メリーさんと僕
プロローグ:私、メリーちゃん!
「私、メリーちゃん!渉くんの後ろにいるの!」
10年前のある夏の日のことをふと思い出した。
メリー...、今生きてたらあいつも17才か...。
頬を流れる涙を拭きながら渉は10年前の記憶を思い出すようにたどっていった。
1:大事な人
「渉くーん!遊びましょー」
僕の初恋の人であり、幼馴染みだったメリーはとても活発な少女だった。
当時、僕はメリーに恋愛感情があったのかはよく分からないが、今思うときっとメリーの事が好きだったのだろう。
砂場やブランコ、滑り台、どの記憶を覗いても必ずメリーがいたのだ。
「私、メリーちゃん!渉くんの後ろにいるの!」
メリーはそう言うと僕の肩を掴み、
「わっ」
っと脅かした。
「なんだメリーちゃんか...やめてよーびっくりしたじゃん!」
心臓の動悸を抑えながら振り向きメリーにそうつぶやくと二人で笑いあった。
その頃、皆の間ではメリーさんと言う怖い話が流行っていて、メリーのおはこになっていたのだ。
そう言えばメリーはよくメリーさんネタ言ってたなぁ。
「私、メリーさん」
機械のような無機質な音が耳元で再生される。
ちっ、またか…。渉はがっくりと肩を落とすと現実に引き戻された。
2:静かな君と嘆く僕
声がした方を振り向くと、そこには感情が欠落したような顔をした少女が立っていた。
いや、欠落したようなではない…欠落してし
まっているのだ...。
「やぁメリー。体調は平気かい?」
「...」
メリーは瞬きもせず、じっとこちらを見つめている。
まぁいいさ、返事を期待して喋ってるわけじゃない。
あの10年前のメリーはもうここにはいないんだ...。
10年前のあの日、僕はメリーと一緒に家への帰り道を歩いていた。
そう、今日のような雲一つない澄み渡るような青空だった。
「渉くん。今日はお空綺麗だね!お家帰ったらお外で遊ばない?」
そんな会話でもしてたんだと思う。
そんな帰り道、僕はトイレがしたくなって、公園の前でメリーを置いて、用を足しに行ってしまったんだ。
まさかその間にあんな事が起きるとも知らずに...。
3:僕も忘れたい
僕が公衆トイレから戻ると、公園の前にメリーの姿はなかった。
すると少し先の道路のところに人だかりが出来ていて、気になって近寄ってみた。
しかし、当時の僕の身長では人だかりの中までは見えるはずもなく、ただ呆然となんだろうと立ち尽くしていた。
すると救急車の音が聞こえてきて、人だかりの前に止まった。
どうやら事故が起こったらしかったことは理解できてたんだと思う。
その後少しして、母が迎に来て、訳もわからずに家に連れて帰られたのを覚えている。
それから何日かして事故にあったのがメリーだったことを知った。その当時はまだ事故の深刻さも知らずにただただ友達と会えないという喪失感だけが漂っていた。
メリーは車と衝突したが、不幸中の幸いで死は免れたらしく、脳の後遺症だけで済んでいた。
ただ、その脳の後遺症が思っていた以上に深刻で、大脳辺縁系という部分に血の腫瘍が出来ていたらしく、感情の大部分を失ったらしいのだ。そして記憶まで失ってしまっているというのだ。僕だってあんな過去...忘れたいんだ。
4:私メリーさん。今あなたの後ろにいるの。
それから時は流れ10年。なんとか日常生活は出来るようになったものの、感情を表すことが出来ず、記憶障害も併発してしまっていたらしく、事故前の記憶もなくなっているらしい。
ただひとつ覚えていることは
「私メリーさん。今あたなの後ろにいるの」
と言うメリーさんの言葉だけなのだ。
その事故から10年、メリーの症状は治る気配すら見せず、誰かの介護を必要とする毎日を送っていた。
渉は溢れてくる涙を堪えながら、抜け殻と化したメリーに訴えかける。
「メリー...またあの頃みたいに一緒に遊ぼうって言ってくれよ...。」
「...」
「また一緒に脅かしあったり帰り道をいっしょに歩いたりしたいよ...」
渉の涙は止まるどころか勢いをまし、腕のすそを濡らしていく。
「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
あれから何100回何1000回聞いたであろうこの無機質な言葉。
お願いだ。またあの頃のように俺の名前を呼んでくれ...。
そんなことをいくら願おうと、メリーは変わってくれない。
5:目覚める君
五年前、メリーの母に
「メリーはね、渉くんのことが大好きだったんだよ。家から帰ってきても渉くんの話ばっかりでね...」
お母さんは少し悲しそうな顔でふふっと笑うと
「渉くん。嫌ならいいんだけど、これからもメリーと話したり、遊んだりしてあげてくれない?」
と言った。渉はもちろんです!と返すとメリーの母はありがとうと微笑んだ。
あれからも毎日のようにメリーと話している。話が合うことはないし、効果もあるのか分からないが毎日の日課になっていた。
渉はメリーの母のメリーが自分の事が大好きだったと言う言葉を思い出し、呟くような小さな声で言った。
「メリー、僕も大好きだよ」
「わた...る」
渉は驚いてメリーを見上げると、そこには不器用な姿で笑おうとしている、メリーの姿が
あった。
「メ、メリー!?治ったの?大丈夫!?喋れるの!」
そうメリーをまくし立てると、メリーは困った顔をしてまた渉...と呟いた。
6:メリーさんの思い
メリーが喋れるようになってから3年。
メリーは感情、記憶を取り戻し、僕と変わらない生活が送れるくらいにまでなっていた。
なぜメリーがあの時目を覚ましたのかはわからないがメリーは感情のない心の中で、僕に
ずっと振り向いて欲しいと願い、
「私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
と呼びかけていたらしいのだ。
今まで気付かずにいてごめんね。
そう言うとメリーは気恥しそうに笑い、
「もう振り向いてもらったしいいもん」
と言い、頬を赤らめた。
エピローグ:成人式
そういえば今日は成人式だ。メリーと成人式に一緒に行く約束をしていた渉はメリーの着付けを待ちながら着物姿を想像しワクワクしていた。
「私、メリーさん!今渉の後ろにいるの!!」
透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。
渉が知ってるよと笑いながら振り向くと想像
した以上に綺麗になったメリーがいた。
「き、綺麗だね」
照れながらそう言うとメリーは気恥しそうにありがとっ、と言った。
渉は早速メリーの手を取り腕を絡ませた。
「な、なにしてんの!?」
「いいじゃん、今日は特別な日なんだし」
二人は人目も気にせず惚気けながら成人式会場へと向かって歩いていった。
「私メリーさん、今あなたの...」