1028 「困事」
続き。
「えっと、久しぶりとか言った方がいい?」
「そうですね。 聖剣使いを仕留めるように指示を受けて居ますが、援護を期待しても?」
扱いに困る相手だなと思いながらアスピザルが恐る恐る声をかけるとクリステラは特に表情を変えずにそう返す。
「……あ、僕達って居てもいいんだね」
正直、邪魔だから消えろとか言いだすかもと思っていたアスピザルからすれば予想外の反応だった。
クリステラは特に応えず浄化の剣を鞘に戻して聖剣を構える。
「あいたた。 あー、エロヒム・ギボール。 ――って事は君が噂のクリステラかぁ。 ウルスラグナに居るはずだけど?」
ラディータは少し痛そうにしながらも疑問を口にするがクリステラは無視。
どうせこれから斬り殺す相手なので無駄なお喋りをする必要はないと思っていたので無視。 その思考は最短でラディータを殺害する方法だけで埋め尽くされていた。
「なるほど。 お喋りは嫌いなのかな?」
軽口を叩きながらもラディータは不味いと内心で少し焦っていた。
流石の彼女もクリステラの乱入は予想外だった上、数度の攻防で技量と戦闘スタイルもある程度だが見えていた。 それを踏まえた上で言うと相性が悪い、だ。
搦め手を力技で突破するタイプなので、当てるなら自分よりハーキュリーズの方が適任だろう。
――これは行く場所間違えたかなぁ……。
運がないなとラディータは内心で小さく嘆息。
ウルスラグナへの侵攻は教皇の仕切りなので立場上ハーキュリーズが先に行くのが筋だった。
ラディータとしてもジオセントルザムが襲撃されるとは思っていなかったので、相性が悪ければ相手を入れ替えればいいと軽く考えていたのだ。
窮地を嘆いて逃げ出したい所ではあったが、ここで逃げると上までほぼ直通となるので法王の事を考えるならそれはできなかった。 一応、他の近衛が居るので無防備と言う訳ではないが、クリステラを止めるのはできなくはないが難しい。
無難なのは足止めしつつ援軍を待つ事なのだが、それも少し怪しくなってきた。
この王城まで切り込まれている時点で、外の戦力が侵入を阻めなかった事は明白。
警戒網を縫って侵入して来たというのなら多少の楽観は許されたが、アスピザル達は正面から入ってきてここまで来たのだ。
外の戦況はかなり不味い事になっていると見ていい。 ラディータは余裕の態度こそ崩していないが戦闘に集中したかったので外の戦況確認をしていない。
これは勝てるとは思っていたが彼女がアスピザルとヴェルテクスを侮っていなかった事の証拠でもあった。
敵の中でもかなりの実力者にしか見えなかったので仕留めるつもりだったのだが、こうなってしまった以上はどうにか切り抜けるしかない。
――おかしいなぁ。 ここってこっちの本拠なのにここまで押されるってどういう事?
ラディータからすれば話が違うと言いたい場面だった。 何故ならこのジオセントルザムは世界で一番安全な街の筈なのにこれはどういう事だろうか?
普通ならここまで来られても物量で圧倒できるはずなのにここまで押されている。
この調子だとジオセントルザムの外からの援軍も「待っていれば来る」よりは「もう来れない」と考えた方がいい。
――うーん、これどうしようかなぁ……。
ただ、やらないと死ぬ事だけははっきりしているのでラディータは分身の数を減らす。 九体から三体へ。
エロハ・ミーカルの生み出す分身はアスピザル達が分析したように彼女自身と感覚を共有しているので手数を増やしつつ死角を潰し、魔力で構成されているので自爆させれば攻撃、牽制も可能といった非常に応用の利く便利な能力だ。
欠点はリアルタイムで操る必要があるので、使いこなすには並列に処理できる脳力が必要となる。
ラディータには元々才能はあったが、努力でここまで使いこなしたのだ。
十を越えると制御しきれなくなるので完璧に操るのは九が最大値だった。 だが、クリステラを相手にしながら分身を最大数まで操るのは難しい。
三体にしたのはアスピザルとヴェルテクスに各一体。 クリステラ相手の支援に一体の割り振りだ。
そうこう考えている内にクリステラは真っ直ぐに斬りかかって来る。
聖剣の強化も込みだが、ラディータですら集中しないと反応が難しい。
彼女も聖剣で強化されているので大抵の動きにはついていける自信はあったが、エロヒム・ギボールは特殊な能力こそないが身体能力強化に特化している。 その為、まともに打ち合えばまず勝てない。
加えて、クリステラの技量もまた厄介だった。 剣技だけなら同格以上の者はそれなりに居るだろう。
だが、戦闘技能という点で見れば並ぶ者は片手で数えられるかもしれない。
ラディータは分身がクリステラの拳で粉砕されているのを見て背筋が冷える。
この女は聖騎士の癖にさも当たり前のように殴る蹴るを繰り出す。
聖騎士は教団の品位を保つ意味でも訓練の際にある程度の矯正はされるはずなのだが、クリステラにはその気配は微塵もない。 聖騎士学園を卒業しているのに何故ここまで型破りなのか?
ラディータにはさっぱり分からなかった。
これは彼女の知らない事だが、クリステラはその扱い辛い性格故に追い出される形で卒業していたので戦闘スタイルの矯正はできなかったのだ。
『ちょ、これ、無理じゃない!?』
ラディータとその分身体がクリステラの猛攻を際どい所で防ぎながら気付かれないように鎧に仕込んだ通信魔石で連絡を取る。 相手はヴァルデマルだ。
恐らく別口でハーキュリーズに帰還命令が出ているはずだが、こっちに来て貰わないと不味い。
あの教皇なら簡単に殺される事はないだろうから先にこちらに来させて援護をしてもらう必要がある。
ハーキュリーズならクリステラ相手に互角以上の戦いが――
『――え?』
――できる筈だったのだが、返って来たのはハーキュリーズが戻って来ないといった報告だった。
正確には戻って来れないようだ。 どうやら戦闘中に転移魔石が破損して撤退が不可能になったらしい。
そのまま下がろうにも聖女に抑えられて身動きが取れない状態のようだ。
ラディータはハーキュリーズの援護が期待できない事と現状を再確認。
自分はクリステラに今にも殺されそうになっており、援護の分身はまるで相手にならない。
そしてアスピザルとヴェルテクスもそろそろ抑えるのも限界――というより、さっきから何度もやられては復活させている状態だった。 一体では手数に圧倒される。 かと言って増やせば自分が殺されかねない。
――うーん。 これ、逃げた方がいいかも。
誤字報告いつもありがとうございます。




