1001 「改誘」
続き。
凄まじい轟音。
それはガブリエルに向かって巨大な鉄塊が飛翔し衝撃によって防がれた際に発生した音だった。
巨大な鉄塊が尋常ではない速度で空を飛ぶ光景は凄まじく異様な光景としてヒュダルネスの目に焼き付く。
驚いている間にもう一撃全く同じ攻撃が飛んで行く。 同様に防がれるが今回は先の一撃と違う点があった。 何と鉄塊に誰かが乗っていたのだ。
乗っていた何者かは持っていた剣でガブリエルの障壁を破壊し、その巨体に大きな傷を刻む。
あの障壁を突破するだけでも驚きだが傷までつけるのはヒュダルネスにとっては目を見開く程の衝撃だった。
「――あれは……」
思わず呟く。
驚きではあったが信じられないといった気持ちは湧き上がらない。 遠目ではあったが、人間離れした姿。
間違いなく異邦人だろうが何より目を引くのはその手に握られた四色の輝きを放つ剣だ。
聖剣。 それも第十の聖剣アドナイ・メレクだ。
所在が不明とされていた筈の剣がここにあり、先の鉄塊を飛ばした攻撃は恐らくエロヒム・ギボールだろう。 情報ではアイオーン教団のクリステラという聖堂騎士が持っていると聞いていた代物だった。
それが揃ってここにいるという時点で敵がウルスラグナ由来の組織だという事が確定となる。
現在、ウルスラグナで交戦中のアイオーン教団側には聖女が現れているのは聞いているので、ここに来ることはないだろうと考えていたが、残りの聖剣に関してはその限りではない。
クリステラはガブリエル、第十の聖剣使いはラファエルを抑えるべく別れたのが見えた。
近場の者が割り込もうとしていたがヒュダルネスは無視、理由はあの天使の仕組みを知っているからだ。
オラトリアム側の見立て通り、あの巨大天使は都市の地下に存在する巨大召喚陣を用いて呼び出した個体だった。
召喚陣からは常に膨大な魔力が流れ込み、本来なら崩壊する筈の巨体を維持している。
だが、代償としてその場から動けない事と消耗を抑える為に攻撃行動を殆ど取れない事、そして使役する為の人員と魔法陣に何かがあれば存在の維持が困難となるといった弱点も抱えていた。
そもそも防衛装置として配置された天使なので、動けない程度は大した問題ではない。
現状、二体の天使は問題なく機能している。 三体目と四体目の準備もそうかからずに完了するだろう。
そうなればこの戦いは終わる。 だが、あの天使を維持している魔力は聖剣由来の物ではあるが、それだけでは賄いきれないので普段から都市内部にある貯蓄施設に貯め込んでいる膨大な魔力と異邦人達の命を消費しているのだ。 その為、使いすぎると後で苦しい事になるだろう事も分かっていたので、軽々に使えばいいとは言えなかった。
施設に備蓄している魔力は街の住民の生活を支える物で、異邦人の命は使えばなくなる物だ。
軽々になくなって良い物ではない。 だが、この状況を片付けるには必要である事も理解していたので、止めろとはとてもではないが言えなかった。
――今の俺にできる事は少しでもこの戦いを早く終わらせる事だ。
家族は避難させているが、肝心の街が崩壊すれば生活に苦労をする事となる。
国を守る事はそのまま家族の安寧に繋がる以上、ヒュダルネスは命を賭けてその使命を全うするだろう。
彼は救世主として次々と敵を屠り続ける。 巨大なレブナントを風の刃で斬り刻み、再生が始まる前にその首を刈り取ってとどめを刺す。
お互いの傷が勝手に治る戦場ではいかに相手を即死させるのかが重要となる。
必要なのは相手の急所を見極め、素早く命を奪う事だ。
通信魔石で細かく指示を出しながらヒュダルネスは戦場を駆ける。
「ひ、ヒュダルネス殿ぉ……」
不意に彼を呼ぶ声が聞こえて振り返ると一人の聖殿騎士がふらふらと現れた。
「ボイヤー! 大丈夫か?」
「も、申し訳ありません。 自分は……自分は――」
彼はヒュダルネスの部下の一人だった。 天使の加護のお陰で体に傷はないが、装備はほぼ大破。
表情には絶望が張り付いている。 恐らく手酷くやられて逃げて来たといった所だろう。
この戦場では生きてさえいればどうにでもなる。 剣も折れているので一度下げて休息を取らせようと考えた彼の思考は不意に切断され、高々と宙を舞ったボイヤーの首の前に途切れた。
「……出てこい」
ヒュダルネスは怒りを押し殺した声でボイヤーの背後の空間を睨みつける。
それに応えるように空間から何かが現れた。
異形が多い戦場ではあったが、彼女はその中では比較的まともな見た目をしていたといえるだろう。
全身をすっぽりと覆う修道服に手には錫杖。 服のふくらみ――特に肩回りに違和感があるので、修道服の下はまともな形をしていないのだろう。 もしかしたら腕が余計に生えていたり、人間には備わっていない謎の器官があるのかもしれない。
「『救世主』オーガスタス・ケニ・ヒュダルネス殿とお見受けします。 私はサブリナ。サブリナ・ライラ・ベル・キャスタネーダと申します。 見ての通りただの修道女。 ――貴方がたとは異なる信仰を持ってはいますが」
そういってサブリナは笑みを浮かべる。 ヒュダルネスはその笑みを見て「そういう手合いか」と僅かに表情を歪めた。 外面と中身が乖離している人種だ。
ヒュダルネスは経験上、こういった手合いを何人も見ているので一目で嫌な相手だと理解した。
こういった相手は実力以外の面で厄介なので何をしてくるか分からない怖さがある。
そしていきなり話しかけて来る時点で何か裏で企んでいる可能性が高い。
「名前を知られているとは光栄だな。 それで? その修道女殿が俺に何の用だ?」
ヒュダルネスは油断なく、サブリナを睨みつける。
その視線は油断なく彼女の挙動を警戒。 目当ては何だ?と思いつつそう返す。
サブリナは笑顔のまま口を開く。
「貴方は非常に幸運です。 我等は貴方のような有望な人材を求めています。 ――ですので、グノーシスを捨てて改宗しませんか?」
――は?
一瞬、目の前の女が何を言っているのかが理解できなかった。 改宗? つまり俺に寝返れと?
正直、この状況で堂々とそんな馬鹿げた事を言い出すとは思わなかったからだ。
目の前の女は信仰を過剰に貫く傾向にあるのかと分析しつつ、狡猾さも併せ持つと判断したのだが俺の勘違いか? いや、決めつけは危険かとヒュダルネスは結論を焦らずに保留。
「笑わせるな。 我等救世主は教団と信仰に命を捧げた騎士。 そんな軽い言葉で翻るような安い物ではない」
「そうなのですか? お互いにとって良い話と思ったのですが残念です。 ですが気が変わったらいつでも仰ってください。 我が教団は常に門戸を開いていますよ?」
ヒュダルネスは抜かせと小さく吼えて仕掛ける。
話にならないと判断したからだ。 もしかしたら指揮官である自分を抑える目的かもしれないと疑った事も大きい。 彼も天国界は既に二天まで展開済みだ。
戦闘態勢は整っている。 さっさと仕留めて次に行く。
そう意気込んでサブリナへと向かう。 サブリナは薄い笑みを張り付けたまま無言で錫杖を構えた。
誤字報告いつもありがとうございます。




