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虹色のコード  作者: ぱらっぱらっぱ
序章 天使と精霊が出会う刻
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第3話 天使の世界と精霊の世界




 大門は、アンジェリクが『遺跡』と呼ぶ場所に来てから、ずっと違和感があった。

 今まで知覚出来なかった何かが、次々と解き明かされるような感覚。使われていなかった何かが、身体から飛び出してきそうな衝動。

 噛み合わなかった歯車が徐々に噛み合っていくような適応感。

 怪物に襲われている時、奴の動きがはっきりと見えていた。以前では反応も出来なかった領域だろう。そして身体が自然と生存のための行動に移る。

 そこに躊躇はなく、初めての経験への恐れもなかった。



***


 悲鳴を上げるキーンパンサー。

 ダイモンがのばした手刀が、キーンパンサーの柔らかい目を刺し貫いたのだ。


「グガアアアア!!」


 だが目を潰されただけで退くキーンパンサーではなかった。再度、噛み付こうするキーンパンサー。


『おらあっ!!』

 

 しかしダイモンに牙が突き立てられる前に、アンジェリクの豪脚がキーンパンサーを蹴り飛ばした。

 

『ほうら、言わんこっちゃない! 足手まといは、おとなしく私の後ろにいなさい!』


 礼を言いかけたダイモンを制して、アンジェリクは彼を叱りつけた。

 アンジェリクは、ダイモンに遠慮していたことを少し悔いながら、今だけは心を鬼にすると決めた。

 アンジェリクが言っているのは至極当然のこと。

 どうにもこのダイモンという青年には緊張感が欠けていたようだ。だから、あんな興味本位で動いていたのだ。

 引き締めるところは引き締めねばなるまい。あとでじっくりと話をする必要があるだろう。

 そう、じっくりと。


 じ・っ・く・り・と・だ。 


『下がってなさい』


 アンジェリクは少しばかり本気を出すことにした。

 ぼっち、もといソロからの脱却は密かな悲願だったが、お荷物を抱えるのは厄介だと内心苦笑した。

 これもまた、障害の一つとなるか。


『我が内に宿りしことわりよ、暴威を世界に刻め』


 理法りほうの起動式である言霊ことだまを口にするアンジェリク。

 あらゆるものに宿る根源の力、理力りりょくを用いて様々な現象を発動させる理法は、熊の姿になる以前から彼女の得意分野の一つだ。

 アンジェリクの右腕が青く輝き、


『ディスチャージ!』

 

 解放の言霊とともに右腕を突き出すと、拳の先から光線が発射される。

 光線を受けた数体のキーンパンサーは文字通り塵となって消えた。


『もう一撃!』


 アンジェリクはなぎ払うようにして再度光線を発射、残ったキーンパンサーを一度に殲滅してみせた。


「すごい……これは、もう、本当に――」


 目を輝かせてアンジェリクをみるダイモン。

 別段、今しがた見せた理法は威力は別にしても、基本的なものなのだ。それでここまで感動するなど、まるで子供のようだとアンジェリクは思った。

 

 敵性の気配が完全に消えたことを確認したアンジェリクは、感動しているダイモンの頭をぽかりと叩いた。本当に、赤子の手をひねるくらいの力加減で。そうでないと呪われた遺伝史(コード)に侵された今のアンジェリクでは簡単に頭を粉砕してしまうだろうから。


『こら! 遺跡を舐めるんじゃない! ここが死の最前線であることを認識しなさい』


 見た目は吠える熊に生存を脅かされている人間の図。

 だがアンジェリクとてここは妥協してはならないところだ。

 先達の開拓者ヴァンガード、冒険を生業とする者として、迂闊な人間を見過ごすことは出来ない。

 血塗れの凶獣と呼ばれていても、彼女自身は良識の持ち主である。 


「アン……ジェリクさん」


ややほうけたようにアンジェリクを見つめるダイモン。


『ちょっと、聞いているの?』


 そんなダイモンにアンジェリクは更に言い募ろうとして口を開き、


「すごい、これはすごいことだよ!」


 ダイモンは突如興奮した様子でアンジェリクに詰め寄ると、毛むくじゃらの彼女の身体をがっちりと掴んだ。


「見たこと無い生態の動物に、今の魔法みたいな攻撃! そしてアンジェリクさんのような特殊な事情を抱えた人! 日本中、世界中を探したってそんなのいない!! 俺は本物の神秘がある世界にやってきたんだ!」


 あはははと、ダイモンはアンジェリクの身体を揺すりながら訴えた。

 

(ちょ、力が強い!? なんなの、この男)


 一瞬、アンジェリクの身体を悪寒が走った。

 ダイモンの上気した笑顔は、ある種の狂人の笑みを思わせた。

 

『ちょ、離れなさいっ』


 それがアンジェリクの危険意識を刺激し、彼女にダイモンを投げ飛ばすという選択をさせた。


「がっ」


 壁にたたきつけられ、短いうめき声を上げたダイモンは、ゆったりと地面に倒れてそのまま動かなくなり――


『しまったー!!』


 迂闊な熊、もといアンジェリクの絶叫が遺跡の中に響き渡った。 

 幸いダイモンは気絶している程度で済んでいたのだが、その絶叫が、多くの外獣を呼び寄せてしまう結果となり、ちょっとした苦労話として後にアンジェリクがダイモンに語ることとなった。



***


「おい、血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんだぞ」


「本当だ、血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんだ!」


血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんが人間の男を背負っているぞ!?」


「あいつ、血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんに食われるのか、食料的な 意味で」


「いくら血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんでも、そこまでのことは……」

 

「ちょっと血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんの評判を下げるようなことを言わないでよ」


「そうよ! 血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)さんはグルメなのよ? あんな冴えない男を食うわけ無いじゃない」


(おい、本人の前で何を失礼なことばかり言ってやがる)


 アンジェリクはダイモンを背負って、遺跡に最寄りの拠点とする街に到着していた。

 高位の開拓者ヴァンガードならば、通常2~3日かかる道程を走って半日にする程度はやってのけるのだ。

 この拠点でもすでに血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)の二つ名は浸透していて、よくも悪くもアンジェリクには畏怖の感情を向けられている。

 喧嘩をふっかける阿呆はいないが、こうしてからかいか本気かよくわからないひそひそ話をされることは、たまにあることだった。


『うっさい! 噂をするなら、もっと聞こえないようにしろ!』


 無駄だとわかっていても言わずにはいられない。

 二つ名持ちの熊の咆哮は、見物人たちを蜘蛛の子のように散らすように退散させた。


「うん……」


『あ、起こしちゃった?』


 アンジェリクが背負っていたダイモンが目を覚ました。


「俺……あっ」


『起きたのなら、降ろしてもいいかしら?』


「ああ、ごめん、すぐおりるよ」


 アンジェリクは、少し腰を下ろし、それに合わせてダイモンがアンジェリクの背から降りた。


『どう? 身体に不調なところはあるかしら』


 ダイモンはアンジェリクに問われ、身体のあちこちを動かした。


「うん、大丈夫。どこもおかしなところはないよ」


『えっと、その……』


 アンジェリクは気まずそうに逡巡した後、さっと頭を下げた。


『ごめんなさい。その、手荒な真似をして』


 アンジェリクの謝罪をきょとんとした顔で見つめていたダイモンは、気まずそうに頭をかいた。


「いや、謝るのは俺の方だ。あんなふうに迫ったら、そりゃあ投げ飛ばすくらいはしちゃうよな」


 冷静になると、案外紳士的だなとアンジェリクは思った。

 まあ、アンジェリク元来の姿が見えているのだから、怯える必要も無いわけで。

 熊ではないアンジェリクはただの、器量よしの、何の変哲もないエルフ女なのだから。


『さて、互いの身の上、ちょっと詳しく話そうか。この街なら安全に話せるし』




***


 アンジェリクにとって。

 そしてダイモンにとって、【ダイモンの世界】の話はさして重要ではないが、彼を語る上では外せない話ではある。

 彼の世界は、「あらゆる神秘が否定され、物理法則に支配されている世界」ということらしかった。ダイモンは、そんな世界であえて神秘を追い求める学者の卵の卵、というような立場らしい。

 そして金銭的な問題と時間的な制約でそもそも卵の卵ですらいられなくなるかどうかの分水嶺にいた。


「それで、とある地方都市伝説を追っかけて田舎の廃神社に辿り着き」


 この世界にやってきた。

 ダイモンの落ちた奈落が、どんなものなのか結局わからず仕舞いだが、それは現時点ではどうしようもない話だ。

 

 そして焦点は、アンジェリクたちが今いる世界の話となる。

 彼女たちは、この世界を便宜上【ディー】と読んでいる。

 その名称は、かつて存在していたという神や天を称する者たちが、そう呼んでいたことに由来する。

 今のディーは、すでに文明が何度も滅びたあとに出来た文明下にある。

 そして神や天は、今のディーには存在しない。

 あるのは、存在の根源たる力――理力と、存在を規定する概念――遺伝史(コード)のみ。

 ダイモンの言葉で言うと「理力と遺伝史(コードの支配下にある世界」。

 

 それがアンジェリク達がいる世界だった。



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