魔女登場!?
お兄ちゃん
誰?
私のこと、忘れちゃったの?
君なんか知らない
……つき
え?
嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき!!
僕は嘘なんかついてない!
ねえ知ってる?嘘つきは悪い人なんだよ
悪い人は牢屋に入らなきゃいけないんだよ
★ ★ ★
「うわあああああ」
僕は焦って飛び起きた。最近同じ夢ばかり見る。
時計を見ると、まだ朝の4時。二度寝するにも、気味が悪くてしたくない。
仕方ない。本でも読むか。そう思い、机の上に置いてあった本に手を伸ばす。
「え?」
僕は本を床に落とした。本と手を交互に見返す。何も無い。でも、確かに本が赤く染まり、ヌルッとした感触があって、手も半分位赤く染まっていた。あれはまるで、血の様な色だった。
ここ数日おかしい。毎日頭痛が止まらない。薬を飲んでいるにもかかわらずだ。それに加えて耳鳴りもする。嫌になる。おまけに、幻覚まで見えるとは。一度病院に行って、検査してもらおうか。
そして僕はもう一度時計を見る。
「は………?」
あり得る筈の無い光景。そして、衝撃的過ぎる光景。
とうとう、僕の視覚は脳は感覚器官は可笑しくなったのか。そんな馬鹿なと、笑い飛ばせばすむ事なのに、何故本当に起きている事であると、錯覚してしまっているのだろう。
時計の針がグルグルと凄い勢いで、廻っていく。何度も何度も12時を差す。鳴る筈の無い、壊れて鳴らない柱時計の振り子の音。
笑って誤魔化そう。そう思うのに、何故だか口角は一向に上がってくれない。それどころか、唇が震えて仕方ない。
秒針が進む。振り子が速度を上げていく。一時間ごとに鳴る鐘は、間を置く事無く鳴り響く。目覚まし時計の音が、何処からともなく耳に不快な音を響かせる。
「何が…………どう……なって」
時計のあらゆる音が迫ってくる。時計なんて幾つも無いのに、四方八方から取り囲む様に聴こえる。音はどんどん大きくなっていき、頭にまで侵入してくる。耳鳴りと頭痛が僕を攻めた。後ろに数歩後退る。踏み出した右足がグニャリと歪んだ。
驚き脚が縺れて派手に転ぶ。転んだ音は、時計の音に掻き消されて殆ど聴こえない。
「助けて」
自分の声とは思えない程、か細く震えていた。
視界が歪む。空間が僕を襲う。グニャグニャと床が、机が、天井がまるで粘土の様に歪んでいく。
異様な光景と空間に、恐怖以外は何も無い。
紅野。紅野。早く来て。助けて紅野。
体が重くなっていく。夜の海の中に沈んでいく様で、怖いのに逆らい切れない。
紅野。
親友の顔を、瞼の裏に浮かべたのを最後に、意識は中断された。
★ ★ ★
日課である朝食作りをするため、呉葉の家のインターホンを押す。だが、少し待っても出てこない。もう一度インターホンを押してみるが、呉葉がドアを開けて出てくることはなかった。
どうしたのだろうか。呉葉が、俺が来るより遅くまで寝ていたことが無かったのに。
少し不信に思いながら、預かっている合鍵を鍵穴に挿して回す。カチャリという手応えは無く、あれ?と思いドアノブを引いた。
「開いてる。まったく呉葉は無用心なんだから。」
これだけ大きな家だ。泥棒が入ってきてもおかしくないだろうに。
「呉葉ー。勝手に入るよぉー。」
中で人の動く気配は無い。それどころか物音一つしない。俺は一応断りを入れてリビングまで入る。
「って呉葉!?」
呉葉が倒れていたのを見つけ、急いで駆け寄る。俺は必死に名前を呼びながら揺するが、呉葉は依然として目を固く閉じたままだ。
部屋は異常な空気に包まれていた。時計は止まっていたが、他にいつもと変わった点は見当たらない。
「あらあら。随分荒らしたわね。」
後ろから声が聴こえ、驚きで心臓が止まりそうになった。半ば反射的に振り返る。そこにいたのは、同じクラスの転校生。更科真穂だった。
「何でお前。何処から入ってきた!?」
「あら。ちゃんと玄関から入ったわよ?」
即答され面喰らったが、そういう問題じゃない。俺が誰か入ってくるのに、気が付かなかったなんて。
「私は外に出るわ。貴方も気付いてるんでしょ?だったら今がその時じゃない?」
そう言い残すと、言葉通り外に出ていった。
「…………紅野?」
「呉葉っ!」
呉葉は俺を確認した様に見るとそのまま目を閉じた。
「……呉葉ごめんね。今楽にしてあげるね。」
俺は呉葉の頭を支え起こす。テーブルの上にあったペーパーナイフを取ると、自分の手に突き刺した。
ペーパーナイフは血で朱く染まっている。呉葉のなのに汚してしまった。
「呉葉。直ぐに楽になるからね。」
俺は呉葉の口を軽く開けさせ、自分の手から流れ落ちる血を飲ませる。ある程度飲ませると、俺は呉葉の体を抱き寄せた。
「本当にごめん。」
暫くそうして、ぐったりしている呉葉を抱き締めていた。
「ゲッ。」
後ろで奇妙な声が聞こえた。
「遅いと思ったらこういう訳ね。急がないと追手が来るわよ?」
「その前に、お前何なの。」
「何その言い草。せっかく結界張っておいてあげたのに。」
「…………。」
「私。私はそうねぇー。高名な魔女よ。」
俺は目を見開いた。成る程。道理で気配が分からなかったわけだ。
「呆けた顔してないでよ。その子運べるの?」
………………………。
忘れてた。俺、運べるかな?
「その様子じゃ無理そうね。仕方無い。私が運んであげるわ。早くここから出るわよ。正十字の奴等が近付いてる。」
それを聞いて眉を潜める。
「詳しい話は後よ。別に話を聞いてから行動すれば良い。」
「……分かった。何をすれば良い?」
更科真穂が少し微笑む。
「まず私が血の匂いを消すから、これと同じものを床に描くこと。」
渡されたのは円が描かれた紙。漫画なんかで見掛ける、魔方陣というやつに酷似している。それと一緒に、赤黒い液体が入った瓶と筆を手渡される。
「何これ。」
「その紙に描いてあるやつを描いて。勿論筆で描いてね。」
「いや、そっちじゃなくて。」
「ん?ああ、それは私の血液。より強力な魔方になる。」
なんてグロテスク。他人の血って気持ち悪いな。
「言い忘れたけど、私達三人が入る大きさでね。」
うっ。つまりはこの血の上に立つのか。気味の悪い。
俺は広い場所を探して家を歩き回る。
対して更科真穂は、意味の分からない言葉に少しアクセントを加え、歌いながら家の中を回る。こう言うのもなんだが、凄く上手い。高いソプラノの声と容姿が相まって美しい。呉葉程じゃないけどね。
何て書いてあるのか分からない文字の様なものと円、線をひたすらに書いていく。
「で、出来た。」
我ながら完璧だ!
「あら、上手じゃない。器用ね。私より上手いわ。」
「……どうも。」
あまり誉められている気がしないのは何故だろう。
「じゃあ行くわよ。靴を履いてきなさい。」
裸足で血の上に乗らずに済んだことに安堵した。俺は靴を履きに。更科真穂は、呉葉を運ぶために出ていった。
「ちょっと重いわね。」
呉葉をお姫様抱っこして現れた更科真穂。重いと言っているが、呉葉を抱えられただけで凄いと思う。
「まず説明するわよ。これから私がかける魔法は移転。私の別荘に移る。追手は絶対に来ないから安心なさい。移る時、水の中を潜るようなもんだから、そこそこには覚悟しといて。」
理解し終わる前に、一気に呪文ぽいのを唱える。
魔方陣が光出す。黄緑色から青色へ。青から紫へ。
更科真穂が勾玉を床に落とす。それが合図だったかの様に、目の前が黒一色になった。
息苦しい。思うように身動きが取れなく、手足をバタバタと動かす。これじゃあまるで、両手両足に鉛を付けられているみたいだ。
「おーい。生きてる?」
「!」
「生きてたのね。」
目を開くと、そこには更科真穂がいた。どうやら気絶していたらしい。
「ゲホッ。」
少々咳き込むと、辺りを見回した。
「……移転………成功したの?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの。」
彼女の言葉をスルーして、一通り部屋を観察した。
白い壁紙には小花の模様があり可愛らしく、扉は緑色をしている。床には落ち着いた色の絨毯がひかれていた。いかにも女の子らしく、センスの良い部屋だった。
「呉葉は!?」
ハッとしてつい大声で言えば、更科真穂が嫌そうな顔をしながら指を差した。指差された先には天蓋付きのベッドだ。ほっとして溜め息を付いた。
「えっと…………貴方名前は?」
「クラスで自己紹介したけど。」
「私、人の名前覚えるの苦手なの。」
訝しげに更科真穂を見るが、表情を一切崩すこと無くそう言い切った。
「……藍島紅野。」
渋々と嫌々ながらも素直に名乗った。
「……。プッ。アハハハハハ!何それ!正反対……ヒクッ………の色で名前とか!」
慣れている俺でも、面と向かって笑われると流石にイラッと来る。
「私は奈義沙。よろしく。」
違う人?でも見た目はそっくりだ。性格は分からないが、大分違いそうだ。もしや双子か?
「私はシャワーを浴びてくるわ。」
謎は解決いなしまま、彼女は部屋から出ていってしまった。