1015 「対称」
続き。
――こんな事をしている場合ではないのに……。
サンディッチはもう何度目になるか分からない焦りを内心に浮かべる。
本来なら権能の維持を行っている敵の支援役を潰すのが彼の役目だったが、未だに目的は達成できずに逆に自分が抑えられている状態だった。
その理由はさっきから彼と戦闘を繰り広げている男にある。
武器は刀剣一本。 装備も動きを阻害しない最低限の物なので、剣技に特化した戦い方というのは何となく掴めていたのだ。 だが、その技量が桁外れだった。
明らかに魔法を使っている気配はないのに動きが異常すぎるのだ。
少なくとも剣だけの勝負ならサンディッチは数合も保たないと確信できる程に隔絶した物だった。
本来、聖騎士は剣技だけでなく、魔法を絡めた戦いが基本なので剣だけでの戦いとなると同格以上の相手が現れるとやや脆い。
だからこそサンディッチは相手の土俵で勝負せずに距離を取って権能を用いた間合いの外からの攻撃で仕留めようとしていたのだが――
――攻撃が全く当たらないのだ。
「勤勉」により制御された「寛容」の権能は相手に認識させずにその命を絶つ。
救世主が戦力として重宝されているのはこれが使える事が大きい。
寛容、勤勉は比較的ではあるが使用のハードルが低い事もあり、威力などに差異こそあるが誰でも扱える強力な技だった。
不可視の攻撃は並の相手なら何をされたか理解すらできずにその生涯を終えるだろう。
そんな必殺とも呼べる攻撃は悉く空を切る。 躱されるだけなら工夫すればいい。 当たらないなら当てられる立ち回りをするべきだ。
サンディッチはそう考えて何度も攻撃を繰り返す。 建物を利用して相手の視界外からの奇襲。
魔法で虚像の分身を作っての撹乱。 ただ、接近戦では勝ち目がないので距離だけは詰めない。
彼は焦りながらも彼我の力量差をかなり正確に理解していた。
接近したら確実に負けるといった確信があるので、それだけは徹底して避けていたのだが……。
それ以上に薄っすらと不味いと思い始めていた。 理由は男――トラストの回避の仕方だ。
サンディッチの風の刃をかなり際どい所で躱しているが、段々と嫌な事実に気が付き始めた。
ギリギリで躱しているのではなく、引き付けてから躱しているのだ。
つまり完全に動きが見切られている。
サンディッチの考えは正しく、トラストはサンディッチと一定の距離を保ちつつその挙動の癖を凡そ掴みつつあった。 彼の役目は権能維持の中核を担っているメイヴィスを守る事。
それは他に任せているので明らかに他よりも手強そうな目の前のサンディッチを抑えればいいと考えていた。 ちらりとメイヴィスの方へ視線を向けると少し前に転移して来た巨大悪魔――アクィエルが生み出した霧によって守られているのでその姿は見えないが、簡単にやられることはないだろう。
――唯一の懸念は大型天使――ミカエルの攻撃だが位置的に味方や街を大きく巻き込む形になっているので、仕掛けて来るとは考え難い。
ただ、それも絶対ではないので天使をどうにかしなければならない。 そう理解はしているがそれは彼の仕事ではないので対処に当たっている者を信じて戦うだけだった。
トラストはサンディッチの技量は掴めてはいる。 だが、決して侮るような真似はしていない。
剣、魔法、そして権能。 救世主は全てを取り揃えており、どんな局面にも対応できる使い勝手の良い戦力と言えるだろう。
だが、あれもこれもと取り入れた結果、全てが半端な出来になっていた。
剣だけならサンディッチ以上の者は何人も見て来た。 魔法もまた同様。
唯一、突出している点は最大の特徴である権能だろう。
確かに魔法の上位に位置する理を越えた技術というのは分かる。 強力ではあるが扱うのは人。
使い手を観察すれば動きや意図は見えて来る。
特にサンディッチは几帳面な性格なのか攻撃行動に入る前に必ず視線が範囲を辿るのだ。
風の刃は繊細な制御を求められる事も原因だろうが、その予備動作さえ掴んでしまえば躱すのはそう難しくなかった。
動きに慣れつつあったが、サンディッチの反応からまだ力を隠しているのは何となく分かっていたので油断の類は一切しない。 それに、権能による風の操作は防御面でも厄介だった。
トラストは魔力を乗せた斬撃を放つが、サンディッチは風の障壁で防御。
攻撃は簡単に躱せるが逆に攻撃を通す事もまた難しい。
その為、早々に首を落とす事を諦め、様子を見る事にしたのだ。 彼はこの場での指揮官という訳ではないので抑えに徹したところで全体にはそこまで影響はない。
だが、幹部であるサンディッチの動きを封じられるのは大きい。
両者の違いはその表情が物語っていた。 トラストはひたすらの凪で、ただ無心に攻撃を繰り返す。
対するサンディッチは表情から徐々に余裕が消え失せつつあった。
サンディッチとフェリシティの部下である救世主や聖堂騎士達はオラトリアム側の支援の要であるメイヴィス達への攻撃を繰り返していたが、改造種や大型のレブナント達がそれを阻む。
彼等は指揮官を欠いていても自らのやるべき事を理解しているのでその動きに迷いはない。
ただ、それぞれ所属が違うので連携にやや難はあるが、このジオセントルザムの守護を担うだけあってその能力は高い。
オラトリアム側の戦力はメイヴィス達の近くにいるので、権能による恩恵を最大限に受けているだけあって強い粘りを見せているが身体能力はともかく技量の差が顕著に出始めているのだ。
一時、かなり押し込まれたが、アクィエルの参戦によって立て直しはできた。
本来ならアクィエルの出番はもう少し後だったのだが、巨大天使の参戦により段取りが狂った事もあって少し早いが投入といった流れになったのだ。
霧でメイヴィス達を隠しつつ支援を行っていた。 今回の戦闘に合わせてアクィエルも強化されており、体の各所をグリゴリ由来の素材を用いた武器や防具で身を固めている。
持っていた巨大なメイスを振り回して聖殿騎士を叩き潰しているが、肝心の聖堂騎士や救世主は中々減らない。
救世主達は権能による風の刃でメイヴィス達を執拗に狙うが、割り込んだ者達に悉く阻まれる。
防衛と攻撃では動きの幅に差が出るので、そう言った面でもオラトリアム側は不利だった。
やや離れた位置で戦況をモニターしていたヴァレンティーナは自分が行くべきかとも思ったが、何とかなりそうだとほっと胸を撫で下ろした。
その理由は――
「空を飛んでいる者ばかりで斬れる相手が減ったのでどうしようかと思っていましたが、こんな所に居たのですね!」
不意を突かれた聖堂騎士の首が高々と舞う。
そこに居たのは全身を血で斑に染め、満面の笑みを浮かべたハリシャだった。
誤字報告いつもありがとうございます。




