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虹色のコード  作者: ぱらっぱらっぱ
序章 天使と精霊が出会う刻
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第2話 天使の抱擁


 俺が俺という自我を得たのは、あの世界に落ちた時だ。そう、あの神社にダイモンが足を踏み入れて、そして奈落に落ちた時だ。 

まず思ったのは、ダイモンを守らなきゃ、ということだ。多分他のやつもそうじゃねえかな。奴隷根性だって? 

 けど、そういうもんだろう、俺達の存在は。体を覆い、守り、隠すもの。それが俺たちだ。もっとも自我を得たって声なんて出せやしねえ。どう扱われたって不満もねえ。捨てられちまえばそれまでだ。捨てられたその時が、俺達の寿命だってな。それでいいって思うよ。メンタルは人のそれとは違うんだ、最初から割り切れてるのさ。


 服ってのは、そんなもんだろう。


 けどよ。大事にしてくれるってんなら、それはそれでありがたい。頼りにするなら気合を入れてやるぜ。

 なにせ俺は服だからな。体を覆い、守り、隠すものだが、同時に着飾って見栄を張らすためにあるんだぜ? せいぜいかっこ良く着こなしてくれよダイモン。そうすりゃ、俺達も応えるさ。


 俺の名前はカーディナル。真っ赤に照り輝く生地が自慢のウインドブレーカーさ。





 第2話


 ダイモンの素性がよくわからない。アンジェリクが警戒したのはそこだ。


 互いに名を名乗ったあと、ダイモンは自らを学生と言った。意識もはっきりしていて混乱している様子もない。

 ただ、この遺跡に来る経緯が不明瞭だった。ジンジャなる祭壇に足を踏み入れたところ、底無しの穴に落ちて、次に気がついたらこの場所だったという。

 嘘を言っている様子はない。アンジェリクのいる場所は、とある遺跡の深部で攻略難易度は高く、多少の汚れはしょうがないところだが、ダイモンは小奇麗なものである。

 それに、数々の人間を見てきたアンジェリクだが、ダイモンという青年には擦れたところがない。

 話し方にも知的な何かを感じさせるものがあり、おそらくは上流階級でよい教育を受けたのだろう。


 だが、最も気になるのは、彼の認識である。

 アンジェリクを綺麗と言い、その言葉を聞き取れるというのは、どういうことか。

 アンジェリクは、やや威圧しながらも、訪ねてみた。


『あなた、私の事どういうふうに見えているの?』


 熊の唸り声にしか聞こえないはずのアンジェリクの問いに、ダイモンが答える。


「長いプラチナブロンドの髪をしていて、きりっとした目が印象的ですね。鼻は少し高くて、耳が長くて先端が先細い。体はよく鍛えられて、スタイルも綺麗です。露出が多いのはちょっと目のやり場に困りますけど」


 最後の方は、若干顔を赤くしながら、なんて事のないようにダイモンはアンジェリクの本当の姿(・・・・)を見極めたのだ。

 動悸が早くなるのを抑えつつも、アンジェリクはさらに問う。

 

『じゃあ、熊の姿は、あなたには見えていないというの?』


「ああ! やっぱり見間違いじゃないんですね。実は、あなたにオーバーラップして、熊の姿が写ってるんですよ。頭がおかしくなったのかなと思ってたんですけど。そういえば、声の方にも妙なノイズが入っていたんですけど、あれってもしかして、熊の鳴き声だったとか……?」


『う……うおおおおおん!』


 アンジェリクは吠えた。いや、咽び泣いた。希望のものとは異なるが、大当たりを引き当てたのだ。

 とある遺伝史(コード)に呪われて熊の過獣人として扱われていたアンジェリクだが、本当の彼女は、獣人ですらない。


 ただのエルフ女なのだ。


 呪われてからというもの、同じエルフからは爪弾きにされ、獣人にさえ一部からは不当に差別を受けた。

 獣と人の理想的な融和を誇りとする獣人にとって、獣寄りの過獣人は蔑視の対象だからだ。

 

 トレジャーハンターになったのは、古代のアーティファクトに解呪の望みをかけたからだ。

 しかし言葉を話せない過獣人ではコミュニケーションに難があるため、大概の人間が距離をおいた。

 役所等、事務的なやりとりがあれば、受付とも筆談位はするが、話が弾むわけはないだろう。


 そんなこんなで孤独に生きてきたアンジェリクなので、それはもう人恋しかった。

 だから、つい、


『おろろーーん!!』


 目の前の理解者に抱擁ぐらいしてしまった。感極まったのだ。


「う、うわあああああ!?」


 端から見れば、ただのベアハッグである。

 しかもそんじょそこらの熊とは比べ物にならないほど、力強いのだ。

 いや、そもそも熊というだけで脅威なのだけど。


『はっ、しまったーーー!?』


 ぐおおおおおんっとという咆哮が遺跡に響いた。

 ダイモンはぐったりと気を失っていた。

 死んでいなかったのが奇跡だった。




***



 アンジェリクはこのダイモンという青年に対して、少し慎重になる必要があると結論づけた。

 彼の素養を考えれば惜しいことだが、手放しで信用するには、まだ互いのことをよく知らなすぎたのだ。

 だからゆっくり親密になれたらいいんじゃないかな♪ などと、若干浮かれていたアンジェリクだった。


 さて、ひとまずはダイモンを安全な場所まで送り届けるというところに話を持っていったアンジェリク。彼の護衛としてやる気は十分だった。 

 なぜ道案内ではなく、護衛と言ったか。

 それは、外獣がいじゅうとよばれるモンスターがこの世界には蔓延っているからだ。アンジェリク達のいる遺跡も例外ではなく、むしろそうした場所こそ外獣の住処となっている。それらを蹴散らしながら、遺跡の外を目指すアンジェリクとその後ろをついていくダイモン。



 歩みを進めていくと、四足歩行の外獣の群れが、アンジェリクの前にやってきた。

 斑点付きのしなやかな黄色の体躯に、頭部から背中にかけて炎が走るようなたてがみが綺麗に生えそろっている。獲物を食いちぎるための歯が発達して、外にむきだしなるほど長く、ネコのように細長い目をぎらつかせているキーンパンサーの群れだった。


 キーンパンサーのゼロ加速。一秒に満たない時間で最高速に到達する、必殺の飛び込みだ。

 だがアンジェリクはこの程度で動じない。その豪腕を神速で向かってくるキーンパンサーに打ち下ろした。

 肉が爆ぜ、声にならない悲鳴を上げて、キーンパンサーは絶命した。

 一匹目の突撃を合図に次々と突撃を敢行するキーンパンサーたち。

 アンジェリクがその身を外獣の血で怪我しながらも前進を止めない。軽い足取りでその豪腕をふるい、外獣たちをまるでほこりを払うかのように蹴散らすその姿は、まさに血塗れの凶獣にふさわしいと言えた。

 だがアンジェリクの内心は複雑だ。

 つい、ソロで探索しているのと同じ感覚で戦ってしまっているが、後ろにはダイモンがいる。

 不本意ではあるが、自分が血塗れの凶獣(スカー・レッド・カーネイジ)と呼ばれる所以の戦い方を、今、自分の理解者になってくれるかもしれないダイモンに見せつけているのだから。


(あーどうしよー、彼引いてないかなー??)


 戦い方にも品格というものがある。アンジェリクのそれは、とても流麗とは言いがたい。獰猛な獣をより過激にしたようなスタイルだ。


(しょーがないじゃん! だってこれが一番楽なんだもの)


 アンジェリクは器用だ。弓の扱いはお手の物。綺麗に動物の解体もできるし、編み物だってできるし、材料さえあれば、花冠をつくったり金細工もできる。ちなみにアンジェリクが着ている服も彼女のお手製である。


 だが、ここは閉所で、弓を使うには不利、加えて相手は多数だ。

 だから自然と、強靭な腕によるカウンターを狙うようになる。

 同じ人間相手ならば、ただ待ってるだけではいけないが、勝手に飛び込んでくる飢えた外獣相手ならば、これがハマる。

 アンジェリクの戦い方は理にかなっている。その美醜はべつにして。


 心のなかではアンジェリクはもはや涙目である。これがソロ(ぼっち)でやってきた弊害か。

 

 だが、ここの外獣はなかなかに手強い。一撃で屠っているアンジェリクだが、一撃で屠らないと危険だからそうしているに過ぎない。

 もっとも、それができれば苦労はないという話かもしれないが。


 アンジェリクはちらりと後ろに振り返ってダイモンを見る。


(ええ?)


 ダイモンはアンジェリクを見ていなかった。

 それどころか、キーンパンサーの遺体に寄って、それを触ったり、匂いを嗅いだりしている。

 手にはいつの間にか、白い手袋をつけていた


『このお馬鹿、何を迂闊なことを! 私の後ろに隠れてなさい』


 ぐおおおっと、アンジェリクが吠えた。


「こんな特異な動物は初めて見るな……だがこれだけだと証拠が足りない……」


 屈強な男でも臆するアンジェリクの咆哮を意にも介さず、ダイモンはぶつぶつとつぶやいていた。


『だから私の後ろにいないって! でないと奴らは――』


 アンジェリクが言葉を続けるより早くキーンパンサーの一体が、アンジェリクの横をすり抜け、しゃがみこんでいるダイモンに向かっていった。キーンパンサーは多くの動物がそうであるように、弱い獲物から優先的に狙うのだ。

 キーンパンサーがダイモンに飛びかかる。

 ダイモンは丸腰だ。彼の持ち物は、日用品の類ばかりだったはず。

 キーンパンサーがダイモンの体を押し倒し、前足でダイモンを押さえつけつつ、彼の首筋に噛み付こうとした。


『ダイモン!』


 瞬間、アンジェリクの体内で理力(・・)が爆発的に燃焼した。燃焼を速力に変換してダイモンを救うべく突貫するが、


「!?!?!?」


 悲鳴は、ダイモンを押し倒していたキーンパンサーからだった。



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