表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の時計  作者:
5/12

バイバイ日常



というのが、僕の気絶していた間に起こった事らしい。



数分前に目が覚めた僕は、最初に紅野が視界に入って飛び起き、紅野に家の異常を伝えなくてはと、大騒ぎしていた。今思うと自分の支離滅裂な言葉に、顔から火が出そうになる。


そんなこんなで、紅野になんとか話していると、突然第三者がやって来た。


「ちょっと、目が覚めたなら言いなさいよ。誰のお陰で此処にいると思ってんの」


部屋に入って来たのは、隣の席の更科真穂だった。


「起きたばかりで悪いけど、今から貴方の頭に記憶をぶち込むわ」


言葉とは裏腹に、全然悪いと思っていないだろう態度で、理解不能にして意味の分からない事を言う。


一切の反論と質問をする暇もなく、彼女は何やら呪文を唱えると、僕の額に強烈な痛みを伴うデコピンを喰らわせたのだった。



そうした経緯で、最初の一文に戻る。



「まず私の話をするよりも、貴方の話と現状を説明しようかしら」


「……僕の事なら、ちゃんと分かってます。僕はどうやら、吸血鬼(ヴァンパイア)みたいです」


「そうね。しかも純血の」


純血は数少ない存在だ。それ故に、優遇されることも多いが、同時に狙われることも少なくない。


「……自覚があるんなら、面倒だし説明はいいか」


更科真穂、いや奈義沙は少し黙り込むと顔を上げた。


「改めまして更科真穂です。真穂って呼んで下さって結構です」


ゆっくりと微笑む彼女は、物腰が柔らかく先程までの刺々しい感じは無い。別人の様な変わりように、戸惑いを隠せない僕等二人。これはもしや――――


「二重人格ってやつ?」


二重人格の人に会ったのは、彼女が初めてだ。二重人格と言えば、有名どころはヘンリー博士と殺人鬼のジキル氏だろうか。


「それには語弊があるわ、紅色」


突如口調が変わった真穂。というか、紅色って何だ?


「ベニイロ?……俺のこと?」


「そうよ」


「で、今は奈義沙さん?」


変なあだ名を付けられた紅野は、膨れっ面をして奈義沙を睨む。それを特に気にも止めず、首をゆっくりと縦に振る。


「私達は多重人格なの。―――――星麗」


セイレイ?中国人を連想させるような名前だ。沈黙という少しの間があった後に、子供っぽい高い声がした。


「やっと呼んでくれた。淋しかったよー」


真穂の優しげで滑らかな声とも、奈義沙の落ち着いた低音とも違う。小学校低学年の様な幼い声。


「星麗は少し五月蝿いのよ」


「何でよー!奈義沙と真穂ばっかりズルい!」


まるで二人一役の芝居を見せられている様で、物凄く奇妙だ。


「取り敢えず、今は奈義沙よ。私を入れて三人の人格が行き来しているの」


無理矢理に星麗と入れ替わった奈義沙は、強引に話を終わらせる。


「そして私は魔女と言ったわ」


「うん」


僕と紅野は一緒に頷く。奈義沙は椅子に腰を掛け、優雅ともいえる動作で足を組んだ。まぁ見た目は真穂だから、様になっているのは当たり前かもしれないけど。


「今いるこの別荘は、魔界というところに建っている」


うん。今までの平穏な人生に、『さよなら』をしろということだね。魔界とか、漫画やアニメのファンタジーの世界で、有り得ないと思ってたけど存在したのに驚いてます。


奈義沙はテーブルの上の、まるで見えない線をなぞる様に、指で地図を描く。パンッと指を鳴らすと、見えなかった地図が立体の映像になって現れた。


「私達がいるのが此処」


細かいが分かりやすい地図の東端を差す。


「太い線が国境線。そして私達が向かうのが、これ」


そう言って指し示したのは、ヨーロッパにあるような綺麗な城のミニチュア版。


城のある枠の中には『魔術の国』と、デカデカと浮遊している。説明された国境線の内側には、『夜月ノ森』と名付けられた森が防壁の如く生い茂っていた。川は地図の筈なのに水が流れていて、興味深い。


「だいたいの状況は把握出来たけど、貴方は一体何者なんですか?」


質問した僕に、嫌そうに顔を歪めた。そしてまた溜め息を付く。そう何度も溜め息ばかり付かれると、こっちだって気分が悪い。だが、その後何故だか自慢気に笑った……………っていうよりドヤ顔を決め込んだ。


「聞いて驚きなさい。私は39代目の女王様よ!」


「………」


ポカーンとしてそれを聞いた僕等は、反応に困って黙る。


「へぇー」


「ふぅーん」


二人で気の無い返事をする。何を言ってんだこいつ。


「貴方達信じてないわね!?」


「ええ、まぁ」


「うん。全然」


又もや二人揃って同じ様な返答をする。異世界トリップという、漫画やアニメにしか有り得ないことを、現実として経験してしまった今、だいたいの事には驚かない自信があるが、奈義沙の衝撃的な告白には驚くよりも『嘘だな』という気持ちの方が先に出た。


だって大人げないし、親切じゃない。王様になるにしては器が小さそうだ。


「変な質問してすみませんでした。現状を教えて下さい」


「ったく!人使いの荒い。貴方達の国は何処だか分かってる?」


言われて不思議な地図の、ある範囲を指で辿る。『夜月ノ森』の隣。『魔術の国』の反対側にある、一ヶ所が海に突起した形をしている『吸血鬼の国』だ。


「そう。貴方達の祖国は今、二つに分断されている」


言って奈義沙は、線が入って二つに分かれた右側に、チェスの白いキングの駒を、左には黒い駒を置いた。


「こっちの白は人間と手を組み、人間を潰そうと考えている。黒はそれをなんとしてでも止めようと、反対意見を示して交戦中」


「え?ちょっと待ってよ。人間と手を組んでて人間を潰すって、おかし過ぎる。何か間違ってない?」


辻褄が合わないと思い、話がどんどん進む前に口を挟む。けれど奈義沙は(かぶり)を振ってそれを否定した。


「いいえ、間違いは無いわ。人間と手を組む、という表現がいけなかったわね。人間を利用して、吸血鬼を全て管理、支配するのが目的。新しい世を作る。だなんて、馬鹿な事を(のたま)ってるのよ」


嫌悪感を顕にし、険しい顔つきで語る。でも、いくら何だって利用されてる事位、気付くだろう。何故潰されると解っていながら、協力なんてするのか理解出来ない。


「…………どうやって人間を利用してるの?そこまで馬鹿じゃないと思うけど」


「ええ。彼等は馬鹿ではないわ。だけど無知なのよ。何も解っていないし、何も知らない。おまけに知る手段も無いし、それに気付いてもいないの。そうねぇ。――――吸血鬼の半数が人間を皆殺しにして、人類を滅ぼそうとしている。それを我々は止めたい。その為には、どうしても人間の血が必要なんだ。とでも言って、言葉巧みに誓約でもしたんでしょうよ」


「誓約?」


聞き慣れない言葉に、紅野が疑問符を浮かべて聞き返す。単語の意味は知っているが、この場合はそれで合っているのか微妙だ。


「意味としては、必ず守り約束するって事だけど……………」


「意味合いはそれと一緒。誓約書に名前を署名して、条件を双方の名の下に約束させて破れなくする。けれど吸血鬼の場合は、名前よりも血で縛った方が強力だから、破ろうと思えば簡単に破れるわ」


成る程ね。その事実を知らないから騙されるのか。あれだね。要はオレオレ詐欺と一緒か。お金の代わりに、要求されるのは血液だけで、スケールが大分違い過ぎるけど。


「それに人間は、こう思っている。魔術師供だけじゃなく吸血鬼までもが、我等を殺そうとしているなんて許せない。とね。全くもって失礼な話よ」


チッと舌打ちして顔を歪める。初めて奈義沙と会った時から、眉間に皺が寄りっぱなしだったが、より一層深くなった皺とオーラに少しばかり怯んでしまった。顔の造形が整っているだけあって、迫力は相当ある。


「でさ、奈義沙は達はどっちの味方なの?」


紅野が一番大事な質問を投げ掛ける。僕もそれには姿勢を正して、受け止める準備をした。


「当然黒いの…………マソルというのだけど、人間を利用してない側。因みに、利用してるのは正十字と呼ばれてる」


「じゃあマソル?っていうのと一緒に戦ってんの?」


矢継ぎ早に紅野から繰り出された質問に、奈義沙が呆れた風に盛大な溜め息を付く。


「さっきから質問ばっかりね。少しは自分で考えるって事をしてみたら?」


小馬鹿にした態度に、カチンと来たらしい紅野が「偉そうに」と小声で呟くのが聴こえた。


「魔術師達は人間による、厳しい糾弾を受けているの。異端児狩りと称してね。ほら、聞いたこと位無いかしら?」


きっとイギリスが代名詞の『魔女狩り』と、同じ様なものだろう。その残酷さと残忍さには、鳥肌が立つし嫌悪感も覚える。


「だから無闇矢鱈と手は出せないのよ。『夜月ノ森』だって、自衛の為のものだし。本当に、人間なんて大っ嫌いよ」


奈義沙が幾つか悪態を吐いた。文字通り吐き出すように。


「それは…………」


過去に何かされた事でもあるのだろうか。嫌悪感と怒りが見え隠れしている。多くは触れた事の無い感情に戸惑って、言い掛けた言葉を飲み込んだ。


「私達が異質なのは解っていた。妙薬を作り、生き物を使役して会話を成立させる。長い寿命に高度な知識。それら全てが受け入れられなかった」


「でもそれは吸血鬼と魔人も一緒じゃ…………」


怒り心頭といった表情から、ふと悲しそうな顔になる。


「吸血鬼の中には人間も混じってるし、魔人は情に厚くて優しいから」


僕は無言のまま窓を開けた。この重苦しい空気を、少しでも軽くしたかったのだ。


「何で?奈義沙達は人間に冷たかったの?」


紅野が奈義沙に尋ねると、神妙な顔つきで少しの間黙る。と、思ったらいきなり笑い出したから、紅野と僕は驚いて肩をビクリと揺らした。


真穂の上品な見た目とは対照的に、品があるとは言い難い笑い方をする。一頻り笑い終わると、今度は自嘲気味に鼻で嗤った。


「最初は私達だって薬を分けてあげたり、知恵を貸してあげたりしてたわ。人間達は喜んで感謝してくれた。でも次第に怖がられる様になった。それらの薬や技術が、自分達には理解する事は不可能だと悟ったのよ。魔術から呪術と呼ばれるようになり、異端児狩りが始まった」


酷く苦し気な口調だった。


彼女が何年生きているかなんて知らない。知りはしないが、彼等は人間の行為が、この先この人に赦されることはけして無いだろうと思う。


「どうしてさっき笑ってたの?」


「どうして?変なことを聞くのね。笑わずにはいられないわ。人間に与えるばかりで、最後には裏切られるなんて…………お笑い草よ」


卑屈な考え方に、思わず眉間に皺が寄ってしまう。


「呉葉、機嫌悪い?」


僕の表情の変化を察してか、紅野が内緒話でもするかのように囁いた。


「何?…………女嫌いの事?」


「え!?そうなの!?」


紅野が返事をする前に奈義沙によって遮られる。それに若干の苛立ちを感じたが、わざわざ態度に出すことの程でもない。


「そうです」


と、ぶっきらぼうに答えたが奈義沙は既に聞いていなく、ブツブツと不満気な顔をしながら独り言を呟いている。そんな怪しい行動を取っている奈義沙を、紅野はまるで居ないかの様に無視した。


「別に機嫌が悪いわけじゃない。ただちょっと疲れたなと思って」


僕も紅野を倣って奈義沙を無視することにした。


「それで女王サマ。マソル側と正十字側の話はどうなったんですかね?」


紅野が明らかに小馬鹿にした口調で言う。


「何よその態度は。本来なら、気安く私とは喋れない立場なのよ?」


ムキになった奈義沙が声を上げる。本当にこの人、大人気ないな。


一方、紅野は涼しい顔で


「俺の顔が、そんなに貴方と話したがってる様に見えますか?見えるんだったら、眼科に行くことをお薦めします」


可愛い顔でサラッとキツいことを言う。奈義沙は苦々しげに舌打ちして、再び地図へと目を向けた。


「何で貴方達は、正十字の奴等に狙われていると思う?」


急な質問に暫く考える。考え付いたのはたったの一つで、殺伐とした答えに我ながら驚きを感じた。


「敵であるマソル側に付かれて、自分達が不利になる前に殺すとか?」


「残念。外れよ」


奈義沙は足を組み替えながら机に頬杖を付く。


「殺したんじゃ、利益にはならないじゃない。目覚めたばかりの純血種なんて、扱いやすい強力な駒。私がいなかったら、今頃は飼い慣らされていたでしょうね。感謝なさい」


天気の話でもするかの様な自然さで、当たり前だと言わんばかりの冷めた目と口調が、それが如何に真実であり現実であるかを、僕達に突き付ける道具になった。


何処か遠くで起こっている他人事の気分でいたが、背筋に薄ら寒い震えが走って、事の重大さをやっと認識する。


紅野も理解したのだろう。顔がどんどん青ざめていく。


「それには感謝します。けれど、貴方の話が真実であるという証拠はありますか?僕達が信頼できるだけの証拠が」


でも。だからこそ、僕はこの人を信じてはいけない。不審な行動を見逃さないように鋭く観察し、十二分に用心して、冷静に対処しなければならない。そうでないと足元を掬われる。


奈義沙は僕達が正十字に飼い慣らされると言ったけど、もしかしたら逆で、奈義沙達が利用しているのかもしれない。大体が、戦争なんていう話自体が虚偽である可能性もある。


「証拠は無いわ。別に信じても信じなくても、その辺は好きにしなさい。けれど、城には絶対に来てもらう」


奈義沙は表情を少しも変えず言い放った。


「分かりました」


特に動じた様子も無く堂々とした姿勢は、自信から来るものと似ているが違う。圧倒的な力を持っているからだ。もしも城に行くことを拒んだとしても、それはきっと意味を為さない。絶対的な”力”をもって強制的に連行される。だったら素直に従っておくのが妥当な手だ。


「じゃあ私は真穂と替わるわ。またね」


そう言うとガクッと頭が下がる。少しして頭が持ち上がり、整ったその顔は柔らかな微笑みを浮かべた。


「奈義沙が無礼を申し訳ありません。二人で積もる話もあることでしょうし、ゆっくりとお休みになってくださいね。私も失礼させていただきます」


今度は体ごといなくなった。


やっと二人になれて、緊張が解ける。安堵の溜め息を付いて紅野を見やった。


「どうしたの?顔色悪いけど大丈夫?」


本当に蒼白い顔に驚いて、内心焦る。


「って、紅野!?」


「ごめんね。呉葉ごめんね」


何度も何度も紅野は僕に謝り続ける。何の為か解らない、必要の無い謝罪を。


「大丈夫だよ?」


紅野が抱き付いてくるなんてのは、ずっと一緒にいたけど初めての行為で、正直どうすれば良いのか解らない。けど今の紅野は、普段の明るくはつらつした紅野と違い、弱々しく蜻蛉の様な危うさがある。


泣きたいのを堪えているみたいな声が、僕の胸を強く締め付けた。行き場を探していた手は、自然と紅野の背中に回る。


「呉葉。何処にも行かないでね」


「行かないよ?」


背中に回された手は、僕の服をすがるようにギュッと握る。紅野の理由(わけ)の解らない不安を、少しでも取り除いてあげたくて、頭をそっと撫でた。


「…………俺は呉葉がいてくれれば、それで良い」


ありがとう。口の中だけで呟く。紅野は僕にとって唯一無二の親友だ。抱き付かれるのも嫌じゃない。必要としてくれている事が、何より嬉しい。


「僕もだよ。紅野は僕が絶対に護るから」


嘘偽りの一切無い、心から思っていることを珍しく口にする。


それを聞いて再び謝り出した紅野。一体紅野が僕に、何をしたというのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ