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パラダイム・パラサイト   作者: kawa.kei
27章

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1015/1442

1014 「膝折」

続き。

 「そ、それは……」


 ヒュダルネスは言葉に詰まる。 当然だが、答える事は可能だ。

 彼は地区の責任者。 設備の位置と用途は頭に入っている。 彼にとってこの街で何があるか分からない場所は精々、王城の一角と大聖堂の最深部ぐらいなものだろう。


 だが、それを口にする事は教団に対するこれ以上ない裏切り。 下手をすれば――いや、しなくても戦況に直結する程の重要な情報だ。 喋ればこの戦いはかなり厳しい事になる。

 今は召喚した四体の巨大天使のお陰で戦況が維持できているような物で、それを失えば負けかねない。


 ――かと言って話さなければ妻と娘が殺されてしまう。


 ヒュダルネスは自然と乱れる呼吸を整えようとしたが無理だった。

 緊張の余り、喉奥が乾燥して首が締まるような息苦しさを覚える。

 教団への忠誠心か、家族の命か。 信じられないぐらい重たい天秤だった。 少なくとも彼の人生においてこれ以上の苦痛を伴う選択肢はなかった。


 信仰を貫いたとしよう。 そうすれば敵は天使の対処ができずに撃退は可能かもしれないが、妻と娘は殺されてしまう。 ヒュダルネスは妻と娘を失って誰もいない家へ帰宅する自分の姿を想像して背筋が冷える。

 それは紛れもない恐怖だった。 家族はヒュダルネスにとってかけがえのない存在であり、彼にとっての生きる理由だ。 失った時、果たして自分は生きていられるのだろうかと考えてしまう。


 いや、考えるまでもない。 家族を失えば人間としてのヒュダルネスは死ぬ事となる。

 それは耐えがたい恐怖だった。 かと言って教団を売ればもうこの地にヒュダルネスの居場所はない。

 仮に事情を説明したとしても許される事はあり得ない。 この事態を乗り切ったとしてもヒュダルネスは処刑され、家族は良くてクロノカイロスからの追放、悪くて一緒に処刑だ。


 そうなると家族の命を助けるには完全に寝返る事のみとなる。 少なくともサブリナはヒュダルネスに価値を見出しているようなので、有用と判断されている内は家族の安全は保障されるだろう。

 だが、それはサブリナの言葉を信じられるという前提の上に成り立っている危ういものだ。


 仮に素直に全て話したとして用が済んだ後、ヒュダルネスを殺して不要になった人質の処分もあり得る。 恭順の意志を示したとしてもサブリナがヒュダルネスを全面的に信用する事はない。

 間違いなく返って来るにしても片方だけだ。 逆の立場なら妻か娘――管理のし易さを考えると娘は高確率で人質として連れて行かれる。


 ――だからと言って従わなければ確実に死ぬ。


 「それで? 天使を維持している施設、または人物は何処にいるのでしょう? お答えいただけませんか?」

 「……ぐ、それは……」

 「一応、言っておきますが、知らないと仰られるなら話は終わりです。 そしてもう一度、尋ねてお答えいただけないようでしたら同様に終わりです」


 どうやら考える時間もないようだ。 ヒュダルネスは一縷の望みをかけて誰かが助けてくれないかといった期待をしていたがそれも難しそうだった。

 

 「では最後にお尋ねします。 場所を教えて頂けますか?」


 ヒュダルネスは妻を見る。 シュリガーラに抑え込まれた彼女は目に涙を浮かべてヒュダルネスを見つめている。 視線が絡み合い、妻は目だけで夫に語りかけた。

 自分の事は気にするなと。 その意図を正確に察したヒュダルネスの目から涙が零れる。


 ヒュダルネスは娘を見る。 まだ言葉も話せない幼い娘。

 シュリガーラに抱きかかえられて小さく寝息を立てている。 これだけの騒ぎの中、目を覚まさないのはかなり強力な魔法か薬品を使われた証拠だろう。


 何も知らない無垢な寝顔はこんな時でもなければ彼の心を癒しただろう。

 

 ――ダメだ。


 ヒュダルネスには家族を切り捨ててまで信仰を貫くといった心の強さはなかった。

 心と同様に膝が折れて崩れ落ちる。


 「――分かった。 話す。 代わりに妻と娘の安全を保障してくれ」

 「えぇ、勿論、同胞となるあなたの家族もまた同胞。 命を奪うような真似は致しませんとも」


 死ぬほど胡散臭かったが選択肢はなかった。

 

 「あの大型天使――四大天使と上は呼んでいたが、連中は地下にある巨大魔法陣で維持している」

 「その地下への入り口は?」

 

 ヒュダルネスは一瞬、言葉に詰まったが覚悟を決めて続きを口にした。


 「複数あるが、一番大きな出入り口は大聖堂の奥だ。 それ以外は街の四方に割り振られている異邦人達の居住区に各一ヶ所ある教会の地下だ」

 「教会はその一ヶ所だけなのですか?」

 「あぁ、連中の居住区は他と違って出入りが厳しいから見ればすぐに分かる」 


 異邦人達は信仰心というよりは教会に通う習慣がない者が多いので教会に需要がないのだ。 その為、魔法陣まで誘導する為の出入り口として設置しているだけだった。

 つまり、本当の意味での教会として機能していない。 それに大人数の搬入を想定しているので建物自体も非常に大きく、探す必要がない程に目立つ。


 異邦人――正確には聖堂騎士として教団に所属している者を異邦人と呼称し、それ以外を転生者と呼ぶ事で別の括りにしているが、ヒュダルネスからすれば接点がない上にどういった用途で飼われているのかを知っているので情を移さない意味でも全員を異邦人と一括りにしていた。


 「なるほど、ちなみに制御を奪う事は可能ですか?」

 「……恐らく可能だとは思うが、アレに関しては用途までしか知らんので技術的な面では何も言えん」

 

 嘘ではない。 正直、どういう理屈であれだけの力を持った天使を使役できるのかヒュダルネスには想像もできなかった。

 サブリナは「なるほどなるほど」と興味深げに呟いて何度も頷くと何故か頭巾に覆われた顔の側面がもごもごと何かを呟くように蠢く。 ヒュダルネスはそれを見て内心で不快感に身を震わせたが口には出さない。


 「操っている者は?」

 「詳しくは知らんが魔法陣の近くにいなければ大聖堂の奥だろう」

 「教団の関係者ではないのですか?」

 「違う。 エラゼビウス――いや、エメスという別組織の技術者が操っているから、俺まで情報が下りてこないんだ」

 「エメス?」

 「……かなり昔から教団と深い繋がりがある組織で、俺も技術者集団という事しか知らん」


 ただ、その仕事ぶりを見れば重宝されている理由は良く分かる。

 このジオセントルザムの防備に四大天使もそうだが、天使像や魔導書と様々な新兵器を作成したのはエメスやそれに連なる組織だ。 実績の一点だけで評価するならあの好待遇も頷ける。

 

 ――だが、信仰心があるようにはとてもじゃないが見えなかった。


 教義的にはどうなんだ?といった疑問はない訳ではなかったが、立場上そこまで物申せる訳でもなくヒュダルネスは疑問を抱えたまま気にする事を放棄。 そういう物だと割り切ったのだ。

 

 「取り急ぎ重要な事は大体聞けましたが、まだお聞きしたい事があります。 同行して頂けますね?」

 「……あぁ、分かった。 何処へでも連れて行ってくれ」


 サブリナの有無を言わせない言葉にヒュダルネスは力なく頷くしかなかった。


誤字報告いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] フッ、落ちたな
[良い点] 背教の騎士ヒュダルネス。 [一言] 信仰の道に背いても、人の道からは外れなかった。 それだけで充分ですよ……。 ヒュダルネスはこのままオラトリアムに加わるのか、主人公の洗脳を受けるのか受…
[一言] 気付いてはいるようですが価値を見出されているうちは割と好待遇ですからね、オラトリアムは良くも悪くも実力社会ですし 頑張れヒュダルネス、有能な人材にはいいとこですよ、多分。きっと。恐らく。 …
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