建物に向けて歩を進める。
ヴェルテクスが話しかけた像を見てみるが特に何か反応した様子もない。
俺は内心で首を傾げた。
…誰かいるのか?
気配の類は特に感じないが…。
念の為<熱探>を起動して……あぁ、なるほど。
良く分かった。ここが碌でもない場所だと言う事が。
中に入ると噎せ返るような血の臭いが鼻に付く。
…これ耐性のない奴が嗅いだら吐くレベルだな。
少し歩くとノブの付いていない両開きの扉があり、ヴェルテクスはそれを押し開く。
その先の通路は一面ガラス張りで、途中にある部屋の中の様子が良く見える。
見た所、シュドラス山で見たような精肉店と似たような所だった。
捌かれているのはエルフではなく魔物だがな。
真っ黒の防護服みたいなのを着た連中がせっせと魔物を解体している。
中には生きている魔物もおり、動いている連中が淡々と馬鹿でかい首切り包丁で斬首していた。
…ってか、何だあの防護服?流石に顔の部分にガスマスクは付いていないが似たようなデザインのマスクは付いているな。
違和感が半端ない。
正直、この時点で嫌な予感がするので帰りたくなってきた。
本当にここで俺の装備揃えてくれるのか?
ガラス張りの通路を抜けると、妙に横幅の広い階段を降りていく。
下へ降りれば降りるほど血の臭いが濃くなっていく上に、腐臭と…これは金属と油の臭いか?
念の為、魔法で索敵を…。
「止めとけ。何もしなけりゃ何も襲ってこねぇよ」
ヴェルテクスの制止で俺は魔法をキャンセルする。
その言い方だと何かしたら何かが襲ってくるのかよ。
冗談抜きでここってヤバいんじゃないのか?
大体、地下5階分ぐらい降りた所で一番下に辿り着いた。
途中、いくつかのフロアを抜けたが、用事があるのは一番下のようだ。
臭いの方はいい加減、洒落にならないレベルまで濃くなっている。
薄暗い通路を歩いていると、天井の裏辺りから何かが動くような音と気配が時折感じられ、金属を加工するような甲高い音が響くが、ヴェルテクスは慣れた物なのか無視している。
一番奥の頑丈そうな両開きの扉の前で足を止めた。
…目的地はここか。
ヴェルテクスは扉についているノッカーで派手に音を鳴らす。
「爺ぃ!居るか!」
しばらくすると、奥からゴソゴソと何かが動く音がして返事が返って来た。
「おぅ。ヴェル坊か。入れ!」
…ヴェル坊て。
中に入ると…おや?
廊下内であれだけ充満していた臭いが消えていた。
代わりに機械の駆動音のような物が響いている。
部屋は綺麗に片付いており、隅には…システムキッチンのような物がある。
マジか。流しと隣に2つあるのは冷蔵庫か?
大き目のテーブルに椅子が4つ。
その1つに腰掛けているのは…。
「お?久しぶりに顔出したと思ったら、珍しくツレがおんなぁ。何や?やっと友達できたんか?」
でかい百足だった。
いや、ただの百足じゃない、人間の四肢を備えている。
所謂、百足怪人だ。デザインがいつかの蜘蛛野郎に通じるものがあるな。
「違ぇよ。客だ。多分だがあんたの同類じゃねぇのか?」
「あ?何を訳の分からん事言うとんじゃ。そこの兄ちゃんはどう見ても…待て。何やお前」
百足怪人は部屋の棚を漁ると片眼鏡を取り出すと目に装着。
俺の方をじっと見る。
「ほー。こりゃ驚いた。兄ちゃん。アンタ名前なんていうねん」
あぁ、なるほど。こいつも転生者か。道理で俺にすぐ気が付いた訳だ。
あのモノクルで俺の正体が見えるのか?
まぁ、ここまで来て隠し通すのも無理な話か。
『人に名前を聞く時は自分から名乗るのが筋じゃないのかな?』
日本語で答えた俺の返事に百足は嬉しそうに笑い声をあげる。
『おぉ。日本語!じゃあ兄ちゃんもこっちに落ちた口か』
『そんな所だな。…で?名前は教えてくれないのか?』
『おぉ。おぉ。済まんかったな。儂は首途 勝造いうモンや…っと。そろそろ言葉、戻してくれんか?ヴェル坊が不機嫌になっとる』
「分かった。こっちも自己紹介だな。俺はローだ。冒険者をしている」
「なんや?本名は教えてくれんのか?」
「いや、これが本名だよ。前の俺はもう居ないからな」
そう、死んだのではなく自分で殺したんだ。
もうあれは俺の名前じゃない。
百足…いや、首途は俺の目をじっと見た後「ま、ええか」と流した。
…それにしても。
俺は改めて首途の全身を眺めた。
服装は上で作業していた連中が着ている防護服に近いものだが、体格が違いすぎるので別物に見える。
首から下は人間っぽい形をしてはいるが背中や肩が不自然に膨らんでいる所を見ると百足特有の器官やらが付いているのだろう。
後は首から上…と言うか首がない。あるべき場所から巨大な百足が生えているように見える。
これは怪人と言うより洋画の類に出てくるクリーチャーだ。
「もっと色々話したいけど、用事から片付けよか?ヴェル坊。今日は何の用や?」
「こいつに何か装備を見繕ってくれ」
「おう。そう言う事かい。確かに兄ちゃんの装備しょぼいな」
首途は頭?の辺りを器用にかきながら頷く。
「ええやろ。つってもウチの武器は癖が強いから防具になるけど構わんか?」
「バカか?あんなゲテモノ使える奴、居る訳ねぇだろうが」
「ふん!これだからガキは困る。儂の武器は使い手を選ぶんだよ」
首途は奥の部屋に入ると色々と持ってきて、それらをテーブルに広げる。
「まず、これや。ボムビークスっちゅう魔物の糸を織り込んで作ったロングコートや。元々ヴェル坊に作ったけど寸法ミスって作らせてもうてな。良かったらどうや?頑丈で刃にも魔法にも強いで?」
黒いロングコートでポケットも結構多くついており、色々便利そうだ。ついでに軽い。
試しに軽く羽織ってみると中々いい感じの着心地だ。悪くない。
「良いなこれ」
「よっしゃ。次行こか。この指ぬきグローブは使用者の魔法を増幅させる魔法道具をバラして作った奴や。元々はごっつい肩当やったけどバラして改造したんや。性能はほぼ完ぺきに再現できとる。金属部分はええ素材使うとるから攻撃いなすにも使えるで」
グローブと言うよりも手甲に近いな。
黒い手袋に銀の金属パーツに魔石と思われる赤い石が嵌まっている。
試しに付けて、手を握ったり開いたりして見るが、特に邪魔にならないしいい感じのフィット感だ。
…ふむ。悪くない。
「お、気に入ったみたいやな。どうや?その2つあったら大抵の攻撃は何とかなるで?ついでに軽い」
試しに軽く魔法を発動させてみるが、確かに魔力が楽に練れる。
これは使えそうだ。確かにいい店だな。わざわざ連れてくる訳だ。
…まぁ、このおっさんの反応を見るに俺と引き合わせたかったってのもあったのだろうがな。
それにしても、いい感じの防具だな。
こうして見ていると武器の方も少し気になって来たぞ。
「良かったら武器の方も見せてくれないか?」
「ほんまか!?」
首途はいきなり顔を近づけて来る。
すまん。離れてくれ正直キモい。
後ろでヴェルテクスが小声で「バカが」と呟いたのが聞こえた。
…これは…もしかしてやってしまったか?
「なんや。儂の武器に興味あるかーそうかー。ほれみろ?ヴェル坊!やっぱわかる奴には分かるんや!さ、兄ちゃん奥へ行こか?ちょっと散らかってるけど堪忍な?」
促されて奥の部屋に入ると、噎せ返るような血の臭いが再び鼻を突く。
「ん?あぁ、すまんな。この部屋まだ換気扇付けてないから臭いは我慢してくれ」
…換気扇?さっきから鳴っている音は換気扇の音だったのか?
自力で再現したのか?だとしたら凄いな。
少なくとも俺には無理だ。
もしかしてそういう関係の仕事をしていたのかな?なんて考えながら中の様子を見ると…。
……凄い事になっていた。
どう見ても人間の死体が、大量に鎖で縛られてぶら下がっていた。
しかも何かされたのか、腕が剣になっていたり、腹に盾を埋め込まれていたりと尋常な死に方じゃなかった。
「あぁ、こいつ等か?ウチに忍び込もうとしたアホ共や。殺すのも勿体ないから実験に協力してもらってん」
俺の視線に気が付いたのか首途が説明してくれる。
「そうか。なら自業自得だな」
そんな感想しか出てこない俺もどうかと思うが、このおっさんも倫理観が麻痺してやがるな。
「おっしゃ。着いたで、これ見てくれや」
部屋の一角で足を止め、そう言って部屋の隅に並んでいる武器を見せる。
…確かにゲテモノだな。
ヴェルテクスの言った通り癖の強そうな物が並んでいた。




