プロローグ 2
僕の目の前にあるのは紛れもなくチョコレートホンデュ。
「何で?」
「驚いた?今日は2月14日。一般的にはバレンタインデーだよ。」
そんなのは知っている。何で紅野がこんなもの作ったのか。
「ほら、呉葉は学校でたくさんチョコ貰うだろうから、俺のと一緒にしてほしくないの。」
「そもそも、紅野は男だよ?」
「気にしない。気にしない。友チョコって事で。」
意味が解らない。第一、僕にチョコを渡す奴はよっぽどの変わり者だ。
「呉葉は美形だもん。今日は囲まれるよ。」
「…………僕は平凡だけど……?」
何が美形だ。僕は至ってフツーの人間だ。
そう言ったとたん、紅野が目を全開まで見開き、僕の肩を掴んで前後にブンブンと揺する。頭がおかしくなるから止めてもらいたい。
「それ、本気で言ってる?!」
「うん。だって黒い髪に黒い目。可愛らしさも格好良くもない。平凡でしょ?」
僕の答えを聞くと見るからに残念そうに肩を落とす。
「それに僕、女って大嫌いだし。」
自分が顔をしかめているのが分かる。
「とりあえず、あれ食べようよ。」
テーブルの上に乗っている赤い鍋とフルーツ、マシュマロを指差す。
「ああ、うん。忘れてた。」
紅野は笑顔を取り戻すと食べ始めた。
「今日のこのチョコレート、すっごくこだわったんだよ!なんと、ベルギー産とスイス産。…………不味い?」
紅野が不安そうに覗き込む。こんなに続けて食べているのだから、不味いわけがないだろう。
「美味しいけど?」
「じゃあ、美味しそうな顔してよ。俺が得しない。」
美味しそうに食べれば得する?変なの。
「せめて笑顔で食べて。」
言われた通り完璧な笑顔を作る。
「心からの笑顔だよ。」
「…………………本心出せるの、紅野の前ぐらいだよ?」
僕は学校ではこんなんじゃない。演じるだけの操り人形。
紅野が何も言わないので、顔を覗き込んだ。
僕を美形だと言う前に自分の鏡をよく見ろ。紅野の方がよっぽど美形だ。だが、少々女顔だ。
薄く茶がかかった髪にくりくりの目。長い睫毛。
「俺の顔がどうかしたの?」
「別に。…………………………エプロンして三角巾してると女の子みたい。」
沈黙。ショックだったらしい。
「俺、小柄なの気にしてるのに!因みに言うと女顔も気にしてる!」
ん?そうだったけ?
「ねぇ、あと10分で家出るよ?」
それを聞いて、紅野が焦って片付けを始める。そしてエプロンと三角巾をとる早着替え。僕にとっては毎日見飽きた光景だ。
「ああ!」
「どうした?」
人の顔を見て驚くなんて失礼だ。僕に。
「呉葉、アホ毛立ってる。直して!」
「はいはい。」
相変わらず忙しい奴だな。僕の心配をしてないでさっさと支度しろ。
「紅野ー。あと2分ー。」
髪を整え、靴を履きながら声をかける。
ダダッと騒がしい足音と共に紅野が走ってくる。
「お持たせ。火、OK。電気、OK。ガス、OK。ストーブ、OK。大丈夫だね。あっ、呉葉マフラー変!」
「巻き方が?マフラー自体が?」
「もちろん前者。こっち向いて。俺が綺麗に直す。」
別に良いのに。僕は暖かければ何でも良い。僕は大人しく従った。
「………………………………しゃがんで。届かない。」
紅野の方が小さいせいで上目塚いつで僕を見る。
「別にこのままでも良いけど。」
「俺が嫌だ。」
はぁー?本当に自分本意な奴。
口では何とでも言えるけど、やっぱり気遣ってくれるのは嬉しい。
後で僕は知ることになるが本日、この美しい雪が降った寒い日。人生を変える日になってしまった。