1002 「炎剣」
続き。
ジオセントルザムでの戦いはグノーシス教団による天使の投入で一旦はオラトリアムに傾いた流れは再び膠着へと戻るが、三つ目の柱の出現により更に傾く事となった。
現れたのは燃えるような真っ赤な天使。
Μιψηαελ天使の中でも最も苛烈な存在で、四体の中で最大の火力を誇る。
そしてこの個体だけは他の三体とは扱いが違うのだ。
ガブリエルは兵士の生産。 ラファエルは回復。 そしてこれから召喚される予定のΘριελは強化と基本的に支援を担う防衛装置として配置された天使達だったが、このミカエルだけは支援ではなく攻撃を担う。
その手に巨体に見合った真っ赤な大剣が現れた。 その視線が向かう先は空中を回遊しているディープ・ワン。
剣を横薙ぎに一閃。 ディープ・ワンはミカエルが攻撃態勢に入ったと同時に急降下。
ミカエルの斬撃は距離を無視して軌道上の全てに襲いかかる。 ファティマの判断で即座に回避行動に入ったディープ・ワンだったが、完全に躱しきれずに周囲に纏った水を蒸発させ角と背の一部を斬り飛ばされる。そして躱しきれなかったエグリゴリ達は戦っていた天使像諸共、耐えられずに蒸発。 少なくない数が瞬時に撃破される事となる。
それだけでは足りなかったのかミカエルの攻撃はディープ・ワンの背後にあった雲を蒸発させて空へと消えて行った。 ディープ・ワンは傷を修復しながら高度を一気に落とし、建物に引っかからない高さを維持して飛行。 ミカエルは追撃を行わずに沈黙。
追撃を行わない事には理由があった。
ミカエルの攻撃はグリゴリですら一撃で屠れる規模と威力の攻撃だったが、ある欠点が存在した。
大きすぎる威力と攻撃範囲、そしてそれに見合った消耗を強いるのだ。
前者の影響で地表やその近くにいる存在には攻撃し辛く、後者の理由で連射できなかった。
オラトリアム――と言うよりはベレンガリアの分析は正しい。
あの巨体と強力な能力を維持するのは並大抵の事ではなかった。 ミカエル以外の天使が攻撃行動を取らないのは支援と攻撃を併用すると消費に供給が追い付かなくなるからだ。
その証拠にミカエルは攻撃直後にその輪郭が揺らぎ不安定に姿が明滅した。
「損害報告! 急ぎなさい!」
ファティマが珍しく声を荒げて指示を出す。 周囲の者達が慌てた様子であちこちに損害を確認するべく、連絡を取っていた。
「うーん。 これはまずいなぁ……」
それを横目で見ながらアスピザルは小さく呟く。 壁面に映った映像からかなりの数のエグリゴリが撃墜されたのが分かった。 巨大天使が出て来た時点で嫌な予感はしていたが、直撃だった場合は今ので死んでいたと考えると肝が冷える。
「あー、戦況は――厳しいか」
アスピザルはしょうがないなぁと呟いて近くで腰を抜かしているベレンガリアの肩を小さく叩く。
一歩間違えば死んでいた事に驚いたのか変な呼吸をしていた。 柘植や両角も余りの事に動揺したのか動けないでいるようだ。
「ちょっと珍獣さん。 正気に戻って?」
「え? あ? 何だ?」
「取りあえずあの天使を何とかしたいんだけど維持している召喚陣がありそうな場所に心当たりない?」
ベレンガリアは呆然としていたが徐々に正気を取り戻したのか瞳に理性が戻り始めた。
「あ、あぁ。 ――あれだけの巨体を維持するにはかなりの規模の召喚陣が必要な筈だ。 アイテムの類で代用するのは恐らく無理だから動かせない位置にあると見ていい。 そうなると地下かそうでないならあの大きな聖堂か城だろう」
「ふむふむ。 纏めると城か聖堂、後はあるか怪しい地下施設かな?」
アスピザルが確認するとベレンガリアは小さく頷く。
「ファティマさん。 僕とヴェルでどっちかに行くから人を貸してくれない?」
元々、アスピザルとヴェルテクスは城か聖堂攻めの担当だった。
どちらも重要施設なのは明らかだったが、戦力を割り振る為の判断材料が足りなかったので様子を見ていたのだ。 だが、こうなると前倒しをせざるを得ない。
「……どちらへ向かうつもりですか?」
「ぶっちゃけどっちも怪しいからどうしたものかな?って感じだけど、王城よりは聖堂の方が怪しいかなって思っ――」
「――王城だ」
割り込むようにそう言ったのはいつの間にか転移で来ていたヴェルテクスだった。
「俺とコイツで王城を落とす。 残りはローに攻めさせろ」
「いや、ちょっとヴェル――」
ヴェルテクスはアスピザルを無視。 ファティマはローを軽視する言葉に若干の不快感を示したが、ややあって目を細める。 冷静に考えるのならこれは悪くない提案だったからだ。
それは――
「つい先ほど入った情報では王城には聖剣使いがいるそうです。 落とせますか?」
――内部の戦力情報が手に入ったからだった。
それを聞いたヴェルテクスが若干、不快気に顔を歪めるが一瞬の事だった。
「上等だ。 ついでに聖剣使いも片付けておいてやる」
「ちょっとー! なに言ってんのヴェルー! それ僕も参加するの前提で頷いてるよね!?」
「良いでしょう。 指揮は貴方に任せます。 部下は――」
「スレンダーマンを五十程でいい。 数が居ても足が遅くなるからな。 戦況に余裕が出来たら後で適当に追加を寄越せ」
「ねぇ、僕の話を聞いてよぉ……」
アスピザルの声には少し泣きが入っていたが、ファティマもヴェルテクスも無視した。
「分かりました。 では、すぐに転移の準備を始めます。 それとロートフェルト様には――」
連絡を取ろうとしたファティマにヴェルテクスは薄く笑う。
「あぁ、それならしなくていいかもな。 いい加減に奴も痺れを切らしていたようだから言っといてやったぞ「出番だ」ってな」
「――なっ!?」
ヴェルテクスが何をしたのか瞬時に察したファティマの顔色が変わる。
「あー、やっぱり温存って名目じゃローを抑えるのは無理だよね……」
アスピザルが投げ遣りに呟く。 彼の視線の先――壁面の映像には聖堂に命中してその一角を消し飛ばす闇色の光線がはっきりと映し出されていた。
「ちゃんと聖堂を攻めるようにも言っといてやったぞ」
ファティマが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、ヴェルテクスは小さく鼻を鳴らしてアスピザルの襟首を掴んで引き摺る。 咄嗟に夜ノ森が付いて行こうとしたがアスピザルが手で制した。
「アス君……」
「うん。 取りあえず、梓はここに居てね。 まぁ、死なない程度に頑張って来るよ」
アスピザルはヒラヒラと手を振ってそのまま引き摺られる。
「ヴェルー、これ貸し一つだからね」
「好きにしろ」
そんなやりとりをしながら二人は部屋の一角に設けられたスペースへ移動し、ゴブリンの工兵が転移魔石を準備。
やがて準備ができたのか二人はそのまま戦場へと転移していった。
誤字報告いつもありがとうございます。




