1023 「黄剣」
続き。
聖殿騎士が悲鳴と共に全身を雑巾のように捻じられ、あちこちから血液を噴出させて即死する。
味方の無残な死にも怯まずに斬りかかった者が床から大量に伸びた鎖に絡め取られ、そのまま首を絞められ捻じ切られる。
「これで全部か」
「取りあえずだけどね。 先に行けばお替りがいくらでも出て来るでしょ」
先頭を歩くヴェルテクスがそう呟くのを聞いて隣のアスピザルは小さく息を吐く。
連れて来たスレンダーマン達が残敵の処理を済ませ、迎撃に出て来た戦力の撃破は完了したようだ。
場所はジオセントルザムの王城。 ヴェルテクスとアスピザルは手勢を引き連れてここまで来たのだが――
「……そろそろ本当の所を聞かせて貰ってもいいかな?」
――不意にアスピザルがそんな事を口にする。
ヴェルテクスは無言だが、アスピザルは構わずに続ける。
「ぶっちゃけるとさ。 攻める難易度は聖剣使いの居ない大聖堂の方が下なんじゃない? 僕からすればこっちをローに任せたかったんだけど、その辺を無視してこっちに来た理由って何さ?」
アスピザルは口調こそいつもの調子だが、視線には有無を言わせないものがあった。
ごまかすのは無理と判断したのかヴェルテクスは小さく鼻を鳴らす。
「正直、どちらでも良かったが、一番怪しいのはこっちだと思ったからだ」
「……あぁ、もしかして例の携挙を乗り切る手段を先に押さえようって事?」
察したのかアスピザルが結論を口にする。 詳細までは明かされなかったが、勝利条件の一つとしてカウントされている存在なのでその重要度は高いだろう。
ただ、聞かされた際のローの反応を見れば明らかに重要視していない。 それに破壊を視野に入れている時点で、彼のやり方を何度も見ているアスピザルとしては惜しげもなく処分するかもしれないと思っていた。
ヴェルテクスも同じ結論に至ったようで、ローに破壊される前に制圧して無傷で手に入れたい。
そんな考えなのだろうとアスピザルは納得はできたが……。
「実際、それってどういう物かも良く分からないんだよねぇ。 あるなしに関しては論ずるだけ無駄だけどあるとしたらこっちが怪しいって言うのは分かるよ?」
法王と教皇。 どちらも地位としては同格と言われているが、組織の頂点と国の頂点。
重きを置くというのなら国の長たる法王だろう。 特に携挙という世界の滅びからの逃亡手段というのなら尚更だ。
確かに可能性としてはこちらが上だろう。 ただ、そんな重要な施設を守っている戦力を自分達でどうにかできるのだろうかといった懸念はあった。 文字通りの命綱だ。 確実に聖剣使いに守らせている。
アスピザルの懸念はその一点にあった。 聖剣使いとまともに戦った経験はなかったので、読み切れない部分も多い。 一応、模擬戦といった形で戦いはしたが、本気での殺し合いで勝てるかは非常に怪しかった。
「聖剣使いの一人はあっちに行っているみたいだけど、残りはこっちにいるんでしょ? サブリナさんが仕入れて来た情報じゃ聖剣使いは二人って話だけど、色々隠し事の多いこの国の特性上、もう一人隠していても不思議じゃない。 場合によっては聖剣使いを二人を相手にする事になるよ? ――勝算はあるの? 悪いけど一対一ならとてもじゃないけど勝てる気はしないなぁ……」
「その時はその時だ。 最悪、抑えるだけでいい。 粘れば外を片付けた連中が来るだろう。 俺としては例のブツを押さえるまでローに介入させなければそれで充分だ」
アスピザルがそれを聞いて納得したように肩を竦める。
「なるほど。 先に見つけて壊されないようにさえすればいいって事か。 まぁ、僕としても逃げる手段があれば安心できるから方針自体には賛成だよ」
二人は別に叛意を持っている訳ではなく、単純にローの行動傾向を把握しているので先手を打とうとしているだけだった。 恐らく――いや、間違いなくローはそれが目障りと感じたら碌に考えず破壊するだろう。 そもそも携挙の際に現れる敵と初めから戦うつもりのようなので、逃走手段に興味がないのも二人の危機感を煽る一因だった。
「――ただ、僕達でその辺、どうにかなるのかなぁ……」
そうこう話している内に広いホールに出た。
巨大な階段と奥へ続く通路。 敵の聖騎士は居ない。
「どうする? 法王は間違いなく上だろうけど、探し物を優先するなら地下も怪しくない? 外のでっかい天使って地下の魔法陣で維持してたんでしょ?」
当初は天使の制御と維持施設の候補であったが、途中でサブリナが現地で得た「善意の協力者」のお陰でこのジオセントルザムの主要施設の情報は一通り出て来た事もあり、王城を攻める目的が薄まったのだ。 どちらにせよ要制圧施設ではあったが、そこまで急ぐ必要がなくなった事は幸運だった。
ヴェルテクスはアスピザルの質問に少し悩む。
物を隠すならどうするかと考えたからだ。 法王を見た事がなく、どういった人間なのかの情報がないので想像がし辛い。 保身を優先する性格であれば手元――近くに置いておく可能性は高い。
逆にそうでないなら防衛と維持が容易な位置に配置するだろう。 どういった物かは不明だが、多数の人間を何らかの形で収容する以上、それなりの大きさの筈だ。
だとすれば比較的、スペースの確保が簡単な地下かもしれない。
どちらも怪しいので即答が難しかったのだが、自分達の安全も考慮すると――
「下だな」
「うん。 僕も同意見だね。 ないなら上だけ調べればいいだけだし、聖剣使いとも出くわさずに済むかもしれないし、下から行くのは賛成かな」
その呟きにアスピザルも素直に頷く。
ヴェルテクスの目的はその施設ないし物品を破壊させない事なので、自分達で制圧する事にはこだわっていない。 こうして先に王城に踏み込み、設備を前に「自分達が先に見つけたから壊すのは止めて欲しい」とローの矛先を逸らす材料になれば良いのだ。
その為、先んじてこの王城に踏み込んだ時点で彼等の目的は一部、達成されたと言っていい。
――問題は王城にそれがあればという話だが。
「――と言うか、これだけ危ない橋を渡って空振りだったら僕達かなり間抜けだね」
「その辺をはっきりさせる為にもさっさと地下を確認――」
「ちょーっとそれは困るかな?」
ヴェルテクスの言葉を遮ったのはアスピザルではなく階段の上から現れた声だった。
「ようこそ。 招かれざるとはいえ客は客だし、おもてなしに来たよ」
言葉を発したのは全身鎧の聖騎士。 装備の意匠から聖堂騎士、もしくは救世主と言った所だろう。
声から察するに性別は女性。 兜で隠れているので風貌は不明。
背後には完全武装の聖堂騎士の群。 法王直属の近衛と呼ばれる聖騎士だろう。
そして率いているであろう女の腰には二本の剣。
「あー、法王の直衛って聞いているから上に行かないと出てこないのかなって期待してたんだけど、やっぱ無理かー」
アスピザルが腰の剣を見て困ったなぁと手で顔を覆う。
「んー? なーんか私の事を知ってる感じ? まぁ、これから斬る相手だけど名乗っておこうかな? ――グノーシス教団法王直属筆頭近衛聖騎士「救世主」ラディータ・ヴラマンク・ゲルギルダズ。 こちらは聖剣エロハ・ミーカル。 素直に色々喋ってくれるならあんまり苦しめない事だけは約束するよ?」
そう言って女――ラディータは腰の聖剣を引き抜き、その黄に輝く刃が現れた。
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