1010 「矛砕」
続き。
ニコラスはサイコウォードを低空飛行させながら自らの手足のように操り、凄まじい回転の攻撃を繰り出す。
背の四本の腕には槍、ハルバード、剣が二本。 ハルバードを器用に回転させながら横薙ぎ、回避先をコカビエルから移植された固有能力である未来予知で先読みして槍で突きを放つ。
剣の一本は攻撃の合間に差し込むよう振るい、残りは防御に用いる。
まるで竜巻のような凄まじい猛攻で、巻き込まれた建物は瞬時に粉砕され、近くにいた聖殿騎士は一撃も耐えられずについでとばかりに叩き斬られていた。
フローレンスは驚異的な反応でその全てを躱していく。 基本は回避だが、躱せない攻撃はサイズ差を物ともせずに剣で弾く。 重量差の所為で一撃がとんでもなく重いのでフローレンスは可能な限り回避するつもりだったが、サイコウォードの動きが速いので躱しきれないのだ。
両者の距離は数メートル。 フローレンスはこの距離を維持しており、攻めあぐねている状態だった。
近寄り過ぎると剣で迎撃、離れすぎると光線攻撃が飛んでくるので、周囲の被害を考えるとあまり撃たせたくなかったからだ。
だからと言って距離を詰めすぎると斬撃が飛んでくる。 サイコウォードの近接能力と予知の所為で距離が詰められないのだ。
それでも見極めるべく攻防を繰り返しながら冷静に観察を続ける。
フローレンスはこの地位に就いているだけあって、戦闘能力は非常に高い。
特にその観察眼は他の三人よりも頭一つ抜けている。 それによりサイコウォードの攻撃傾向を観察。 癖を見極めようとしていた。
そしてそれは完全ではないが完了しようとしており、そろそろ反撃に移るべく機を窺う。
サイコウォード――ニコラスの立ち回りはフローレンスから見ても隙が少なく、堅実といった印象だった。 ハルバードと槍による縦と横の範囲の広い攻撃と懐に入れば剣、距離を放せば光線が飛んでくる。
周囲にもしっかりと気を配っており、誤射の類が一切ない。 遠距離攻撃の際は間違いなく射線を確認してから実行している。 そして攻撃だけでなく防御面でも隙がなかった。
フローレンスの放つ風の刃は展開された陽炎のような障壁に阻まれて通らない。
普通の魔法ではなく。 天使由来の権能に近い力ではないかと考えていたが詳細は不明。 見た目とは裏腹にバランスの取れた良い動きだった。
この時点でサイコウォードは暴れるだけの獣ではなく、理性を備えた戦士であるとフローレンスは考える。 ならば対処は人を相手にするのと同じと考えるべきだ。
「――!」
ニコラスが動揺に息を漏らす。 理由はフローレンスの動きが変わったからだ。
さっきまで躱してばかりだったのが、攻撃を弾くようになった。 動きの変化に戸惑ってはいたが、強化込みでも膂力はサイコウォードの方が上。 押し切れ――
――そんな考えは金属が砕ける音に掻き消された。
最初に砕けたのはハルバードだ。 円の動きをしていたハルバードは先端部分を砕かれ、残りが勢いそのままに散らばって行く。 次いで突き出した槍が上からの打ち落としで砕け散る。
ガドリエル由来の能力で作った武具だ。 簡単に壊れる訳がないにもかかわらずこうも簡単に砕かれる理由には即座に思い至った。
フローレンスは同じ場所に攻撃を当てていたのだ。 攻撃を防いでいたのではなく目当ては武具の破壊。
同時に二つを破壊されたのは驚いたが、まだ剣が残っており、砕けた武具は作り直せばいいだけだ。
ニコラスは一瞬の動揺から立て直し、即座に次の攻撃を脳裏で組み立てる。
剣二本による斬撃を主とした攻撃に切り替えるが、操縦士であって剣士ではないニコラスの剣の軌道はフローレンスからすれば読みやすい物だった。
折れた槍とハルバードの投擲を軽く躱し、二連の斬撃を容易く掻い潜る。 フローレンスにとってサイコウォードの脅威は異形であるという点。 人間とは異なる体躯から繰り出される無数の攻撃は対処が難しい。 だが、今は両手に二本の剣のみと人に近くなった事により、対処が容易となったのだ。
厄介な長物を同時に処理しつつ動揺を誘い、一気に懐へと入る。
狙いは胸部。 理由はそこから強い魔力の気配がするからだ。 フローレンスの狙いは正しく、胴体には動力を司る魔石と制御を司る脳が詰まっているので片方だけでも破壊されるのは不味い。
バラキエルの光線で迎撃を試みようとしたが断念。 射線上に味方がいるからだ。
シムシエルの誘導性能のある光線では間に合わない。 ならばとニコラスは空いた背の腕の手の平に仕込んだドリルを展開。 彼が最後に頼ったのはサイコウォードに本来備わっている武装だ。
そのままフローレンスを串刺しにするべく上下から一撃、彼女の反応はニコラスの想像の上を行っていた。 彼女はドリルをギリギリまで引き付けたところで背の羽を震わせて飛行による急加速。
前ではなく上へだ。 上から来たドリルを躱し剣を一閃。
腕の間接を狙って切断。 魔法障壁が展開されたが、さっきから使っていた陽炎のような物ではなかった。
恐らく魔力を用いない実体には効果が薄いのだろうと推察。
下からの一撃は無視し、勢いのままサイコウォードの背後へ回りその背の光輪を攻撃して破壊。
光輪が砕けた事により、浮力を失ったサイコウォードが落下。 ニコラスは咄嗟に下半身を広げて着地。 何とか衝撃を殺す。
「――クソッ」
思わずそう毒づきニコラスは上空を確認するとフローレンスは権能の風で周囲の建物の残骸を大量に巻き上げていた所だった。 何をする気か悟ったニコラスは光線を放とうとして――フローレンスがディープ・ワンを背負うような位置取りをしていたので断念して障壁を展開。
同時に瓦礫の雨が降って来る。 サイコウォードは回避できずに落下した瓦礫に埋まってしまう。
ニコラスが瓦礫を撥ね退けた頃にはフローレンスは背を向けてディープ・ワンへと向かっていた。
あしらわれた屈辱に身を焦がすが、ニコラスは一つ深呼吸をして抑えていた救世主を取り逃がしたと上に報告。 まだ機体の半分が埋まっているので戦線復帰する為に瓦礫を排除する作業に入った。
サイコウォードの撃破は必要ではあるが、フローレンスにとって最優先なのは未だに空を泳ぎ回っている巨大怪魚だ。 動きから指揮を執っている存在が居ると見て間違いない。
サイコウォードが復帰するまで十数秒はかかる。 それだけあれば高度の落ちたディープ・ワンへ侵入は可能だ。 指揮官さえ潰してしまえば敵の連携を崩す事も――
フローレンスの思考は微かに耳が拾った風切り音により中断。 彼女はニコラスという強敵を退け、ディープ・ワンへ切り込むといった思考に集中しており、若干ではあるが周囲への警戒が疎かになっていた。
――それでも咄嗟に反応できたのは彼女の高い技量あってこそだろう。
飛んで来たのは魔石。 何らかの魔法を付与された物だろう。
恐らく銃杖により放たれたものと推測しつつギリギリで迎撃が間に合った。 剣で魔石を両断。
割れた魔石が制御を失って飛んで行く。
「――!?」
――が全く同じ軌道でもう一発、魔石が飛んで来ていたのだ。
流石にこれは対処しきれずに権能の風で障壁を展開しつつ身を捻って回避しようとするが、いかなる力が込められていたのか魔石は障壁を貫通してフローレンスの肩に命中。 爆散してその肩を大きく抉った。
誤字報告いつもありがとうございます。




