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虹色のコード  作者: ぱらっぱらっぱ
序章 天使と精霊が出会う刻
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第1話 天使と精霊が出会うとき

プロローグ1 ダイモン イントゥ ジ アビス


「真っ白な雪がフンフフーンー♪」


 若者が鼻歌を歌いながら、勾配のきつい旧道を自転車で駆け上がっていく。

 自転車を漕いでいるのは鮮やかな赤いウインドブレーカーをまとった若者で、名を春日大門カスガ ダイモンという。

 彼は民俗学を専攻する学生で、卒業論文のためと称して日本各地の民間伝承を実地で調査している。

 彼が自身に課した期限は1年。その間に、大門は日本全国を東へ西へ自転車で移動し、書物を読み込み、現地住人から話を聞いて理解を深めているのだ。


「ここが上川台神社。神隠し伝承のある神社」


 大門が旧道を登り切った先にあったのは打ち捨てられ廃墟同然の神社であった。

 日本に数ある神隠し伝承。大門が調べたその内の幾つかは、口減らしの隠語としての伝承だったが果てさて……


「こりゃあひでえなあ」


 鳥居は欠けて、石畳は砕けてボロボロ。社は朽ちてスカスカだ。

 社の中を覗けば、何かを祀っているということもない。

 本当に打ち捨てられた、まさにもぬけの殻といった風情だ。 神社仏閣というのは、有り体に言えば宗教法人だ。法人すなわち会社、企業。つまりその運営にはお金がかかるのだ。金銭が絡むのだ。

 定期的な修繕は必要だし、神主も人であるからには人件費がかかる。そのほか必要経費なんて数え上げればキリがない。

 必要最低限に営利を出さないと維持もできないわけで、そうなると田舎で忌避された信仰のある神社などというものの末路は明白だ。


「お邪魔しまーす」 


 そんな誰も管理していない神社だからこそ、無断で社の中で入ることを誰にも咎められないわけで。

 大門は、腐った床を踏まないように慎重に進んでいく。

 しかし、


「うわっ」


 一見無事そうな床を踏み抜いた大門は前のめりに倒れた。

 しかも倒れた先の床は大門の体を支えきれず、そのまま彼の全身が、床下へと向かっていく――はずだった。


「はっ?」


 倒れた先に床下はない。あるのはただ真っ暗闇の空洞だ。光の届かぬ、奈落の底。


「…………っっっ!!」


 終わりの見えない自由落下のGの中、状況の飲み込めない大門は、声にならない叫びを上げることしか出来なかった。





***





プロローグ2 ベアー イン ザ ルイン


「ぐるるぅ……」


 熊だ。熊がいる。しかも服を着ている――洒落気のないベストにズボン。

 熊のくせに背筋はよく、二足歩行するその熊は、カテゴリーで言えば獣人、とりわけこの個体の場合は、過獣人と呼ばれるタイプであった。

 体の中に獣の因子――遺伝史(コード)を宿した人間を獣人とよぶ。彼らは優れた身体能力と、宿した遺伝史(コード)を由来とする身体的特徴を有している。それは耳であったり、翼であったり、尾であったりした。

 だがまれに獣の遺伝史(コード)が強く発現することがある。強く発現した者は人間よりも獣寄り、人の言葉を発することが出来ない存在、過度な獣化という意味合いで【過獣人】というわけだ。


 さて、そんな熊の過獣人は旧文明の遺跡の中で、一人の男を発見した。

 日焼けした肌に、鍛えられた体躯。赤い衣服をまとったその男は、これといった外傷はなく着ている服にも乱れはない。なのに意識を失った状態で倒れていたのだ。


 困った。

 過獣人は珍しく、慣れていない者には恐怖の対象だ。ある筋では蔑視の対象ですらある。

 しかも街中ならともかく、人気のない遺跡内部では逃げることも出来ない――今、過獣人がいる部屋は、出入口がひとつしか無いのだ。

 かといって放っておくということも出来ない。

 開拓者ヴァンガードは助け合いを信条とする者であるからして。

 

 とりあえず、このまま寝かせておいては良くないと思い。そっと肩にふれて男を揺り動かす。


「うっ……ん……?」


 男は、すぐに目を覚ました。

 顔をしかめながら、むくっと体を起こした男は、意識のはっきりしない顔で、周囲を見回した。


「んあ……」


「ぐるる……」


 目があった。

 次第に焦点が定まる男の顔が固まっていく。

 当然の反応だろうと熊の過獣人は、一瞬だけ心を痛めた。

 初対面の人間に怯えられるというのは、いくつになっても慣れないものだと、熊の過獣人は嘆息した。


「きれいだ……」


 だが、男の口にからもれた言葉が、過獣人をはっとさせた。

 毛むくじゃらの動物の顔を見て、綺麗?

 何かの聞き間違いかと、再度男を見る。


「ああ、すみません! 初対面の人にこんな。おかしいな、普段ならこんなこと言わないんだけど」


 男は顔を赤くしながらしどろもどろに言い訳をした。

 熊の過重人を、まるで普通の人間として(・・・・・・・・)接しているとは、尋常ではない。

 

 まさか。


 過獣人に頭によぎったある考え。だが早まってはいけない。この男が人を外見だけで左右しないお人好しなのかもしれないではないか。


「ぐ、ぐるう……」 


 試しに話してみる。過獣人は知性は人並みにあるが、言語を話すことが出来ない。

 だから、男には過獣人の声も、ただの唸り声としか聞き取れないはず。


「名前? えっと、カスガ・ダイモンです。そういうあなたは?」


「がうっ!?」


 驚きに禍獣人は声をあげた。名を名乗ったということは、過獣人の言葉をわかったということ。

 あの時、過獣人が行った言葉は


「あなたのお名前は?」


 なのだから。


 思わず過獣人は喉を鳴らす。この僥倖ぎょうこうを逃すまいと。だが、妙案は浮かばず、つい出てきた言葉が、


「え? 私の家に来ないかって? 美人の誘いは嬉しいですけど……」


「がううううっ!?」


 何を言っている。馬鹿か。初対面の男を家に誘うなど、なんてはしたないことを!

 禍獣人は大いに慌てた。端から見たら熊が狼狽しているというなんとも珍妙な光景だろう。


「……ふむ。空気が違う。場所も異なる。なにやら奇妙なことになっているらしい」


 男がなにごとかをつぶやいたが、過獣人には聞き取れない。


「じゃあ、せっかくなんでお呼ばれしちゃおうかな? あ、安心してください! 俺ってば【いい人】ってよく言われるんで」


「がう?」


 男は過獣人の誘いを了承した。

 ちょっと信じられなくて再度尋ねるが、男はこくこくと頷いた。

 まずい。この男。ひょっとして軽い男なのでは? それとも、財産目当てか?

 いろいろな想像が過獣人の中を駆け巡る。

 だが……僥倖には違いない。何しろ、会話が成立している。

 熊そのもののような過獣人だが、中身と知性は人間で、動物と会話できるわけでもない。

 人間らしい会話が出来たのは、一体、何時ぶりのことだろうか?


「あ、あれ? 俺何かまずいことを言いましたか?」


 何故か目の前の男は気遣わしげに問うてきた。

 そこで気づいた。過獣人は今、涙を流していることを。

 あわてて過獣人は涙をぬぐい取って、なんでもないと男に言った。


「そうですか? でも……」


 過獣人のつよがりに見えたが、男の憂い顔が消えない。その気遣いが、過獣人には嬉しかった。

 巷では血塗れの凶獣スカー・レッド・カーネイジなんて2つ名のある過獣人に向けられる感情など、恐怖か、畏怖か、まれに挑発くらいなもので。

 震えそうになる声をぐっとこらえて、過獣人は名乗り、手を差し出した。


「ぐるるるるう」


 本来であれば、ただの唸り声にしか聞こえないだろう。差し出したても、獲物を狩るためのものだろう。

 だが目の前の男――カスガ・ダイモンは躊躇なく手をとったのだ。

 

「よろしく、アンジェリクさん」




 アンジェリク・ユーヴァーメンシュ。血塗れの凶獣スカー・レッド・カーネイジと呼ばれたぼっちのトレジャーハンターに、友人が出来た瞬間であった。 



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